【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/169話】


 夕方、わたくしとレトが魔界から戻ってくると……ほっとしたようにどんぶリリーが笑顔を見せる。


「おぬしらが出て行ってからしばらくして、マクシミリアンが来たぞい。フィッツロイの屋敷に行き、陛下たちに今回の件を話すかどうか打ち合わせもするそうじゃ」


 本来ならどんぶりも影武者を演じる必要はなくなるのだが、今日は完璧なるアリバイ工作のため、わたくしが戻ってくるまでリリーティアのままでいてもらう。


「――そういえば、マクシミリアンというのは怖いのぅ。わしの顔をしきりに見て、リリーティア……か? と、不思議そうな顔をしていたぞ」

「ああ……そういえば、彼のことを忘れておりました。彼もリリーティアセンサーが搭載されているのでしたわ」


 次に顔を合わせることになったら、またわたくしの顔をじろじろ見るかも。気をつけておこう。


 そろそろアリアンヌとの待ち合わせ時間も迫っている。

 クラッカーとチーズで軽い食事を摂り、服も動きやすさ重視でスカートからぴったりしたズボンに履き替え、顔を隠すためフードの付いたマントを羽織った。


 腰にポーチを付け、ブーツを着用すれば……まあ、冒険者として見えなくもない。弓使い(アーチャー)というよりは、盗賊(シーフ)のほうが近いかもしれないが……。


「それじゃ、行ってきますわね」


 みんなに手を振って扉を開けようとすると、慌てたレトに止められる。


「まさか、出かけるからって玄関から行くんじゃないだろうね? 学院の裏なら転移させるよ」

「お願い致します」

「本当に大丈夫かなあ……」


 レトは不安そうだったが、渋々わたくしの足下に転移陣を敷き……送り出してくれた。

 ◆◆◆

 学院の裏にある森は、普段支援学科の生徒達が調合材料の採集に訪れるところだ。


 敵も出ないし立地も良いし、お手軽に採集できるのだが、序盤は採取数も少なくいまいち品質が優れない……というお約束パターンよ。

 フードを被り、近くの木陰に潜みながら人の気配を探る。さて、もうアリアンヌは来ているだろうか……?


 ここから先、仲間のサポートはない。わたくし自身の能力見極めってところでもあるし、しっかりしなくちゃいけないわね。

 木々の間から学院の校舎を探る。休日なので明かりもほとんどついていない。


『ほとんど』というのは……まあ言葉の通り、全部が消えているわけじゃないから。職員室や一部の教室にはまだ明かりが付いている。


 うわ、生徒会室にもついてるじゃないの。

 イヴァン会長がいるとすればマズいわ、わたくしの気配とやらがバレないようにしないと。さすがに、森の中にいるわたくしに気づくとかはないだろう……と思いたい。


 耳を澄ませると、葉鳴りの音の中に軽い足音が一つ混ざっているのが判った。

 小さめの歩幅からして女性のようだから、これがアリアンヌじゃないかと思う。


 その人物も、森の中を警戒して歩いているようだ。脅かすつもりはないけど、隠れながらどのくらい近づけるか試してみよう。


 目視していないから、この足音の主がアリアンヌとは限らないし。


 弓使いのスキルで足音を立てぬよう歩くことはできる。アリアンヌのスキルは剣士と弓使いどちらを取っているのか判らないが、油断なく、そして素早く回り込むようにして近付く。

――いた。


 森の中を慎重に歩く女性もまた、緑色のフードを被っていた。

 フードの付いたコート、薄手のフェミニンなブラウス、黒いスカート……ああ、これはアリアンヌだ。パッケージに載っていた衣装に間違いないだろう。


 本人かどうかを確認する前に、知るよしもないはずのメタ要素で判別してしまうのは悲しいところであるが……人違いがないなら遠慮もしなくていいか。


 わたくしはジャンみたいに枝から枝を伝って移動する、という技能は持ち合わせていないので、自分のスキルのみで5メートルほどの距離まで近付き……手近な小石を拾う。


 うーん、状態異常が彼女に効くのかも試したいけど……下手に魔力を乗せると、イヴァン会長が気づくかもしれないわ。痛くない大きさの石を投げてみよう。


 気配を消したまま、小石をアリアンヌの足下に向かって放り投げようとした瞬間……アリアンヌが勢いよく振り向いた。


「――……だれ……!」


 腰の剣に手をかけたまま、鋭い口調で誰何される。


「残念……気づかれるとは思いませんでしたわ」


 振りかぶる姿勢を解き、木陰からフードを外しながら姿を見せると、アリアンヌは剣の柄から手を外し、お姉様……と安堵の息を吐きながら近付いてきた。

「もうっ……、誰か近くにいるような気配はあったんですけど……どこにいるか特定できなくて。狙われているって判った瞬間、居場所がわかりました。わざと意地悪したんですね?」


 そこまで聞いて、わたくしは思わず表情を引き締めざるを得なかった。


 確かにわたくしの実戦経験は乏しいほうだが、パッシブスキルは実戦経験があろうとなかろうと(スキルレベルがあるにせよ)発動しているはずだ。


 隠密行動だって、きちんとやっていた。手は抜いていない。


 それなのに、アリアンヌには誰かがいる気配と、ターゲッティングされているという自覚があったんだ。

 わたくしだって積み重ねてきたものがある、という自負はあるのに、感覚はアリアンヌのほうが研ぎ澄まされている。


 これが、あちこち行ったり来たりで鍛錬をおろそかにしたわたくしと、日頃一心に打ち込んでいたアリアンヌとの努力の差だと言われたら……言い返せないわね。


「……お姉様?」

「いえ、さすがだと思っただけです。鍛えていらっしゃるのね」


 握っていた石を自分の足下に放り投げるように捨て、素直な賛辞とほんの少しぎこちない笑みを彼女に向ければ、アリアンヌはそんなことないです、とかぶりを振った。


「前に、目が少し変だ、って話をしましたよね。あれから……ますます変に見えるようになってしまって。目の前にいる人の機嫌がいいかどうか、私と仲が良いかどうかもほんの少しわかって……あと、近くに知ってる人がいるようだと、顔が浮かんでくるんです。だから、ここに入ったときもお姉様は絶対いるとわかってて……」


 ちょっと気持ち悪いですよね、と悲しげな顔をするアリアンヌに、わたくしが内心挙動不審になったのは言うまでもない。


「クリフォードさまとはかなり仲が良くなった感じですが、お姉様とはスキンシップをいっぱいしてるのに、全然仲良くなれないんです……ハートの色が黄色っぽいというか……なんでだろう……マクシミリアン様とかは色も付いてないですけど……」

「んんっ……、そ、そうなんですの……よく、わからないわね……」


 やばい、声が震えてしまった。

 アリアンヌ、それはね……ピュアラバのシステムなんだよ。


 自由行動でマップ移動する際、誰がどこにいるか、顔アイコンが表示されるのだ。ああ、だからアリアンヌの部屋を訪れた際にも『お姉様だと思って確認しなかった』とか言っていたのね。


 ハートの色云々は好感度システムだろう。

 対象キャラクターの詳細を見る際、キャラ絵の下部にハートがあって、仲良くなっていくと色も変化する。


 最低ラインの無関心が無色、嫌いが青、普通が黄色、好きがピンク、攻略確実になると赤になるのだ。

 無印版だと数値も横に書いてあるはずだが、彼女にはそういう風に見えているのね……。


 ということは、リメイクにも好感度システムの周辺は大きな変化はない……のはいいけど、わたくしちっともそういうのがわからないわ。


 わたくしの場合、既に対象が決まっているから、必要ないのかしら……。


 しかしそうか、マクシミリアン……あんたアリアンヌに関心がないのか……それはそれでどうかと思うのよね……。

「その色というのは、誰でもわかるものなのかしら」

「ええと……私に対しての気持ち? みたいなのなら、見えるんですけど……例えばお姉様がマクシミリアン様と話しているとき、互いのハートみたいなものは見えません」


 なるほど、キャラ同士の相性はわからないんだ。


「不思議ね」

「そうなんですよ……怖いくらいです」


 そりゃそんなモノが見え始めちゃったら怖いだろう。自意識過剰にもなりそうだし。


「……ちなみに、他の人とあなたはどうなの?」

「ジャンさんは私と話すとき、真っ青ですよ。生徒会長さんも、私がお姉様の横にいると機嫌は悪くなるし、ハートは会うたびにどんどん青くなっていきますね……セレスティオさんは、まあ……お姉様と同じくらいかな?」


 アリアンヌ。あなたのまわり、クリフ王子以外フラグが立っていないわ…………イヴァン会長ルートも閉ざされているし、セレスくんルートもこのままでは無理そうだ……うん、聞かなかったことにしておこう。


「お姉様、潜入頑張りましょうね! うふっ、夜デート夜デート!」

「デートじゃないですわよ、真面目にやらなくちゃいけないんですからね?!」

「は~い! お姉様と一緒ならなんでもできそうです!」


 妙にやる気を出したアリアンヌに引きずられるように、わたくしは道案内を彼女に任せ……フィッツロイの屋敷へと向かうのだった。




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こめんと

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