先触れもなく、アラストル公爵家にやってきた来訪者は貴族階級も下である伯爵の小娘。面会相手は病み上がりの子息。
普通だったら門前払いも当たり前なのだが、お父様とカルヴィン様に士官学校時代からの長い交流があったことや、しばらくマクシミリアンにダンスを教わっていたことも幸いして、わたくしのことも顔パスで屋敷に通してくださった。
「まあ……リリーティア。ようこそ来てくださったわね!」
応接室に通されてしばらくの後、ディートリンデ様が笑顔で応対してくださった。
「突然の来訪、無礼を承知で――」「いいのよそんな堅苦しいもの! リリーティアさえ良ければいつでもいらして! 本当にマックスがいるときならいつでも、朝だろうが夜だろうがいつでもいいのよ! 本当よ? だって~ずっと小さい頃から仲が良かったものね……またあのときみたいになるのかしらって、主人とよく話しているの。マックスは恥ずかしがっているみたいですぐ怒るのだけど、そうなったら嬉しいじゃない? あらやだ、本音が漏れてしまって……うふふふ!」
いいのよ、のあたりで、おばちゃんみたいな手つきをしたディートリンデ様だが、気品のある方がやると、おばちゃん感が出ないのはなぜなのだろう。わたくしもかくありたい……。
その『マクシミリアンがいるときなら』というのは、彼に用事があるとき以外来ないから、という意味だとすれば、実際その通りだ。
マクシミリアンとは仲が良いほうだから、気を遣わせまいとそう仰ってくださっているのだろう。
思わずご厚意に頭を下げる横で、ジャンが無表情のまま紅茶をすすっていた。
無表情なんだけど、言いたいことでもありそうな無表情……という、少し矛盾したものを抱えている感じがする。
「マクシミリアンは……しばらくお休みされると伺いました。本当に大丈夫ですの……?」
「ええ、もうなんともない……といえばそうだけれど、大事を取って今週は療養に。なんだか侵入者もあったとも聞いたし、大変だったみたいよ」
殿下も大事なくって良かったわ、と微笑むディートリンデ様はなんとも優美だ……。
「あら、いけない。マックスに会いに来てくれたというのに、ごめんなさいね」
失礼しますと出て行くと、当然のようにジャンもついてくる――……が、彼はディートリンデ様に呼び止められた。
「護衛さんはこちらでお待ちくださいね。一緒について行っては、話せるものも話せなくて可哀想でしょう?」
「……なるほど? 奥様が話し相手になってくれるのか?」
「ええ、いろいろとあなたから見た印象も聞いておきたいし……ね?」
ディートリンデ様……まさかジャンのことに興味を持ってしまったんじゃ……?
だめですわ、その男は危険な男ですのよ。失礼ながら、あなたのような令嬢上がりの麗しい世間知らずの奥様なんて、一瞬で毒牙にかかってしまうわ。
「――というわけだ。あんたは水色……ご子息のところに行ってな」
「ジャン、いいですわね、そのお方に手を出したら行けませんわよ……?」
「それはあんたが気にすることじゃない」
いや、そこは気にするよ。もし自分の護衛と奥方が不倫の関係になったら今度こそカルヴィン様もお父様もお怒りだよ。
しかし、わたくしの気持ちなどを考慮していただくこともなく……メイドさん達によって扉は閉められ、応接間でジャンとディートリンデ様 (と、メイドさん)の濃密男女空間になってしまった。
自分に何の関係もない状態だったら、覗き見してみたい……という下世話なスケベ根性を働かせてしまうところだろうが、ここはディートリンデ様とジャンを信じて、マクシミリアンと早く話をして帰ってこよう。
階段を気持ち急いで上がりきり、マクシミリアンの部屋にたどり着くと、ドアを叩く。
「マクシミリアン、わたくしです。リリーティアですわ」
「リリーティア? なぜこんな時間に……いや、とりあえず入ってくれ」
ああ、まだ午前中で、本来なら学院で勉強している最中だもの。マクシミリアンがびっくりするのも仕方ないわね。
失礼しますと断りを入れてから扉を押し開くと……普段通りに元気そうなマクシミリアンの姿があった。
「あら、今週お休みされるというからどうしたものかと……心配要らない程度に普通ですのね」
「ああ。いろいろあったものの、教会の世話になってすっかり良くなった。ただ……なぜか、後頭部に小さいコブができている」
そう言いながら自身の後頭部に触れ、まだ痛いんだと正直に話をしてくれるマクシミリアン。
「――…………それは……お可哀想に……ねぇ……」
ごめん。わたくしがやりましたの。
そんなに高いところから落としてないんだけど……たんこぶができてしまったのね……。
内心ドギマギしていると、マクシミリアンの部屋にメイドさんがお茶のセットを持ってきてくださった。
わたくしの好きな焼き菓子もある。
さすがアラストル公爵家。よく来る客人の好みをよくご存じですわ……。
「……そういえば、なぜここに? クリフォード殿下へも顔は出したのか?」
「いいえ? わたくし王妃様に嫌われておりますもの。先触れがあったところで、面会謝絶にされるかも分かりません」
「そんな嫌がらせはされないだろう……まあ、確かに我が家なら、面倒な手紙など要らなかったかもしれないから楽ではあるな。君が来ると両親がとても喜ぶ」
ああ、そこはディートリンデ様も仰っていたような。
メイドさんが恭しく深い礼をして立ち去ると、マクシミリアンは『それで』とやや低い声音で聞いてくる。
「見舞いと言いつつ……なにかあったから、来たんじゃないのか?」
「さすがですこと。ええ、とんでもないことがありましたの。ラルフ様が学院内で魔法を使ってわたくしたちに害を与えようとしたこと、そして……アリアンヌさんが戦乙女だったということです」
すると、マクシミリアンは難しい顔をして、なんだと? と聞き直す。
まー冗談であって欲しい内容よね。特に前半。
「魔法を使った、と……そんな、ラルフはなにを考えて……もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
たんこぶ以外で頭の痛い案件ができてしまったことに同情せざるを得ない。
わたくしはマクシミリアンに詳しく、そしてなるべく自分の感情を込めずに淡々と教室に入ってからのことを話して聞かせた。