公爵と王妃様は気心知れた兄妹だから、仲もさほど悪くない……とも考えられるが、そうまであからさまだと、宰相様も何か気づきそうなものだけど……。
「そういえば……王妃殿下、学院のことにもお詳しいのでしょう?」
「それは、ラルフ……フィッツロイ家の息子も学院に通っているからな。僕よりもあちらから聞く事が多いくらいだ。しょっちゅう『ラルフから聞いた』と言っている」
「――えっ? 公爵のご子息も……学院に?」
そう呟くと――お前マジ何も知らないのな、みたいに侮蔑を込めた顔でこっちを見てくる。くっ、クリフ王子のくせに生意気だわ……。
「伯父上……ヴィーレンス・カジェラ・フィッツロイ公爵の次男、ラルフ・カベアル・フィッツロイ。同じ学院に通っているのに、どうして気がつかないんだ? クラスが離れているにしても、せめて貴族の名前くらい覚えろとマクシミリアンに言われていないか?」
「……この間言われたばかりです。ですが、あまり興味を持てなくて」
「持つ・持たないの話ではない! はぁ……。よくそんなことで、僕の婚約者を名乗っていられるものだ……確かに母上がお怒りになるのも分かる気がしてきた」
恥ずかしいなんて言いながら、がっくりとうなだれたクリフ王子の事を気にすることもなく、わたくしはそこで『なるほど』と頷いていた。
一週間前からクリフ王子の記憶が曖昧だとしても、それ以前から王妃様は、わたくしに対して良くない印象を抱いている……ようだ。
マクシミリアンが王妃様のわたくしへの印象を言っていたときは……二週間程前のことだし、アリアンヌが定期的に王城へ招かれているのも知っている。
もしかすると、そこでフィッツロイ家と顔合わせをしている可能性も……?
「――……ちなみに、ラルフ様とクリフ王子は仲がおよろしいの?」
「良いというほどではないけれど、悪くもない。会えば話をするくらいはよくある。といっても、彼は寮から通ってもおらず、学科もラルフと僕は違う。ほぼ接点もないのだから、面白い話題なんて――……いや、そういえば。半月ほど前、不思議な鉱石を会食中に見せてくれたな」
会食も終わりかけた頃、最近新しいマジックアイテムを研究しているといって、オレンジ色の石を取り出したそうだ。
水晶のように透明でありながら、ラルフが魔力を込めると、オレンジ色に発光して、とてもあたたかいエネルギーを感じたらしい。
「一部の鉱石が持つ、癒やしの効果を発揮させる魔法らしい。そういえば欠片もくれたぞ」
「はあ」
わたくしが不思議そうにしていると、興味を持っていると勘違いしたらしい。
待っていろ、とクリフ王子は立ち上がって、寝室に入っていった。
癒やされるような、ねぇ……。
そもそも『鉱石の持つ癒やしの力を解放』って、なんなのかしら。
マイナスイオン的な何かを放出でもしているの?
その『癒やし』は精神面のほうよね? 精神を癒やすのに魔力を消費するなら、もったいない気がするわ。
ちょっと暗くした部屋で、アロマを焚くとか岩塩ランプでも眺めていれば、リラックスできてよろしいのではなくて? もっと直接的にビシビシ効く実感があるとすると、それ危ないんじゃない?
「――あったぞ」
わたくしがクリフ王子の存在を忘れて考えに没頭しはじめたとき、寝室からクリフ王子が戻ってきた。
これだ、と言いながら、手のひらに載せた三センチくらいの石を差し出す。
わざわざわたくしに見せるために持ってきてくださったようだ。
ふむ、確かに……おなじみの水晶のような……いや、透明な魔石にも見える。
石の表面に記号のような、文字のようなものが彫られているものだが……これ、魔法文字ではないっぽい。でも、どこかで見たわ……。
これが凄い力を持つ水晶だとすれば、わたくしにも石が持つパワーを感じそうなものだけど……。それはない。
では魔石だとして、だ。
わたくしが知っている限りだと、色のない魔石は魔力が抜けきっているはずだ。癒やしどころか、使い道など錬金術以外にほぼない。
わたくしの中では後者の可能性が限りなく有力だ。
「わたくしには魔石に見えますけれど……これが、光るのでしょうか?」
「そうだ。何より凄いのが、僕は魔術を学んでいないため魔法の類いは使えないが、魔法が使えない者でも発動させることが可能なのだ。それも嬉しくて、毎日使っている」
確かに魔法文字が刻印されていれば、それだけでも多少の効果は見込めるのだが……魔術師の作ったアイテムとなると、錬金術とは違って、あらかじめ魔力を込めておくなどが必要になるはずだわ。そして、何度も使っているうちに脆くなって破損しやすくなる。
「『ベ・ア・ロウ・ハース』と唱えると……ほら、石が光り始める……」
クリフ王子はそう呪文を唱えて石がオレンジ色に発光するところを見せてくれた。確かに発光していたが、見ているわたくしには効果が何も感じられない。
「本当に……心地よいのですか?」
「ああ。これを使ってから些細なことで悩まなくなったというか、いろいろなことが上手く回っているような気がする。効果も実感できるため、今では寝る前に使うのが日課だ」
うわ、霊感商法のアイテムみたいなこと言ってる。
まあ……本人がそれでリラックスできるっていうなら、わたくしがブツブツ言うのもおかしいんじゃないかと思うけど――……。
「……んっ?」
自分の気のせいだろうかと思ったが、クリフ王子の手のひらにある小さな石は、もわもわと白い煙を立ち上らせていた。瞬きを数度繰り返し、もう一度石を見ても……やっぱり出ている。
「ちょっ……、クリフ王子、その石、変な煙出てますわよ!?」
「……煙?」
きょとんとした顔で石を見るクリフ王子。
そうして数秒石を見つめていたが、なにもないじゃないか、と若干イラつきながらわたくしに言ってきた。
「す、凄く出てますわよ!! ほら、先端からシューッて!」
「頭だけではなく、目も悪くなったんじゃないのか?! 何も出ていない! よく見ろ!」
ズイッとわたくしの前に差し出される石。
その石から出た謎の煙は、わたくしのほうにも流れ、鼻腔に入ってくる……。
「うっ……?」
吸い込んだ瞬間、軽い目眩と浮遊感を覚えた。
高揚しているときのように、精神と身体が包まれるかのようにふわっとした……確かに、なんかいろいろなことを考えられな――……くなりそうだったので、煙を手で仰いで散らしながら、クリフ王子の手のひらから石をつまんで、テーブルの上に置く。
途端に石の輝きは弱まり、煙も光も消えていった。
「あっ! 勝手に何をする!」
「わたくしには合わないようですので。クリフ王子も、そのようなものに頼らずとも、普段自信しかないじゃありませんか。必要ございません」
「リリーティア、もしや僕を褒めている……のか? そうか、僕は普段から自信に満ちあふれていたのか……フン、いわれてみれば王太子たる僕が自信を無くすなんて事がそもそも無駄だな。自信に満ちあふれている姿は当然といえば当然か……!」
……見て分かるとおり、ちょっと褒めればストレスぶっ飛んでいくタイプでしょ。
アリアンヌは、クリフ王子のこういうところが可愛いと思っているのかもしれないが、割と頻繁にあるとウザったそうだ。同情するわ。
「ねえクリフ王子……さっきの呪文、石を置いたままもう一度唱えてくださる?」
「石は手のひらに載せろとラルフが……」
「このままで、どうか」
変なことをいう奴だとぼやきながらも、言われるがままにクリフ王子は再び魔法なのかおまじないなのか、よく分からないものを唱えた――……が、今度は作動しない。
「ほら見ろ。何も光らない」
「魔術道具なのに……なぜ、でしょう?」
「だから、手のひら、とか……何か、人に反応するんだろう」
センサーかよ。
「癒やしのみの効果なら、机の上に置いても変わらないではありませんか。手のひらに置くというのなら、おまじないを唱える必要もない。どうして、手のひらに載せておまじないを唱えなくてはなりませんの?」
「うるさい! 作ったわけじゃない僕が、そんなこと聞かれても知るか! 実際に効果が出るんだ!」
もー。すぐ怒る。いやだわ、ヒステリーって……。
「癒やしの魔法、ねえ……他にどなたがこれを持っていらっしゃるの?」
「フォールズ王家と、フィッツロイ家の会食中にラルフから配られた。全員持っているはずだ。やらないからな」
「要りませんわ」
――……これ、とてつもなくあやしいもの。
「まったく、話はもうこれで終わりか? 疲れた」
「まだです。むしろ本題はここから、なのですが……」
まだあるのか、と辟易するクリフ王子に向けて、ふふっとほくそ笑んだ。
「――クリフ王子。ここ数日の騒ぎで、わたくし……いえ、ローレンシュタイン伯爵家のメンツを潰して申し訳ないとお感じでしたら、ちょ~っとだけ、お願いがございますのよ」
そう笑顔で告げればはっきりと、クリフ王子の表情が引きつった。
「あら、取って食べたりなんて致しません。わたくしに協力してくださればよろしいのです。そうすればきっと……万事丸く収まるわ」
そう、少なくとも……水鏡で見た惨事にはならない。
一応嫌々ながらも『聞こう』と言ってくれたクリフ王子へ感謝しながら、わたくしは彼にとてつもなく内密の話として――……持ちかけたのだった。