生徒会室に通されたわたくし(とセレスくん)は、防音結界を張りながら『さて』と話をし始めようとするイヴァン会長に視線を向けた。
「……貴女の周囲でなにが、起きているのでしょうか」
先ほどのように(主に負の方向で)表情豊かなものではなく、真面目な顔をしていらっしゃる。
生徒会長という立場なので、学院で起こった事件などは書類に記載し、教師に報告する義務も発生するから聴取をするのだろう。
「わたくしにも、机の中のものはどういう経緯か不明で……」
「そこは構いません。悪質な嫌がらせだろうというのは誰の目にも明らかです。このところ学院内の話題は、舞踏会関連が多いようですから。その中に、貴女の名もよく上がっているのです。少々強引な解釈ですが、貴女がその催しに参加しないことと、今回のこと……関係があるかもしれない、と思いまして」
プライベートなことでしょうから、こちらから強引に話せとは言えませんと言っているくせに、でも話してくれますよね? という態度を取られているのは話せと素直に言ってくれた方がやりやすいのだけど……。
やっぱり外部からも嫌がらせされているように見えているのだな~とは思った。
「……様々なことを伏せますが、結論から言えば……まあ、わたくしに関係がある……ようです」
「ふむ……」
イヴァン会長は指を組み、わたくしのことをじっと見据えていたが……しばらく待ってもわたくしが何も語らないので、彼は視線を外して椅子の背もたれに身を預け、息を短く吐いた。
「――……昨夜はいったいどちらに?」
「は、い?」
唐突にさっきのことと関係なさそうな質問をされ、わたくしは何を言っているのか分からず、間の抜けた声を出してしまった。
「お出かけでしたね、義妹さんと」
「……わたくしたちは寮に」「裏手で、七時頃貴女の気配を感じました。その後、お二人でこそこそ裏通りを歩き、とある場所に行ったでしょう」
とある場所に行ったでしょう。って……なんで見ていたように知ってるんだ。わたくしは周囲の気配を感知しながら歩いていたんだぞ。
「どうしてと言いたげなお顔ですが、フフ、使い魔というのは便利なので、導入および警戒についてご考慮されることをおすすめしますよ」
にっこり微笑んで、なにとんでもないこと言ってんだ。
じゃああれか、使い魔を使役して、わたくしたちの後を追わせたのか。
ということは、だ。この人……わたくしたちが何をしていたか知っ……?
じっとりと嫌な汗が浮かんでくる。
潜入したという事情を知らされていない(彼は忙しくて話す機会がなかった)セレスくんは、わたくしの精神の異変を感じ取っているだろう。
大丈夫かとも聞けず、困ったようにこちらを見ている。
ちっとも大丈夫なんかじゃないわ。
「動揺を悟られまいと必死に押し隠すところも素敵ですよ……まだ耐えられるようでしたら、わたしも先を続けたほうがよろしいですかね」
とイヴァン会長は慈愛に満ちた、非常に優しい声音で聞いてくる。
なんだこの人、怖すぎるぞ。どういう変態性を身につけているんだ。
「…………帰宅時間はご存じで?」
「午後十時二分。転移でお戻りになった。魔具を持たない貴女に扱えるはずがない。かといって、義妹さんも魔具を所持していないなら同じでしょう。おかしいですね。いったい誰が使ったのやら……ねえ? そう思いませんか?」
イヴァン会長を甘く見ていたわけじゃないが、やばすぎる程正確にわたくしやアリアンヌを理解しておられる。
ここまで握られていては、あらあら~なんのことかしら~? なんて欺くことは不可能ではないだろうか。むしろとどめを刺されかねない。
この人が完全なる敵じゃなくて、そして何よりセレスくんがここにいてくれて本気で良かったよ……。
「……恨みで膨れた因果応報が、わたくしの前に立ち塞がったのです」
「ほう?」
目をちょっと大きく開き、わざわざ驚いたような顔をしてくださるイヴァン会長。長話ならお茶でも淹れましょうか、と言ってくれたがそれは辞した。備品も取りに来たはずなのだが……ジャンが来るまで待ってるつもりなのかな。
「イヴァン会長は、この学院の生徒……フィッツロイ様をご存じ?」
「ええ。わたしの隣のクラスにいらっしゃるでしょう。先ほども貴女を見ていましたね」
「……ハニーブロンドの、くせっ毛のかたかしら?」
「その通りです。ラルフ……カベアル・フィッツロイ様。ここのところ、ずっと貴女を監視していると言っても良い程度にじっと見ておられます」
「……イヴァンさんがそう仰ると、説得力がありますね」
セレスくんの素直な感想に、イヴァン会長も『そうでしょう』と笑った。いや、セレスくん多分褒めようとして言ったんじゃないよ。
――それはそれとして。やはり、あいつがラルフ……!!
わたくしたちの様子を影から窺っていた、あの男子。
「確たる証拠はございませんが、わたくしが幼い頃、方々に多大なご迷惑をおかけして……そこにフィッツロイ家が含まれているご様子でして」
「……ここ最近教会にも、リリーさんと王家の不仲はよく聞こえてます。特にフィッツロイ家から提言されているとも」
そんな世俗から遠そうな独自の世界にまで聞こえているというならば、もう有名人みたいなものだ。
いかにも新聞記者が飛びついてきそうな内容じゃない。うっかり外も歩けないわ。ほんと、気をつけなくちゃ。
「フィッツロイ家ですか……王妃様とも近い間柄ゆえ信頼もより一層強い、というところかもしれませんが、貴女のお立場では、一番懇意にしなければならぬ一族では?」
そんなこと言われるまでもない。だが、気づいたときには全てが遅かったのだ。
もし、わたくしとクリフ王子の仲が良好だったとしても、この事態は避けられなかっただろう。
「フィッツロイ家は、どうもわたくしよりアリアンヌさんを気に入っているご様子。王妃様もそれは同じで、その話をマ……とある筋から……そうね、舞踏会への招待状が送られてきた時期から、異変を感じ始めたというか……」
王妃様がわたくしを嫌いはじめ、クリフ王子の様子が目に見えておかしくなり、脅迫状が届き……そして今回、ようやくわたくしに狙いを定めはじめたようだ。
イヴァン会長は腕時計……じゃなかった、学院から貸与されている腕輪型の情報端末をいじって何かを見ている。
「……アラストル様とクリフォード殿下は今週は欠席されるようですね」
「今週いっぱい、ということでしょうか」
「ええ」
淡々とイヴァン会長は肯定の意を告げるが、何らかの確信を抱いているらしい。きりっとした赤い瞳はわたくしに向けられている。
「貴女達が向かった場所でこのお二人が倒れ、現場になった屋敷のご子息お一人だけは何事もなく登校されている。王子の御身に危険があったのに、騒ぎにもならない。どうなっているのですかねぇ」
「二人が倒れた……と、どうしてそう思われましたの?」
「お二人の欠席理由は伝えられていません。今まで、どのようなときにも理由を頂いていましたからね。ですから、うかつに欠席の理由を話すことができないか、使いのかたも把握していないと考えました」
ヤンデレ名探偵、怖すぎる。
「ええと、お二人の話に部外者が口を挟むのもいかがかと思うのですけど……いいでしょうか」
おずおずとセレスくんがわたくしたちを見つめながら意見を言いたそうにしていたので、どうぞと頷く。
実際部外者にこうも追い詰められているのはわたくしですからね。
「私は、昨日教会に運ばれたフィッツロイ公爵の皆様を治療したのです」
治療といっても祝福の呪文を唱え、万能薬を飲ませて様子を見る……というものらしいのだが、それで充分だったらしい。
そこで、公爵様は治療中『息子の様子がおかしい』と告げたという。
フィッツロイ家に息子は二人いるのだが、公爵夫妻と一緒に運ばれてきたのはウルリク様……長男のみであるという。
たぶん、同じ部屋で昏倒していたあの男性だろう。
「次男のラルフ様はその場に同席されていないご様子でしたね」
「……告解室でお話しすることは、他言無用では?」
「告解室で話さなかったので。それに、この話は……現在リリー様に関係あることかと思いますが」
そう穏やかに言って話を続けようとするセレスくん。
この柔らかな物腰にコロッと騙されてしまいそうだが、割と押しが強い人なのだ。
「その……『息子』さんというのはつまり」
「ええ。ラルフさんであると思っていただいて間違いないかと。性格も攻撃的になって、以前とは別人のようだとか」
頷きながらもセレスくんはわたくしに、公爵様が仰ったことをかいつまんで話してくれた。