【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/161話】


 魔界の大気は、よく荒れる。


 わたくしが滞在しているときにはほとんど荒れたりしないのだが、数日帰らないと……強風が吹き荒れることもあれば、大きな魔力溜まりが出来てしまって、それを独り占めしようとする魔物たちの争いが始まってしまうこともあるのだとか。


 そういう場合は、比較的気性の穏やかな白い竜、ライトドラゴンにお願いして魔力溜まりを吸い取ってもらっているらしい。


 しかし……今回は純粋に天候が荒れていた。

「あらまあ、わたくし魔界が曇り空になっているのを初めて見ましたわ」


 魔界は地下世界なので、本来太陽というものがない。


 だから錬金術と魔術の組み合わせで作った、いわゆる人工的な太陽をいくつも空にあげているのだが、いつもさんさんと陽光を送っているはずのものが、魔力の層である大気に阻まれて隠れてしまっているのだ。


 魔王城の前でさえこうなっているのだから、ここから距離のあるところではもっと天候が荒れて、小さい生き物たちが飛ばされて気候変化で弱っているというのも納得できた。


 魔界の地表は薄暗く、風に煽られて葉が触れあって奏でる乾いた音は、なんだか生き物が怯えている声のようにも聞こえる。


「父上が言うには、この一年でリリーの力も強まってきているから、いるときといないときに差が出てしまうそうだよ」


 レトが空を見上げながらそう教えてくれたけど、自分ではさほど能力が上がったようには感じない。


 調合や新しい弓スキルなど出来ることは増えているから……それがわたくしの成長と捉えても良いだろうが、パラメーター的な『強さ』になっているのだろうか。


「取り急ぎ、わたくしの魔力を大気に流します……精霊さん、遠くに飛ばすために力を貸してくださるかしら」


 そう尋ねると、わたくしの守護精霊さんだけではなく、周りにいた様々な属性の精霊さん、妖精さんがふわふわとやってきて、手伝いを申し出てくれる。


 わたくしが滞在するだけで気候も次第に落ち着くものだというが、一刻も早く安定させたい場合には、彼らの力を頼ったほうが早い。


 目を閉じ、魔力の粒子のようなものを風に乗せていくイメージを浮かべながら解放していく。自分の身体から、光の粒子のように溢れていく魔力を風がさらい、精霊たちが遠くへ運ぶ。

 それを十五分くらい行っていると、レトがもう大丈夫、と言うのでゆっくりと魔力の放出を止めた。


「まだ曇っているけど、さっきよりも大気の層は取れたよ。ありがとう」

「いいえ、わたくしがしばらく戻れなかったから起きたことですもの」

「毎日戻ってきてくれたらそれでいいんだ……まあ、昨日はちょっと、俺の都合で無理だったかもしれないけど……」


 言葉を濁しながらも、レトはわたくしに魔界へ戻る頻度のことを指摘するが……そうね。もしも今後、自分が強くなってきたと実感できるほどになれば、大気の荒れはこの程度では済まないかもしれない。


「…………善処致します。今回のことが片付けば落ち着けると思いますので……」


 舞踏会の練習をしなくなったからといって、魔界に戻ってゆっくりできるわけでもない。フィッツロイ家の事を探りながらだから、頑張っても一日おき……くらいだろう。


 レトも魔王様もまだ許してくれているが、わたくしはそろそろ魔界での活動に本腰を入れて取り組むべきということも……分かっている。


「……リリー、もう城に入ろう。一休みしてから神殿に連れて行くよ」


 レトがわたくしの肩を抱いて、城へと向かっていくが……。


「……あの、さ」

「はい?」


「俺、絶対……今よりも強くなるし、将来立派な魔王になるために努力するよ」

「ええ。期待しておりますわ」


 立派な魔王って何だろう。少なくとも、レトは侵略を考えていないし、日がな一日寝て過ごす気配は今後もなさそうだ。民を愛し、努力する良い王様になれると思う。


「リリーのことも、本当に好きなんだ」

「そ、れは……はい……わたくしも……です……」


 レトの耳が赤い。照れているのだと思うと可愛いけど、それにしては鬼気迫るものすら感じる。


「凄く好き……で……その、あ、あっ……」

「?」


 どうしたんだろう。


「あ……」

「レ、レト?」


 何かを言いたい雰囲気はある。言葉が喉で詰まって出てこないって感じかしら。

 急に『あ』しか言葉を発さなくなってしまった。


「あ……あ、あ……っ~……だめだ……」


 急に自分の顔を両手で覆って、かぶりを振っている。ちょっと怖い。


 内心引きながら挙動不審になったレトを眺めていたが、しばらく彼は顔を覆ったまま固まっていて、やがて長いため息と共にその手は外され、顔色も落ち着いていた。


「……好き……だよ」

「あ……ありがとう存じます……」


 好きだと言ってくれた割には落胆したように肩を落とし、トボトボと先を歩き始めたレトの背中を見つめながら、いったい何が言いたかったんだろうと考えてみたが、いまいち思い浮かばなかった。




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こめんと

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