【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/180話】


 クラス対抗戦のとき、わたくしとアリアンヌの前に姿を見せた謎の男、クロウ。


 確かにあのとき、戦乙女の光が強くなったらまた会おう的なこととか言ってた気はするのだが……だからといってその瞬間、こんなときにこんなところで現れるとか、ややこしくてかなわないわ。


 取り込んでいるのは見てわかるでしょうに。もう少し空気を読んでいただきたい。


「戦乙女よ」


 こちらの事情などまるっきり考慮していないので、彼はわたくしを含めたその他大勢を無視し、アリアンヌに声をかけると――……彼女の前に片膝をついて礼を取る。


 そして瞬きの間にその男は、黄金の剣に姿を変えた。


「お前が覚醒するのを……長く待ったぞ。時は来た。この瞬間より、我が身を戦乙女の剣として……命が尽きるまで捧げよう」


 アリアンヌは突然やってきた男が恭順の態度を見せたことや、クロウの姿が一瞬にして剣に姿を変化させたことにとても驚いていた。しかも喋ってるし。


「ふえっ!? あ、あのっ……?」


 わたくしにどんぶりがいるのと同じように、クロウは魔族の第三勢力ではなく、アリアンヌの……味方。


 むしろ戦乙女の武器である、聖剣『ヴァルキュリエ』だったということか。

 アリアンヌは黄金の剣に向かって要領を得ない言葉を投げかけながらも、こっちの事情に反応しきれなかったラルフが『なんのパフォーマンスだ!』と怒鳴り散らしていた。


 まあそうよね……あっという間の出来事で、意味がわからないわよね。


「控えなさい。彼女はフォールズ王国の待ち望んだ、戦乙女なのです」


 そう言ったのはセレスくんだ。穏やかではあるが反論を許さないような威厳も感じられ、ラルフも『なんだと……』と呟いて動きを止めた。


 セレスくんは教会側の人間として、戦乙女が現れたと彼女を大聖堂とかに連れて行かないといけないのだろう。


 いくら魔族(こっち)側と通じているからといっても、こんな人目に付く場所で覚醒されちゃったら、知らぬ存ぜぬとはできない状況だものね。


 それに、光の粒子がいまだに翼の形を取って、アリアンヌの身体を光らせている。まあ神々しいこと。


 その戦乙女本人は困惑したように黄金の剣と背中の光翼を見つめていた。


「……戦乙女? この庶民上がりの女が生まれ変わりとでもいうのか?」

「はい。彼女からは精霊の力、聖なる波動をあなたも感じませんか……彼女を覆っている光の翼は、紛れもない戦乙女の象徴です」


 それをこの目で見ることができるだなんて、身に余る光栄です。


 突然覚醒した昔なじみが戦乙女だったのだ。


 アリアンヌが戦乙女だと数年前からお知らせしてあったものの、実際にその眼で確認したセレスくんの表情に少しばかり興奮と……緊張もあるようだ。


 アリアンヌを連れて行くには、ここを収める必要もある。


「まさかあなたは、戦乙女を攻撃しようなどとは思いませんよね?」

「たとえ教会の寵児がこの庶民を戦乙女だと認定したとして……それで? 公爵家に歯向かったことも許されると思っているのか?」


「収集つかないような状況に持ち込んでいるのは、そちらだと思うのですけれど……」


 わたくしがぼそりと呟くと、ラルフは黙れと声を荒らげた。耳が良いこと。


「――……戦乙女アリアンヌよ。この人間はどうも、精神を瘴気で汚染させたようだぞ。己の心から生み出した負の感情は、自制心というものすら消してしまったらしい。やれやれ、聞く耳すら持ち合わせない者を説得しようとは、魔導の娘も戦乙女も気長なことだ」


 剣になったクロウが、状況を解説しつつも呆れたように一人で喋っている。


「――まあ、目覚めの肩慣らしにはちょうど良い。アリアンヌ、我を使え。そこの娘に実力を見せてやるのだ」

 精神汚染程度を払うなど、お前と我が力を合わせれば造作もないこと。

 生意気にクロウ……いや、聖剣ヴァルキュリエはそう抜かしたのだ。




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こめんと

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