光の奔流が止み、恐る恐る目を開いてみると……そこは見慣れたわたくしの部屋。
室内には誰も……留守を任せているはずのどんぶリリーすらおらず、わたくし……と、放心状態でへたり込んでいるアリアンヌ、そして誘拐してきた子供だけがいた。
「――……助かった……んでしょうか……」
「え、ええ……」
曖昧な返事になってしまったが、わたくしは逃げられないとほぼほぼ観念していたのだ。
はああ、と脱力して絨毯の上に寝転がったアリアンヌは、怖かったと心情を吐露する。
「アルベルトさんに見つかって、帰還アイテムが発動しなかったあたりから無事で帰ってこられるとは思えませんでした……」
「わたくしもそう感じましたわ」
わたくしたちが無事だったのは、なぜなのかという疑問を抱く必要が無い程度に理解している。レトが転移してくれたのだろう。
彼の部屋に視線を送るが、あの部屋はぴったりとドアが閉まったままだ。
アリアンヌもここに転移させたから、彼女に見つからないように身を潜めているに違いない……。
彼女に感づかれなければいいんだけど……。
「……アリアンヌさん。もうお部屋にお戻りなさい。お風呂に入って疲れと汚れを落として、早くくつろぐといいわ。今日使った服も、明日きちんと洗っておくのよ」
「…………はい」
アリアンヌに言葉をかけたものの、わたくしの横にはマントで包まれたままの少年がいる。
彼女は妙な視線をわたくしへ向けて、ぎこちない返事をした。
「お姉様が今後その子をどうされるのかはわからないし、聞いたところで教えてくれないとは思いますけど……ひとつ、大事なところが気になります」
「……答えるかどうかはさておき、なにを気にされているか聞くだけ聞いておきます」
すると、アリアンヌは『その男の子』と指をさす。
「男の子ですよね多分……というか絶対」
「まあ……お顔立ちからそうだと思うのです」
「お姉様が、これからこの男の子をお風呂にでも入れるつもりですか?」
「…………」
なるほど。
そこまで考えなかったわ。
「……ジャンにでも頼みます」
「ジャンさんがそんなことしてくれますかね……想像出来ないです」
まあ絶対に嫌がられるだろうな。
「年上や幼馴染だけじゃなく、女の子もお姉様に好意的なのに、今度は年下まで……どこまでお姉様は他者を篭絡していくんですか!」
「変な言い方をなさらないで! そういう不健全な目的ではございませんの。まあ……彼の生命の危機や不憫さを感じたために、つい誘拐してしまったのも……否めませんが」
つい誘拐した、などと軽々しくいうものでも、行動するものでもない。普通、あってはならないことなのだ。
「今頃、あちらは大変な騒ぎでしょう……。本日中にクリフ王子になにかあったとこちらへ使いの者が来ることはないかもしれませんが、来ないとも限りません。出来うる限り、何事もなかったかのように振る舞ってくださいね」
わたくしの忠告にアリアンヌは頷き、お姉様こそ、と言いながら魔族の少年に視線を向ける。
「くすねてきたものが多すぎますから、見つからないように……」
「心配には及びません。ですが、アリアンヌさん……本日はここまでお付き合いしてくださってありがとう存じます。もうこんな危険なことはありませんから、安心なさって」
アリアンヌと二人で何かを成し遂げるのは最初で最後だ。
その意味に気づきもせず、彼女は微笑みを浮かべながらしっかりと頷き、スリルがあって怖かったけど、お姉様がいたから頑張れました……などといじらしい事を言って、また明日……と部屋を出て行った。
少しの間……といっても多分10秒かそこら……の時間が経ったのち、レトの部屋の扉が開いて、部屋の主だけではなくその弟、いつの間にか黒猫に戻ったどんぶりがぞろぞろと這い出てきた。
「ただいま戻りました」
「…………いろいろ言いたいことはあるんだけどね、無事でなによりだ」
わたくしになにを言っても無駄だと思っているのか、言いたいことがありすぎて整理できないのか、レトはため息をつきながら頭をかいて、おかえり、と言ってくれた。
「……とりあえず、リリーティア。きみが先に風呂に入るのか、この子を先に入れるのか教えてもらっていいかい? そこを決めてもらわないと、ボクたちにもいろんな意味で我慢を強いられる」
吐きそうなくらいこの子供クサいよ、とヘリオス王子がハッキリ言ってしまったので、お風呂に入れる事にしたのだが……わたくしの代わりに身体を洗う役割を嫌々引き受けてくれた魔界の王子様二人は(ジャンはどこかに行ったらしい)お風呂場でギャーギャー言いながら男の子の汚れを落としてくれたようだ。