午前中は好奇の視線に晒されてうんざりしていたところだったが、昼食の時間になるとすぐ、わたくしたちは中庭で食事をしようと連れだって行動する。
「……妙に今日は視線を感じるな」
そう言いながらも、注目されることが大好きなクリフ王子は、周囲の人物に王族スマイルを向けてにこやかに応対していた。いい気なものだわ。
中庭に到着すると、適当に食べたいものを注文して、空いている席――というか、だいたい適度に空いている――に座る。
マクシミリアンにお願いして消音結界を張ってもらうと、お昼休みだけでは時間がないので、既に決まりきったところだけをクリフ王子に話した。
「――僕が、アリアンヌを……? いつ、そんなことに……リリーティア、また僕をからかおうと嘘をついているんじゃないのか!?」
「嘘をつくなら、もっと面白い嘘をつきますわ。実際、アリアンヌさんにそう持ちかけたそうですし、学院でもわたくしが婚約者に見向きもされず、義妹が選ばれたということは……なんていう下世話な話題が浸透しきっています」
目を白黒させるクリフ王子に淡々と述べたが、マクシミリアンも大人しく頷くので、クリフ王子もこれは本当のことらしいと気づいたようだ。
「……そんな、ことが……」
「……覚えていらっしゃらない?」
「あ、ああ……。無責任なようで申し訳ないが、何も」
珍しく素直だ。クリフ王子も大変なことになっていることは理解したのだろう。
いつから記憶が曖昧なのかと尋ねると、クリフ王子は少々考えてから一週間くらい前から、と答えた。
一週間前といっても、クリフ王子と常に行動を共にしているわけではないから不明瞭だが、まあだいたい……機嫌が良くないかも、と思うことは何度かあった。
機嫌の悪さと記憶の曖昧さが関係しているかなんて不明だし、さっきの白いモヤモヤがいったい何だったのかすらわからない。
ただ、クリフ王子はここのところ少々おかしかった。不埒なことをしようとしたのでビンタしたら治った。わたくしがわかるのはそれだけだ。
「――覚えていらっしゃらなくとも、舞踏会。わたくしは欠席致しますので、アリアンヌさんのエスコートはしっかりお願い致します」
「なっ、そ……! いや、そう、だな……大切な儀式だったのに、台無しにしてすまない……」
ちょっと意地悪く言ったのに、しおらしく謝罪してくれるので、内心少し驚いた。クリフ王子も本当に悪いと思ってくれているということは、まあ……分かるわ。
「うーん……本当はもう少し詳しくお伺いしたいのですが、時間がありませんわねぇ……あ、そうだ。マクシミリアン、今日からの練習はもう不要ということでよろしい?」
「君もようやく向上してきたというのに、今止めてよろしくは、ないと思うが……しばらくは、休むといい」
不承不承許可をもらったので、わたくしはクリフ王子に向き直ると、本日、と切り出した。
「本日、寮にお戻りください。わたくしと二人で、大事なお話を致しましょう」
「…………僕と貴様が、二人でか」
「ええ。そう言っているのですが、違うように聞こえまして?」
「いや……わかった……夜、時間を作っておく……」
おい。そこで急にソワソワしなくていいぞ。アリアンヌが心配そうな顔をしてるじゃないか。
「学院の授業が終わって即帰宅すれば、夕食の時間が始まるまでには終わる話ですので。夜なんて変な言い方をするから、アリアンヌさんがハラハラしているじゃありませんか」
「いや、ち、違うんだアリアンヌ! 変な意味では……!」
うーん……アリアンヌの喜怒哀楽に振り回されるところは変わらないのね。
話も一応済んだし、昼休みももう少しで終わってしまいそうだ。早く教室に戻らないとね。
「――……」
そのとき、わたくしは何か……鋭い視線を感じたような気がして校舎の方を振り返る。
だが、各階の校舎の窓からは――割と結構な数の生徒がこちら側を見ており、その中の誰がわたくしに刺すような視線を向けたのか、判断することは出来ない。
自分たちの教室がある階層から、こちらを覗いている生徒の顔をじっと見る。
一人一人見ていていっても、知らない顔のほうが圧倒的に多い。
が――……わたくしと目が合うと、ヤバイという表情を浮かべて顔を背け、窓辺から急いで離れた男子がいた。
じろじろと無遠慮に見ていたにもかかわらず、見られたら逃げるってどういうことよ。失礼しちゃうわ。
見てごらんなさい、他の人たちなんて、わたくしに見られようが構わずこっちを見下ろしているじゃないの。男子も女子も笑顔を浮かべて、まるでわたくしの不幸をメシウマにしているような――……あ、イヴァン会長までこちらを見ている。
彼はたぶん自分の教室からこちらを見ているのだが、その表情は……まあ穏やかなものだ。
わたくしと視線が合うと、本当に小さく手を振り、口パクで何かを告げていた。
残念ながら、わたくし読唇術を覚えていないので、何を訴えたいかはわからないのだ……。
「……『あまり校内を騒がせないようお願いします』だ、そうだ」
「あなた、なんでもできますわね」
「たたき込まれたからな」
カルカテルラ家って、みんなそんなことが出来たのかしら。剣だけじゃなくてダンスも出来るしマナー知識もある。
そして読唇術も出来ちゃうって、どーいう家なのよ。ここで『暗殺もお手の物』っていわれたってもう驚かないわ。
食事のトレイを片付けながら、わたくしとジャンは肩を並べて歩いているが……くいっと軽くジャンの袖を引き、小声で調べて欲しいことがあると告げた。
「なんだよ?」
「わたくしたちの教室がある階層、奥から二番目の教室に……天然パーマでハニーブロンドの男子がいるはずです。その人を探って欲しいの」
ジャンはちらっと校舎に視線を送る。返事はしないが、恐らく了承の意だろう。
そう思っていると、手のひらを差し出されて『金貨二枚』と告げられる。
「まあっ。ぼったくりも良いところですわね」
「最近ただ働きだったからな。ツケも乗せた分だ」
ちゃんとお小遣いもあげてるのに……。そう言うと、出来高は別という返答。
払うことに渋っているわけじゃないが、わたくしが爪に火を灯すような生活をしている(と思っているらしい)マクシミリアンの前で金貨を出すことは出来ない。
「……ツケでお願いしますわ」
「今後、利子が付くから覚悟しとけよ」