マクシミリアンに教えてもらった道を行く。
わかりやすい目印があったこともあって、騎士団の宿舎は迷うこともなくたどり着いた。
寮の受付でアルベルトがいるかと聞くと……受付にいた年配の女性が、外出していないようだから部屋にいると思いますよ、と壁に掛かっている札のようなものを指しながら教えてくれた。
寮にいる人達の名前が裏返しになっていたら出かけているということらしいが、アルベルト・メラスの名前は表向きのままだ。
部屋はどこかと訪ねると、訝しげに誰何されたので自身の名を名乗って、お見舞いだと答えたら――……受付の女性は、にっこりと微笑みながら部屋の番号を教えてくれた。
礼を言って、手前の階段を上がっていく。
宿舎は学院寮より小さいが、お城の兵士や騎士達が住まう場所なので、小綺麗にされている。
柱や吹き抜けの天井なんかには、デザイン性のあるレリーフなんかが彫られたりしていて……気品すら感じられる場所だ。
教えられた部屋の扉を叩く。
何度か叩いてみても返事はない。
「……アルベルトさん? いらっしゃらないの?」
そう声を投げかけると、ややあってから『……リリーティア様……?』とドア越しに誰かが応じた。
「……なんだ、いらっしゃるんじゃありませんか。お見舞いに参りました。開けてくださる?」
少々図々しいが、アルベルトとお話ししないといけないのだ。
ドアの鍵が外れる音がして、小さく扉が開き……隙間からアルベルトが顔を覗かせてこちら側を窺っている。
しかも念入りにわたくしの左右を確認している。目だけがぎょろりとせわしなく動いているので怖い。
「――……失礼致しました。少々、精神状態が過敏になっていて……」
「ええ、ある程度は伺いました。入ってよろしい? 時間は長く取らせませんわ」
アルベルトはしばし迷ったように小さな声を上げたが、どうぞと扉を開いてくれた。
一言でいうと、乱雑に散らかった部屋だった。
武具はテーブルの近くにまとめて置かれ、洗濯物と思しきものは大きな籠に押し込めるように入れられていた。
「見ての通り、男一人の暮らしなので散らかりっぱなしで……たいしたもてなしはできません」
「あら、そんなことよろしいのよ。きっとみなさまこんなものだわ」
わたくしはそうフォローしたのに、ジャンが『おれの部屋のほうが綺麗だな』と余計なことをいって、アルベルトを俯かせた。
「至らぬ護衛で申し訳ございませんわ」
「いえ……そうですね、いつ誰が来るとも分からないので、今度は綺麗にしておきます……」
そうしてわたくしはアルベルトに勧められるように椅子に座り、お茶を出そうとする彼にすぐ帰るからと断る。
「というのも……気持ちの良い話ではありませんの。話が進んで、しまいにはお茶をかけられて追い返されてはかないませんもの」
そう言いながら持ってきた防音結界をアルベルトの前で使用する。
空気の膜のようなもので覆われた室内に、アルベルトの顔が引き締まった。
「殿下を、お守りできなかったこと……でしょうか」
「まさか。殿下はともかく、マクシミリアンも元気でしたから、わたくしがあなたを責めるところなんてございませんわ」
けっしてクリフ王子がどうでも良いわけではないけれど、と一応前置きして、あなたの様子が気になったから、と試すように告げる。
「それは……俺……いえ、わたしにまでお気遣い、ありがとうございます」
とてもよそよそしい。
まーしょうがないわよね。わたくしと話した事なんて、数回くらいしかないものね。しかも横にいるのがジャンだもの。できれば一緒にいたくないでしょう。
「……妙に、緊張していらっしゃるのね。誰かが訪ねてくるのを嫌っているような」
「そのようなこと……ございません。すっかり眠っていて来訪に気づくのが遅れ……申し訳ございません」
やりづらい。
まあ、ぐだぐだ世間話ついでに引っ張り出すのも互いにイライラするわよね。
でも、核心からつつくのも刺激しすぎていけないか。
「話は変わりますけれど……昨日、フィッツロイ家の皆様と会われたとか。そのとき、一族の皆様と大広間で顔合わせを?」
「……ええ」
しばし言葉を待ってみたが、アルベルトはそれ以上何も言わない。
ただ、わたくしがなにを言いたいのかと気にしているそぶりはある。
「うそおっしゃい。ラルフ様はその場にいらっしゃらなかったでしょう?」
「……それは…………はい」
やっぱりそうか。
あいつ、いけしゃあしゃあとその場にいたようなウソまでつきやがって……。
ここでラルフへの怒りがまた再燃しかけるが、それは後で良いや。
「昨日……クリフ王子に送られた脅迫状のことで、フィッツロイ家とアラストル家に相談してみるのはどうかと提案したのもあなたでは?」
「仰る通り、殿下に朝のご挨拶をと思い……扉の下に差し込まれていたものを発見し、失礼とは分かっていながらも中身を改めさせていただきました。内心穏やかではない殿下に、王宮にこのまま持ち出すのではなく、両公爵に相談してみてはいかがかと提案致しました」
素直に認めたアルベルトは、申し訳ありません、とよくわからない謝罪をする。
「本来、あなたにもご相談をすべきところでしたが……内容がひどいものでしたので、あなたに一言もなく決断したのは申し訳ないと思っております」
「ご心配なく。あなたがマクシミリアンを呼びに行っている間、クリフ王子が食堂で見せてくださいましたわ」
「えぇっ……?」
絶句するアルベルトの気持ちも分からなくはない。
彼はそれなりに、わたくしを巻き込まないようにしてくれたのに……クリフ王子が台無しにしているのだ。
「それは良いのですけれど……あなたの提案で全て動いていた……ねえ、アルベルト。違うなら違うといってくださって構いませんが――……脅迫状はラルフから……クリフ王子に送りつけるよう言いつけられていたのではなくて?」
「な――……」
アルベルトの顔に驚愕が張り付き、両目はいっぱいに見開かれた。