【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/166話】


『アリアンヌさんも舞踏会の支度がおありでしょう』

『あなたが危険な目に遭っては困りますの』


 と数々の懸念を投げかけてアリアンヌをこの件から遠ざけようとしてみたが、困惑しきりなわたくしのことを益々哀れんで、絶対に同行すると言って聞かなくなってしまった。


「お姉様より私のほうが近接武器の扱いは……慣れて、ますよね? 多分……」


 わざわざ彼女がそういう話を出してくるのは、わたくしが過去にラズールで弓の練習をしていたことを知っているからだ。


「…………今まで剣をきちんと習ったことはございませんわ。あなたのほうが、接近戦はずっとお強いでしょう」


 剣の構え方くらいまではレトやジャンに教えてもらったけど、実際に怪我をしては困るからというレトの反対により、剣術は教えてもらわなかったのだ。


「よかった! これで私、お姉様をお守りできますねっ! 嬉しい……」


 なぜここでそんな輝くような笑顔を浮かべているのかわからないが、戦いに行くわけではありませんのよ。

 アリアンヌだって、もう少し冷静に考えれば……わたくしがジャンを一緒に連れて行く、あるいはジャンだけが偵察に行く……という作戦も視野に入れていただろう、って考えられたかもしれないが、こうなってしまったら説得はできないようだ。


 ローレンシュタイン家の娘が揃って行くのはまずすぎるなあ、とも危惧したけれど……考えようによっては現在のアリアンヌがどの程度強いのかをこの目で見ておける。


 ふむ……そう考えると、彼女の申し出も決して悪い案ではないかもね。


「アリアンヌさん、あなたの手をお借りしますが――……もし潜入が失敗して屋敷の者に見つかってしまった場合、あなたは絶対に先に逃げてくださいね」

 ちゃんと顔や髪の毛も隠しておかないと。


 そういう注意を促しても、アリアンヌは『全然大丈夫です』と、妙に自信を持って胸を張った。


「私、かくれんぼもシスター先生の不意を突いて孤児院から逃げ出すのも、昔から得意だったんです。逆にお姉様が屋敷の人に見つからないようお願いしますね!」


 そして、フィッツロイ公爵家の屋敷は……王城よりも学院に近いところにあるという。


 気分的には今すぐにでも潜入任務を実行したいけれど、道具や服装の準備もあるので――……話し合った結果明日の夜、七時に学院の裏にある森で互いに落ち合うことにした。

 ◆◆◆

 そういう事があったから明日は出かけると、部屋に戻ってジャンに報告したのだが――……。

「……バカなんじゃねぇか、あんたら。いや……知ってたけどやっぱり、びっくりするくらいバカなんだな」

 やはり、というか思った通りの暴言と呆れ、侮蔑、そして若干の怒りを込めたお言葉をいただいた。


「……そうバカバカと連呼しないでくださる? 失敗は致しませんわ」


「はっ。バカは考えねぇからいいよな。ろくすっぽ実戦経験のねぇヒヨッコ二人で屋敷に忍び込んで何するってんだ。屋敷の見取り図もない、人員配置も交替の時間も確認しない、万が一見つかった場合、そいつを昏倒させるか殺すかも考えず、ただ自分たちが逃げようとするだけ。そんな優しい賊が来るとか、愉快すぎるだろ」


 言われてみればまあ……そこはいちいちその通りなのだが、全て言い切られてしまうと立つ瀬もないというものだ。元々ないけどね。


「……いいんじゃないかな。リリーティアも、考えがあってアリアンヌと一緒に組もうというんだ。過保護すぎては窮屈だろうし、伸びるものも伸びやしないよ」


 蛇に睨まれたカエルのようになっているわたくしに、そう言って擁護してくださったのがヘリオス王子だ。


「リリーティアとアリアンヌがその潜入を成功させれば、魔族が関わっているのかどうか情報が手に入るし、彼女たちの自信に繋がるのさ……やりたいといっているなら、ここは信じて待とうじゃないか」


 彼は慈愛に満ちた優しい眼差しでわたくしを見つめながら、傍らに膝を立てて座り、大丈夫だよと言いながらわたくしの頬を、ほんのりつめたい指先で撫でてくる。


 断りもなく女の子の身体に触れるのは止めていただきたいところなのだけど、持つべきものは理解者……! と感動したから、今日のところは身体に触れたことを不問にしておきますわね!


 あなたも誰かを助け、力づけようというあたたかい心が芽生えつつあるのね。魔王様やレトに復讐心を抱いていた頃と比べものにならないくらい、素晴らしい成長だわ。

「まあ失敗してしまっても、悔しさとか後悔とかに押しつぶされて、力不足だったと涙を流すリリーティアも見たいから……危ないときにはレトゥハルトが助けるだろうから、実は結果なんてボクはどっちでもいいんだ。むしろ後者だったら嬉しいな」


 うっとりした顔でそう言われ、わたくしの感動は、さーっと音を立てながら急速に冷めていく……。

「まあ、リリーが本気で危ないときには伝わるからいいけど、問題なのは、俺たちが姿を変えてリリーの側にいられないことだよ。アリアンヌはどんぶりのことも、猫かどうか訝しんでいるだろう? 彼女が俺たちの本来の姿を見破ってしまうことになりそうだから、一緒に行動できない」


 だから、事実上支援できないと思って欲しい。それでもやるというなら、アリアンヌとリリーを信じて待つしかない。と、レトから真面目な顔で言われた。


「相手の屋敷はどんな人間がいるか、どんな侵入者感知の仕組みが組まれているか分からない。あと、うっかり錬金術のアイテムなんて使用しちゃダメだ。使った形跡が見つかれば、疑われるのは……誰なのか、わかるよね?」

「ええ……心しておきます」


 と、何度か彼らに大丈夫だと頷きを返したのだが……。


 必要そうな道具をポーチにしまう段階から、あれも持っていけ、こんなもん要らねぇというジャンの厳しいチェックが入り、結局支度をしたのはジャンみたいなものであった。




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こめんと

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