そこからは、アリアンヌが剣を握ってから本当に一瞬で終わった。
ヴァルキュリエに言われるがまま剣を握り、ラルフの脅しもどこ吹く風で、アリアンヌが『えいっ!』と気合いと共に剣を薙ぐ。
すると剣から、細長い三角形……が内側にへこんでるような形……とにかく、アリアンヌが剣を振り、剣から出た光の波動が音も立てずにラルフにぶち当たって、ラルフの中から黒いモヤモヤが抜け落ちたのよ。
ゲーム中だったら、チュートリアル的に『わかったかアリアンヌ?』とか剣が使い方を教えるヤツだわ。多分。
がくりと膝をつき、ボーッとした顔で虚空を見ているラルフに、フェーブル先生と……多分ラルフのクラス担任と思われる女性の教師が近付き、いろいろ話しかけている。
「…………」
アリアンヌの背中に発現した光翼は消えていたが、彼女は自分が何をしたかよくわからないような顔で聖剣ヴァルキュリエを見つめた。そこへセレスくんが近付いていく。
「……アリアンヌさん。いえ、戦乙女。どうか大聖堂にご同行願えませんか」
「セレスティオさん……これは本当に、戦乙女の力なんでしょうか。私、よく分からないんです……無我夢中で、言われるままに振っただけで。そうしたら、ラルフさんが……怪我はしなかったけど、気が抜けちゃったみたいになって」
怖い、と言いながら聖剣から手を離す。
放り投げるように離された聖剣は、床に落ちるかと思われたが……光り輝いてその姿を変え、アリアンヌの手首にブレスレットとして巻き付いた。
赤いハートの飾り石なんか付けちゃって、ずいぶんと乙女っぽいデザインになっている。わたくしの水鏡なんか、苔むして臭くてどんぶりだったのに。
「――……お姉様、私と一緒に教会についてきてくれませんか?」
「申し訳ありませんが、わたくしは同行できません」
不安なときに誰かに側にいて欲しい、と思う気持ちは大変よく分かるわ。
彼女が普通の……さっきまでのアリアンヌだったらついていってあげても良いかなと思った。
しかし、彼女は目覚めた。
聖剣ヴァルキュリエに姿を変えたクロウは『目覚め』であって『覚醒』とは言っていないが、戦乙女としての一歩を確実に踏み出したことは確かなのだ。
目覚めたというだけで充分な変化。これ以上、行動を共にすることはできない。
アリアンヌが一緒にいてくれと欲しいと願ったとしても、わたくしがそうしたくないから断るだけだ。
フェーブル先生がラルフを背負って、たぶん……医務室へと運ぼうとしていた。
「先生、気分が優れませんのでわたくしたち早退させていただきます。ご連絡がありましたら、寮かローレンシュタイン家にお願い致しますわね」
「あ……私もお願い致します。大聖堂におりますので……」
わたくしたち姉妹とセレスくんの申し出に、フェーブル先生は困ったような顔をしたが、事情が事情だから仕方がないと踏んだのか、力なく頷く。
「――……お気を付けて」
それだけ言って、先生は階段を下っていった。
◆◆◆
アリアンヌをセレスくんに任せ、新しい机を使うこともなく、わたくしは学院を後にした。
「――……どうすんだ? 寮に戻るのか?」
ジャンがインクで赤く染まった袖を、人目から隠すようまくりながらそう聞いたが、わたくしは黙って首を振った。
「ラルフのことは意外な形で収まりましたが……戻る前にもう一つだけ……解いておきたい事があります」
わたくしは鞄から、ジャンが手渡してきた報告書の一部を取り出す。
持ってきた本人は、内容を把握しているので何も言わなかったが……。
「さて、アルベルトに会うにはどうしたら良いのかしら。王城か、近衛騎士団か、あるいは……彼らが回復するまで待つ? まあ、その頃には……全部終わって、アルベルトに聞く内容も無駄になるでしょうね」
先触れもない状態で王城に乗り込んでも入れて貰えないだろう。
体調的にクリフ王子はもちろんのこと、アルベルトに面会が許されているかどうか……。
「水色メガネに会いに行ってみたらどうだ? あそこの家は、あんたに甘いからな。案外すんなりと通して貰えるだろう」
「マクシミリアンの屋敷に行ってどうするのです? ああ……まあ、お見舞いには行こうと思っていましたし……宰相様にお取り次ぎをお願いするという形も悪くないかもしれません」
わたくしが王宮に先触れを書いて返事を待つよりは絶対に早いだろう。
そう判断したら、一刻も早いほうがいい。わたくしはアラストル公爵家へと向かったのだった。