俺が全部やった。
その男はそう言ったのだ。
「……確証はありませんが、あなたがわたくしを恨んでいるらしいということは存じているつもりでした。だからといって……関係ないクリフ王子とマクシミリアンを……いったいなんのために巻き込んだのです?」
「――なんのためだって?」
なにもかもぶっちゃけて、もうどうでも良くなったんだろうか。
ラルフはどこか危うげな表情で、わたくしを見ながらヘラリとした貌を見せる。
「子供の頃、お前が庭で俺に言ったこと覚えてるか?」
「あら、面識があったのですね……。記憶にございませんわ」
「お前は俺にこういったんだよ……『池の魚の一匹すら素手で捕れないなんて、つまらない。マクシミリアンは頑張って捕ってくれるから、マクシミリアンと遊んでいるほうが楽しい』ってな!!」
「……そん……な、ことを?」
「そんなこと?! そーだよな! 言ったほうは覚えているわけがない! 興味がなけりゃどうだっていいんだからなァ! そうしてバカにした目で見てくるのは昔も今も変わらないな!」
わたくしが言った『(上級貴族に対して)そんな(ひどい)ことを(リリーティアが言ったのか)?』と、彼のとらえた『そんな(どうでもいい)ことを(いつまでも覚えているなんてバカじゃないの)?』は、だいぶ開きがあるようだ。
「すみません、リリーティア様、ラルフ様。授業中ですから、早く教室に……」
廊下でこれだけ騒いでいるのだ。誰だって気になるだろう。
フェーブル先生が教室から出てきて、わたくしたちにやんわりと注意を促すのだが、ラルフはそれも『うるさい』と怒鳴り散らす。
ラルフは興奮状態になってしまっているようだから、これを落ち着かせないといけないわ。
先生に『すぐ戻ります』と謝罪し、ラルフに向き直る。
「ラルフ様、仰りたいことがあれば後ほど時間を設けて伺います。ですので――」「黙れ! 伯爵の娘風情が俺に指図するな!! クリフォードやマクシミリアンがああなったのも、お前が関わったから悪いんだ! そうだ、全部、全部お前が悪いんだ!」
うっさいなー。じゃあいったい何をどーしてほしいのよ。
だんだんイライラしてきて、伯爵令嬢にあるまじき暴言が口から飛び出そうになったが、ラルフがヒヒッと笑ってアリアンヌを指さしてきたので、暴言を挟む暇がなかった。
「こんな庶民の女に婚約者を取られそうだっていうじゃないか。舞踏会も行けなくなったって。恥ずかしくてたまらないよな? 殺したくなるだろ?」
「いいえ。むしろ出ることがなくなったのは助かって……」
「みんなの前だからって虚勢を張るなよ!! クリフォードの横に並び立てなくて悔しいって感じているだろ?」
「お姉様……」
アリアンヌが困った顔でわたくしに視線を向ける。
これはラルフの言葉を気にしたわけではなく、この人話が通じないけどどうしましょうか、という表情だと思う。
「ラルフ様。あなたにどのような言葉が届くのかはわかりませんが……」
どんな奴かと思っていたら、思ったよりも面倒な男だった。
「あなたの仰るように……そう、仮に。ほんとにそうだと仮定して。わたくしがクリフ王子の横に立てなかったことを残念だと思ったとして……それはラルフ様にも、アリアンヌさんにも関係のないことです」
しつこいくらいに仮定だと前置きしてそう告げてみたが、ラルフにはあまり理解できていないようだった。
「それでも、わたくしのことに固執するならば……あなたは過去の恨みを晴らそうとするためだけに、わたくしの周囲に害を与えていると認識してよろしいのかしら」
「――そうだ。お前が貴族として失墜するのが見たいんだよ!」
「ふざけないでくださいっ!!」
もう既に貴族として失墜どころか、ポンコツの極みであると言い返そうとしたところ、アリアンヌが急にブチ切れてわたくしより一歩前に進み出た。
「公爵様の息子さんが、クリフォードさまや、もう一方の公爵様にまでご迷惑を……しかも、それは子供の頃の恨みを晴らすためって……そんなの恥ずかしいとか、あるまじきことだとかなんとも思わないんですか!?」
「うるさいぞ庶民! 俺はリリーティアと話してるんだよ!!」
「うるさくたって、庶民だって……おかしいと思ったから申し上げてるんです! これ以上誰かを……お姉様を傷つけるのはおやめください!」
「アリアンヌさん……」
彼女の肩に手を置いて、おやめなさいと小声で告げたのだが、彼女はぶんぶんと頭を振って拒否する。
「私は確かに、伯爵家の養女ですけど……これ以上お姉様や他の方に危害を加えるのを黙って見過ごせません」
「じゃあなんだ? お前が全部止めるって言うのか?」
こんなところで二人が喧嘩なんかして、双方に怪我をさせてごらんなさいよ。お父様が(わたくしをあらん限りに叱り飛ばした後)倒れてしまうわ。
「アリアンヌさんも、ラルフ様ももうおやめください! 特にアリアンヌさん。ラルフ様とわたくしのことに、あなたは口を出さないでちょうだい」
「気にするな、リリーティア。俺は姉思いの優しい妹に心を打たれたよ……だからお前ら二人とも……仲良く屋敷で長期療養でもしな!」
そう言ってラルフは手を前に突き出し、風の魔法を放った。
「バカが……!」
ジャンの判断は早かった。
わたくしとアリアンヌを後ろに引っ張り、自らの身体を盾にして庇う――……と思ったら、彼の前に光の盾が浮かび上がり、風の魔法を打ち消した。
「大勢の方に被害が出るというのに、なんという軽はずみなことを……!」
セレスくんが、防御魔法を使ったのだ。
魔法を使用したので突風が吹き荒れ、廊下の窓ガラスは強い衝撃波が駆け抜けていった影響で、次々にひび割れ、破砕される。
至る所から悲鳴が聞こえ、先生が顔を出さないで、落ち着いてと教室に注意している声が遠くで聞こえる。
アリアンヌは教室や割れた窓ガラスを悲しげに見つめ、唇を強くかみしめた。
「――……ひどい……! 関係ない人にまで危害が及んでしまうのに、どうしてこんなことが平気でできるんですか!? 貴族は気高くあるべきじゃないんですか!?」
「子供の頃からリリーティアがやったことに比べれば、こんなものかわいいものだ!」
「お姉様はこんなひどいことなんてしない!!」
いやー、それはどうだろう。わたくしも聞きかじっただけで、あいつは悪魔みたいな所業だったよ。特にマクシミリアンは三度死にかけてるらしいよ。
そんなことを口に出せるわけもなかったが、ヒートアップしたこの二人をどうにか鎮めないと……と思っていると、アリアンヌが急に淡い光を放ち始めた。
「これ以上、あなたの思い通りにはさせない……! クリフォードさまも、お姉様も……私が守ります!」
いやいや、アリアンヌ、なんかあなた変だよ。
急に身体光ってるけど……セレスくんもびっくりして目を丸くしている。
「……アリアンヌさんの内側から、急に……光、の翼が……あ、ああ……!」
要領を得ないことまで言って、自らの頬を両手で押さえるセレスくん。
どうしよう。急にみんなおかしく……いや、おかしい。
状況的に収集つかなそうって意味では『おかしい』んだけど、アリアンヌの背に、光の大きな翼のようなものが……いや、これ、知ってるぞ。
「人々の危機に精霊の力を持つ大いなる光翼をまとい、覚醒せし少女あり……」
セレスくんが預言書の一部を呟く。
その言葉も知っている。
場所は全く違うけど、その言葉は無印版でおなじみの――……。
「その者、戦乙女として……選定を受けし者」
セレスくんの言葉と重なるように、後方からもう一つの声が聞こえた。
振り返ると、視界に白いローブが翻った。
相変わらず……顔が見えているにもかかわらず、はっきりと知覚できない。
「あ、あなた……っ、クロウ……!?」
わたくしの動揺すら楽しみながら、いつぞやぶりに出会った男はにやりと笑い『どうやらおまえのおかげで目覚めが促されたようだな』と言い放った。