「そのような……ラルフ様にとっても、わたしにも……あんまりなお言葉です」
「……わたくし、以前からなにかを言いたそうな、あなたのそぶりが気になっていました。あれはいつだったかしら……そう、クリフ王子の様子が少々おかしくなったときだわ。あなたは確かに、なにかを言いたそうだった。もしかして、ラルフ様がわたくしになにかをするから気をつけろ、そう忠告したかったのかしら」
「邪推しすぎかと。俺……わたしはあのとき、殿下があなたにしたことで傷ついておられないかと心配しただけです」
「あなたは今日学院にいらっしゃらないから分からないでしょうが、ラルフ様とわたくしは少々……いえ、結構な問題を起こしてしまったの。そこでね、彼は脅迫状を書いたことも、クリフ王子達がお倒れになったことも、全部自分がやったと白状したわ」
全部、という部分を殊更に強調して相手に投げかけてみる。
アルベルトの顔は若干青ざめて見えて、視線をこちらと合わそうともしない。
「……それと、俺……わたしになんの関係が」
「いちいち言い直すのも面倒でしょうから、もう『俺』で良いですわよ。それに、わたくしがあなたに問いかけ続けて良いのかしら。聞きたくないことも言ってしまうかもしれません。ですので先に謝っておくわ。病み上がりですのに、ご気分を悪くさせてごめんあそばせ」
座ったまま軽くスカートの裾をつまんで頭を下げると、アルベルトはきゅっと唇を軽く噛んだ。
なにを言われるか分からず、落ち着かないのだろう。
「わたくしの考えとしては……ああ、いえ。のらりくらりとかわされては時間の無駄ですわ。まず事実を話しましょう……メラス家には、アルベルトさんの下……籍に載らない弟がいる」
「――……おりません」
「半魔の可愛らしい男の子。髪の色もメラス家の方と同じでしょう」
「そんなものは我が家におりません!!」
ばん、とテーブルが叩かれ、アルベルトの呼吸が憤りに乱れた。
「なにを仰るかと思いきや、魔族の子供!? 我が家は確かに爵位こそあなたの家の下だが、我々の名誉を毀損するおつもりか!? いくらなんでも、許しがたい侮辱です!」
多少言葉は丁寧だが、ざけんなクソがしばき倒すぞ、ということか。
「――……では、その男の子はいらっしゃらないと。本気で関係ないと仰るのですわね」
「ええ」
「そうですか……あなたがたが吸ったような毒に似た瘴気が全身に回り、衰弱して明日にも死んでしまう状態であろうと、メラス家には知ったことではない。そう仰るのですわね」
「そ……」
アルベルトの言葉が不自然に止まる。両手をテーブルについたまま、憤っていたと思ったら突然うろたえ始めているではないか。
「あ……いや……待ってください……おかしいじゃないですか」
「あらいやだ。わたくしの頭がおかしいと仰りたいの?」
「それも、ありますが……いえ、おかしいのはそこじゃなく、なぜあなたが魔族とメラス家を結びつけたのか……」
それもある、とかサラッと言うんじゃないよ。失礼でしょう。
しかし、アルベルトの身になってみれば、当然の疑問ではあるわよね……。
「わたくし一人で調べたわけではございませんけれど、少々いろいろと調べていたときに、フィッツロイ家とメラス家が密接に関わっていたので……まずあの屋敷とその周辺、本来はメラス家のものだったそうですわね」
しかし、とあることがフィッツロイ家の耳に入る。
「これは推測ですが……あなたのお屋敷には魔族の奴隷かその血を引く使用人がいて……ご当主の寵愛を受けたのでしょう。その女性は身ごもり、子を産んだけれど――……魔族の証として、尖った耳と金の瞳を持って生まれてしまった」
箝口令を敷いたところで、人の口に戸は立てられない。
一度王家から追放されてお目こぼしをもらい、公爵に返り咲いたフィッツロイ家は、王宮に近い場所にある爵位を持った家が妬ましく、羨ましかったことだろう。
元々男爵として長くあの地にいたメラス家は、フィッツロイ家から交渉を持ちかけられた。
「魔族の子を育てていると公表されたくなければ、子供と建物を公爵家に渡すこと。もちろん譲渡されたあとも子供のことは公表しない……そんなところでしょうか」
勘違いして欲しくないのだが、わたくしはそれでメラス家を脅迫するようなマネはしない。一応そちらの気持ちを知りたいだけだ。そうも言った。
長い沈黙が落ち、アルベルトがどのような決断をするか……辛抱強く待った。
「……あの子を人前に出すような生活はできないが、父は我々と同じように可愛がった。俺たちも、嫌いにはなれなかった」
アルベルトは自分の目元を両手で押さえ、テーブルに肘をついて俯いた。
「大筋はリリーティア様が仰った通りです。確かにメラス家はあの屋敷でした。人前に出すこともできない弟……オスカーを隠し部屋に住まわせました。幼いながらも彼は、世間の魔族に対する風当たりを理解して、静かに……そしてそれなりに幸せを感じながら、俺たちは暮らしていました」
――なのに。あの一族が。
そう呟くアルベルトには怨嗟と、悲嘆の声が混ざっていた。
「弟のことが公爵家に知られてしまった。これを王家に話せば、むしろ騎士団に流せば、遅かれ早かれ男爵家は取り調べを受け、子供は見つかって殺されるだろう。家も取り潰される。だから交渉に応じて欲しい。そう言いました」
理屈ではどうすれば良いか分かることだろう。
いや、本来は魔族の奴隷が売られること自体、おかしいことなのだ。
理由は簡単だ。
『使用人』ということでなんとか誤魔化しているが『奴隷』なんていう自由のない身分はフォールズ教会によって禁止されている。
ましてや人類の敵である(と見なされている)魔族を置いておくなんて、とんでもないことなんだよね。
だから、外見に魔族の特徴が見えないレイラとライラも、ビクビクしながら暮らしてるわけで……。
一家の誰かが魔族だってバレたら彼女たちは投獄されて、二度と解放されることもない。他国からなんとか逃れてきたのだろうが、フォールズだって魔族にはメチャクチャ厳しいのだ。
しかし、闇商人の間では見目麗しく、能力も高い魔族が高値で取り引きされている。
一族滅亡の危機を理解してもなお、魔族の需要と供給があるのだからリスク管理ができてるんだか、できてないんだか……。
とはいえ、ローレンシュタインもわたくしという癌があるから危ないのよ。
そう、癌……そうなのよね。
自分で勝手にナイーブになりかけていると、仕方がなかった、とアルベルトのか細い声で現実に引き戻された。
「引き渡したら子供が可愛がられるわけもない。それは俺たちに分からないわけじゃなかった。父は家を守るか、子供を守るかを突き付けられて……」
子供を守れば、受け継いできた地位も、僅かばかりとはいえ領土も失う。
一族は処罰され、愛した妻も子供も殺される。
そこで、メラス家当主は苦渋の決断を……あの子を渡したのだ。