【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/150話】


 アリアンヌの部屋は、わたくしのお隣さん。


 正直どちらの部屋で話そうとも、距離的に大差ない……が、わたくしの部屋では魔界の王子様達がいる。


 わたくし以外の気配をマクシミリアンやアリアンヌに気取られるかもしれないことや、レト達にも『話が偶然聞こえてしまった』ということがあってはややこしいので、自分の部屋で……と言ってくれたアリアンヌの申し出は、わたくしにとってありがたかった。


 居間に通されると、全員が顔をつきあわせて座るには椅子が足りないので、アリアンヌは寝室からドレッサー用の椅子を運んできて自分用にする。


 当然ながら自分の部屋とは違い、調度品もファンシーで可愛いもの……ピンク色とぬいぐるみが多いな……。


 マクシミリアンなどは、居心地が悪そうに身じろぎしつつ、テーブルの上だけを見つめている。


「うふふ、そんなに緊張してマクシミリアンったら……女の子の部屋に入るのは初めてじゃありませんでしょう?」

「それは、そうだが……家族と君以外の女性の部屋は初めてだよ」


 わたくしたちの会話を聞いていたアリアンヌは、少し驚いたような顔をしたが――ああ、屋敷にいたときか、と納得したらしい。何食わぬ顔で再びお茶を淹れ始めた。

 マクシミリアンとわたくしの前に紅茶の入ったティーカップを置くと、アリアンヌは椅子にストンと座り、言いづらそうにテーブルの上で指を絡ませた。


「……その、お姉様にはどこからお話しすれば良いのか……」

「結論から先で良いのでは」


 どうやらマクシミリアンとアリアンヌは、同じ話題を共有している。

 まー十中八九、アラストル家で言っていたことよね。


 わたくしがマクシミリアンとそれなりに仲が良いから、アリアンヌが心配しているとか……だろう。心配はご無用だというのに。

「その、要するに舞踏会のことだが」


 そらきた。


 すっかり心の準備が出来ているわたくしは、笑顔を浮かべるくらいの余裕で紅茶を一口いただく。あら、美味しいこと。お茶請けに戦乙女サブレも出した方が良いかしら?


「――……クリフォード殿下が、アリアンヌ嬢をエスコートすると直接言ってきたそうだ」

「えっ……!? あ、熱っ……!」


 びっくりした拍子に、制服の上に少しお茶を零してしまった。


 慌ててアリアンヌが布を差し出してくれたが、それテーブル拭いたやつじゃないかしら……軽く断って、ブレザーのポケットからハンカチを出して、押し当てるようにして拭き取る。


「お話……かなり、びっくり致しましたわ」

「そのようだな。俺もその事件の一部始終を目の前で見ていたから驚いたぞ。アルベルトと一緒に説得を試みたが、殿下も『自分がエスコートしたい女性を誘うのが当たり前だ、リリーティアは関係ないだろう』と聞く耳を持たない」


「お姉様はクリフォードさまの婚約者ですから一番に誘わないなんて、ローレンシュタインとしても大変なことで……私も、本心を言えば選んでいただいて嬉しいですけど、違うって感じたので、お返事できずに帰ってきたんです」


 お父様と出るつもりだったので、とも言うアリアンヌ。なるほど。アリアンヌもちゃんと考えてくれていたらしい。


「……このお部屋に、クリフ王子が来るのも時間の問題ですわね……」

「うう……それは、困りますよ……修羅場です」


 まあ、ここにマクシミリアンがいるから『絶対リリーティアを連れて行くのです』とかうるさく言って、クリフ王子がブチ切れて口論に発展するだろうな。と考え、げんなりするアリアンヌに同意するように頷いた。


「わたくしはクリフ王子がエスコートではなくとも別に良いのですけれど、マクシミリアンにも耳にタコができるくらいには言われているのでしょう?」

「五回くらいしかしていないぞ」


 五回も言ってくれたのね。うーん、そうなるとクリフ王子のあまのじゃくが発動しているとか……?


「陛下と王妃様のお耳にも入るでしょう。そうなると、困るのもクリフ王子では……?」

「…………そうじゃないから、困った事態だと言っている」


 マクシミリアンは渋面を作り、王妃殿下が、と口にする。


「王妃殿下が……それも許可すると仰ったそうだ」

「……まあ……」


 それ以上言葉が出てこず、わたくしは口元に手を当てて絶句するだけだ。

 王妃様の指示だとすれば、わたくしどれだけ嫌われていることやら。


「……もし、王妃様のご指示……もとい、計画の一部であれば、わたくしに舞踏会の招待状をわざわざ送る必要があったのかしら。最初からわたくしに送らなければ、更に恥をかかせることができたのではないかしら……」

「――憶測でものを言うべきではないが、君のデビュタントごと叩こうとお考えかもしれないな」


 いつも『滅多なことを言うな』って止めるマクシミリアンだが、今日はいつもと違って少し怒ってるぞ。


 王家というか王妃様は、わたくしを困らせようというのだろうか。それともこれは試練か何かなのだろうか。


 試練だったとして、景品がクリフ王子じゃない。あんな不良物件要らないわよ。ただの嫌がらせだわ。


「――……あ」


 レイラが言っていたことを思い出した。

「どうしました……?」


 アリアンヌが心配そうにわたくしのことを見つめてくる。


 気遣ってくれているようだが、わたくしはクリフ王子がアリアンヌを選ぼうと、まったくショックを受けていないのが申し訳ないところだ。


「その、学院でお友達が教えてくれたのですが……」

「あの魔奏の女子か」


 バレてた。


 まあ、わたくし友達いないから……。


 後腐れなく、そういう立ち回りをしているのはわたくしだが、友達がいないという事実だけを抽出すると、寂しい子みたいになるわね。


「ま、まあ、そうですけれど……ちょっと気になる話を伺いましたの」


 こそ、と小声になると、マクシミリアンもアリアンヌもほんの僅かに身を乗り出すようにして、顔をこちら側に寄せる。


 他言無用ですよと唇に人差し指を当てると、二人は黙って頷いた。

「学院の一部でも、わたくしが舞踏会に出席するのを存じ上げている方はいるようです。それを知ることが出来たであろう境遇の女生徒が、話していたらしいのですが……」


 うん、と固唾を飲んで見守るアリアンヌ。そんなに真剣に聞かなくても良いのよ。


「……『あの家』はわたくしが嫌いだから、妨害に動くんじゃないか……という話を聞いたそうです。どこの家かは分からないようですが」


 すると、マクシミリアンは再び、苦々しい表情を浮かべ……あの家、と呟く。


「あの家……いや、まさかな……こちらの可能性もある……いや、もしかするとこの家か……?」


「…………そんなに、恨まれるようなことをしてきたのでしょうか」


「先日話しただろう。君は子供の頃、多方面に迷惑をかけたと。メラス家以外の爵位には、君の洗礼があったはずだ……その後、第三者や大人が駆けつけると猫を被って誤魔化すようだが」

――末恐ろしいクソガキがいたものだ。

 マクシミリアンの言う洗礼。

 この場合は聖なる行事のアレコレではなく、わたくしがお見舞(プレゼント)してやる特異な体験の意味である。

 サイコパス令嬢、リリーティアに、階段から落とされる・奴隷商人に売られそうになる・買い物の代金は全て出させる・家のありとあらゆるところが壊されそうになる……という、マクシミリアン(というかアラストル公爵家自体)がその最たる犠牲者であり、わたくしではない本来のリリーティア……がやったツケが、わたくしに全て押しつけられているのだ。


 リリーティアという個体への因果応報といえばそうだが、わたくしには全く記憶と身に覚えのない災難でしかない。


 とにかく、見た目は天使、心は悪魔……という最悪なサイコパス令嬢は『子供がやったことだから』で済まされない恨みを持たれているようだ。


 そこで、王家にたくさんのクレームが行ったのかもしれない。毎日クレーム(と、学院で尾ひれの付いたでっちあげ話)を聞かされていては、陛下はもとより王妃様の好感度もガタ落ちするのは仕方がないというものだ。


「……わたくし、やはり辞退しましょう。それがいいわ」

「いや、そういうわけに……できないことはないだろうが、父上やローレンシュタイン伯にも話を――」


 マクシミリアンがそう続けようとした矢先、扉がどんどん、と大きく叩かれる。


「アリアンヌ。いるのだろう? 少し話がしたい」


 なんと、渦中のクリフ王子が――……アリアンヌの部屋の前にやってきたようだ。




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こめんと

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