【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/151話】


「アリアンヌ……!」

 何度も呼びかけて、扉をノックし続けるクリフ王子。


 うるせーぞ、と注意する人もない。


 なぜなら、この階層の住人は(教会のお仕事中であろうセレスくんを除き)みんなここに居るからである。


 現代日本(もとのせかい)だったら、これインターホン鬼連打しそうよね。怖いわ。

 彼の中ではアリアンヌが扉を開けて、にっこりと応対してくれることを望んでいるのであろうが――こちらは全員慌てふためいているのである。

 顔をつきあわせ、どうしよう、と小声で相談し始めた。

「とりあえず姿を隠してください! キッチン側の部屋、衣装部屋なので……!」


 アリアンヌが指し示したのは、キッチンの向かい側。わたくしの部屋で説明するとレトの部屋に相当する位置。


 わたくしは頷き、そっとカップを持ってキッチンのところに置くと、そんなのいいですから、とアリアンヌがわたくしとマクシミリアンを強引に衣装部屋へ押し込み、乱暴に扉を閉めた。

『アリアンヌ! 開けてくれないか! いるんだろう!?』

『はっ……はぁ~い……! 今、開けますねっ……』


 クリフ王子のクソデカボイスは廊下側と衣装部屋の扉、二枚越しでもデカいわ。


 多分……居間はともかく、ここまでは普通、扉が少しでも開いていないと聞こえないわよね。もしかすると、わたくしの部屋にも丸聞こえではなくて?


 自室でくつろいでいるか、レト達にわたくしのことを報告しているであろうジャンはさぞ迷惑していることだろう。苛立ったレトの顔も目に見えるようだ……。


 わたくしとマクシミリアンは、僅かな光がドアの隙間から差し込む程度の薄暗い空間で、扉に耳を押し当てるようにして息を潜める。


 密室に男女が二人きりであろうと、わたくしと彼の間に色っぽい雰囲気など全くない。暗闇で息を潜めるこの有様は、さしずめコソ泥か追われているスパイといったところだ。


 わたくしたちの姿が見えないことをきちんと確認したのか、返事からややあって、アリアンヌが施錠を解除する音が聞こえた。


『いきなりすまないな、アリアンヌ……』

『い、いえっ……! 驚きましたけど……お会いできて嬉しいです』

 クリフ王子の声は穏やかなのに、アリアンヌの声がうわずっている。


 ほんとだよ、急に来るなよ……なんて、心優しいアリアンヌはそんなこと言わない。ましてやクリフ王子は彼女の想い人だ。嬉しいという気持ちも本当だろう。

『会えて良かった。二人きりで話がしたい……入っても良いだろうか?』


 急にやってきて、強引なクリフ王子。厚かましいにも程がないだろうか。


「だめに決まってんでしょうが……! 居留守出来ないような状態に持っていって、押しかけるなんていやらしいわね……わたくしが自室にいたとしたら、この声量だから絶対聞こえますわよ。説明もないのはどういうつもりって、わたくしが怒って出てきたらどうするつもりだったのかしら! いつもいつも、あの人問題しか起こさないわ!」

「ばかっ、静かにしろ……!」


 わたくしが小声で毒づくと、マクシミリアンも小声で慌てて注意してくる。


 どーせクリフ王子はアリアンヌに見とれているから、こんな小声を拾う耳と注意力なんてお持ちではないとは思うのだが、わたくしたちが潜んでいることを気取られてはいけないのは確かだ。


 どうぞ、とアリアンヌが部屋に入れてくれたのだろう。扉がパタンと閉まる音や二人の足音がして……クリフ王子の疑問符に満ちた『んっ?』という声も聞こえる。


『椅子が……暖かい。誰か来ていたのかな?』


『うぇひっ!? あ、は……はい! さっきまで、お友達、が……!』

『そうか……アリアンヌと朗らかに、話ができていた友人達が羨ましいよ』

「全く朗らかではなかったのだが……さっきまでエスコートの件で揉めていたんだぞ……普通に考えて、あれから二時間も空かぬ間に部外者の友人を呼び、茶なんか飲んで談笑出来る余裕があるものか……! できるとすれば、どういう神経の持ち主だ……!」

「……落ち着いてくださいな、マクシミリアン……お気持ちは大変よく分かりますけれど……」


 さっきわたくしの事を注意していたというのに、今度は彼が怒り始めている。


 まあ、そうよね……マクシミリアン的に、今回は上手くまとまりそうだな~と思っていたら、こじれまくって計画も台無し、婚約者への説明もなく……トドメにお忍び訪問なのだ。関係者なら誰だってモヤモヤする。


……とにかく、何も知らないのは問題を引き起こした張本人、クリフ王子だけだ。


『エスコートの件、返事をもらいたい……というのは、急すぎかい?』

『……クリフォードさま。お気持ちは嬉しいですが、それは……』


 出来ません、というアリアンヌの声にかぶせるように、なぜだ! と発されるクソデカボイス。椅子が鳴った音も聞こえたが、はたしてどちらのものか。


『僕は、アリアンヌを……心の底から大事な女性だと思っている。顔だけが良いリリーティアなんかより、君の全てが……僕にとって必要な女性だ』


 わたくし、顔以外さりげなくディスられている。アリアンヌは義理の妹なんだけど……告白するのに、姉の悪口は要るところか?


『そう……リリーティア、もしくはアラストル家が何かを言ってきたとしても、母上からの許可はある……いや、あの家が味方なんだ。心配要らないよ』


「――……殿下……」


 わたくしの隣で、愕然としたようなマクシミリアンの声が聞こえる。

 どうやら、きちんとしたお貴族様である彼には『あの家』たるものが何か分かるらしい。


『王妃様が……でも、クリフォードさま。王様……陛下は、なんて……?』

『父上は、そういったことには口を挟まないよ。全て母上にお任せしてある。だから、母上の命令は父上の命令だと思ってもらって構わないさ』


 静まりかえる室内。わたくしとマクシミリアンも固唾を呑んで、耳に全神経を集中する。

『……アリアンヌ。僕は君が……好きだ』

『――……!』

 突然の告白。


 アリアンヌもびっくりしただろうけど、マクシミリアンなんてものすごく驚いている。

 特別クリフ王子に何の感情もないわたくしだけは、おっと、これは予想外の展開だなあ、とは思う。


 だって、まだ一年目よ。


 卒業まであと二年あるのに、そういうのは卒業するときに告白されるものじゃないの? 少なくとも無印版はそうだったわ。乙女ゲーとして大丈夫なのかこれ。


 あるいは、わたくしが三年だと思っていたけど実は一年でクリアとか?

 それか、わたくしとクリフ王子の好感度がマイナス落ちしすぎていると問答無用でバッドエンドとか?


 前者はわたくしの把握違いではない。きちんと学院生活は三年のカリキュラムである。後者のほうは、これ……早く教えて欲しいヤツじゃない?

 じゃあ対策で頑張って好感度アップさせよう! とはできなそうだ……けどね……。


 なんてことを考えていたら、マクシミリアンが立ち上がった。メガネを中指と薬指で押し上げてから、ドアノブに手をかけようとするので慌てて止める。

「なっ、何なさるつもりですの? 今出て行ってはとんでもないことになりますわ!」

「もう既にとんでもないことになっている! 今出なければ、取り返しの付かないことになるぞ!」


 小声でぼそぼそ話をしているが、マクシミリアンはもうお怒りだぞ、クリフ王子。


 ドアノブに触れさせまいと、手を掴んで必死に止めさせようとしているのに、やっぱり男子の力は強い。いつまでこの抵抗も持つかわからない。


 こちらはこちらで、いろいろ我慢の限界を強いられているのだ。


 アリアンヌ、あなたはなんと答えるの……! もうイエスでもノーでもなんでもいいから早く収めてくれ……。

『――……アリアンヌ……?』


 そのとき、怪訝そうなクリフ王子の声が……発せられた。




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こめんと

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