【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/163話】


 エリクが言っていたとおり、現在の魔王城には元神官が半数ほど(どうやら王城での警備・連絡係・グレイさんの弟子として役割を与えられているらしい)がここで勤務していて、今日はたまたま修復・複製した資料をゲートで持ってきたイルジナさんに出会った。


「ああ……【魔導の娘】か……」


 わたくしの顔を見ると、露骨に嫌そうな顔をした――が、一応【魔導の娘】としての力はどんぶりを開放するときに発揮しているので、もう下等生物と言われなくて済みそうである。


「そうだわ、大神官様にお伺いしようと思っておりましたが、イルジナさんに聞いてしまいましょう」


 彼女も闇の神官……全員がその肩書きなのかは分からないが、確か初めて出会っていたとき、そう名乗っていた気がする。


「大神官様はお忙しい。言伝なら聞いてやっても良いが」

「ああ、それには及びませんの。魔界の文字や読み方について、神官様のお知恵を拝借できればと思いまして」


 すると、イルジナさんは不思議そうに小首を傾げ、文字、と呟いた。


「それは、いいが……どのようなものだ?」

「正確ではないかもしれませんが、ええと……覚えている限りですと、このような……」


 クリフ王子が差し出してくれた魔石の文字を思い浮かべながら、メモ紙に書き出して手渡した。


「……ふむ? ア……ツ……いや、ハーツか。この文字は恐らくこう……ああ、意味が繋がる。間違いなく魔界で使っている文字だ」


 イルジナさんはメモを上下反転させてみたり、裏から透かして見ながらブツブツと呟いた後、わたくしの書いた文字を微修正しながら解説を加えた。


「この四文字だけだな?」

「ええ。小さな欠片でしたので、そこに刻まれていたのは四文字以外なかったと思いますわ……」


 するとイルジナさんははっきり頷きながら、それ以外は必要ないからだろう、と返す。おお、どうやら彼女の魔法知識はそれなりにあるようだ。


「……この四つの文字は『ベ』『ア』『ロス』『ハーツ』という。これら一文字ずつでもそれなりに意味はあるが、魔術言語的なものにこじつけるなら『欲の解放』という意味になるな」


 一文字でも意味をなすなんて、いわゆるルーン文字のようなものなのかしら……。しかし、予備知識を何一つ入れていないイルジナさんの口から、クリフ王子が唱えていたのとほぼ同じ呪文が飛び出すとは思わなかった。


「では『ベ・ア・ロウ・ハース』……という響きについては?」

「知らん。知らないというよりも、こちらではそう発音しない……というほうが正しいだろうな。だが、それでも文字の力が発揮できているのだとすれば、下等生物(にんげん)の発音が悪いだけだろう」


 それがどうかしたのか、というので……魔石のようなものに文字が書かれていて、手のひらに置いてその呪文を唱えると、石から白い靄が出たのだ……ということを教える。


「……それは、机の上に置いたままでは発動しないようでした。ですので、何か条件があるのではないかと考えまして……」


 わたくしが手のひらにペンを置きながら、状況を交えてイルジナさんに話すと、彼女は自身の両手を組んで、それはそうだろうな、と頷く。


「当然だ。普通の机に欲はない。欲を持つのは意思を持つ『何か』だ」



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こめんと

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