どうやら恋愛ゲームのピュアラバ世界にも、貴族同士のアレコレが実装されているらしい。
同じ地位であろうとも序列があり、同じ公爵家でもアラストル家のほうが歴史は古いそうだ。
当時、下級貴族だったアラストル家が大手柄をあげて……その褒賞として第二王女様の降嫁が決まり、公爵の地位を与えられたのが始まりだそうだ。逆玉の輿ね。
だからといって増長せず、卑屈にもならず、王家に誠心誠意仕えて今の地位があるのだと説明してくれた。マクシミリアンもそういう人生を歩むつもりのようだ。
フィッツロイ家はといえば、もともと王家筋の家らしい。
やりたい放題やって勉強もしない、頭パッパラな王子に当時の王様がブチ切れて王位を奪い、寂れた領地に放り出したとか……。
数世代後に温情 (なのか、取引があったのかは知らないけど)で公爵にまでは戻してやったが、現在のフィッツロイ家はといえば、潤っているという程でもなく、かといって貧しくもなく……まあそれなりにやっているそうだ。
『本気で取り組めば、もっと豊かになって税も取れるのに』というのが、宰相閣下のぼやきらしい。
というか、その王子様が王位を剥奪された&許してもらったのはアラストル公爵家誕生以後ということになるのか。それまで公爵がいなかったっていうのもなんだかすごい。近親婚だったのかもしれないし。
それはいいとして、当代の王妃様。お兄様がフィッツロイ家のご当主ということは、いうまでもないが王家に嫁いだわけである。
元々王族に連なるものだから、血統的にも現在の権力的にもフィッツロイのほうに力がある。
王宮内では宰相閣下が様々な事柄の決定を任されているとしても、王妃殿下とフィッツロイ公爵家が一緒になって意見をされると、全く必要ないことでも無下にできない……から、これは非常に厄介なのだそうだ。
「ましてや、陛下は王妃様に今回のことを一任しておられるそうじゃないか……」
そーなのだ。ここで王様が『いや、ソレおかしいでしょ』って言ってくれたらいいのに……。
弱り切ったマクシミリアンは、わたくしとアリアンヌに『俺の屋敷に来てくれ。父に相談してみよう』と言う。
そこから目鼻の先にあるローレンシュタイン家に赴くには、先触れもないので少々憚られるという理由だそうだが、アリアンヌは『そこまで行くならどっちでもいいんじゃないでしょうか……』と首を傾げている。
わたくしもそちらの意見に賛成なのだが、マクシミリアンにとっては人の家に行くのだから礼儀も必要だわ。一般人でも人の家に行くときはアレコレ気を遣うのに、貴族ってややこしいから大変よね。
すぐにわたくしとアリアンヌを連れ、マクシミリアンは寮を出ようとするのだが……部屋を出て階段を下っていると、ジャンがわたくしに後方から声をかけ、どこに行くか聞いてきた。
「アラストル家です」
「……勝手に行くな。外でちょっと待ってろ」
そう言い捨てて、ジャンの姿はすぐに見えなくなった。
多分部屋に戻って剣とか携えてから、戻ってくるのだろう。
その予測は違わず、わたくしたちが寮の外に出てすぐに、追いついてジャンも合流する。
もう夕方の六時を過ぎた。
これから出かけるのには少々遅い時間だし、寮の管理者にも外出を口頭でしか告げていないので、後で許可証を書かされることだろう。
◆◆◆
アラストル家に到着すると、わたくしとアリアンヌ、ジャンは執事さんに応接室に通され、しばし待つように告げられる。
「……私、アラストル公爵家に来たのは初めてです……」
ふかふかのソファに浅く腰掛けたまま、あちらこちらを珍しげに眺めては、はーっとため息をつくアリアンヌ。
「わたくし、ここのところ毎日のようにお邪魔しているので慣れましたわ」
「お姉様はそうかもしれませんけど……」
宰相様もいらっしゃるんですよね、と小さく呟いてアリアンヌは出していただいたお茶のカップを手に取った。
そうなのよ。いらっしゃるのよね……。
何を言われるか、と考えたけれど……別にわたくしが何かやらかしたわけじゃない。素直に行かなくても構わないことや、お父様にも相談してみるつもりだと言うべきだろう。
「――……ねえ、アリアンヌさん」
「はい?」
「……明日、お父様にわたくし……今回のことご相談してみようかと、思いますの」
お父様にという言葉を聞いて、アリアンヌは驚いて瞳を大きく見開いた。
わたくしがあの家に近付きたがらないことを知っているし、両親との関係も冷めきっていることだって分かっているからだ。
「…………そうですよね……お姉様も相談しないと、いけなくなっちゃいますよね……」
「当然ながら、そのままというわけには……あ、ジャン。あなたには後で」
「必要ない。だいたい分かった」
と言いながら、アリアンヌの持っている招待状を指し示す。
「揉めてんのはエスコートにそっちを選んだからだろ」
「……まあ、そういうことになりますわね」
「ジャンさん、たまに思うんですけど職業間違えてませんか?」
「仮に間違えてたとしても、貴族の使いになるってところに落ち着くなら、おおよそ変わってねぇよ」
リリーティアという伯爵令嬢のお守りをしているから、という意味なのだろう。
ふぅん、と、分かったような分からないような曖昧な返事をし……アリアンヌがわたくしを見つめ、ニコッと微笑む。
「私も、明日お姉様とご一緒します! そういえば私もこうなったって、ご報告しなくちゃいけませんし。先触れの手紙も出さないといけませんかねえ……この間会ったばかりなのにお元気ですか、って書くのも変ですよね」
なんて書こうかな~と、子供みたいに振る舞うアリアンヌ。
お父様と会う事に抵抗があるわたくしを元気づけようとしているらしい。
「先にメモで文章を作っておきましょうか」
「あ、賛成です!」
そうして二人でお父様への手紙を書こうと文章を考えているところで……扉が開いた。
「ようこそ、リリーティア。アリアンヌ嬢も。姉妹仲良くご一緒で、いやいや……二人並ぶと大層美しいことだ」
姿を見せたのは当然ながらカルヴィン様だ。その後にディートリンデ様、マクシミリアンが続く。
わたくしたちが礼の姿勢を取ると、どうぞ楽になさいと言ってくれた。
そして、わたくしたちのメモに視線を落とす。
「――おや、ラッセルに手紙を?」
「はい。明日、屋敷に行きますという先触れを二人で考えていて……」
「なるほど、それなら必要ない」
優しい表情でカルヴィン様は仰って……既にラッセルは来ているからね、とも言った。