舞踏会に向けて、日々練習をしなければいけない……というプレッシャーを感じているものの――ここのところ、魔界のこと・戦乙女のことに関して『知る』という行動は全くはかどっていない。
『舞踏会まであと二十日前後なのに、歴史上の偉人を見物している余裕があるのか』なんてマクシミリアンに呆れられていたが、わたくしには……本来こちらの方が舞踏会よりずっと大事なことである。
わたくしはフォールズ王国の王子であるクリフォードの婚約者という役割を演じながら……本来の使命である【魔導の娘】……魔界を立て直すお役目のために、疑問に思ったことや、散ってしまった魔界の知識・道具や秘宝・魔族達を集めることも重要だと考えている。
イヴァン会長にそれとなく珍しい本をたまに見せてもらっているが、今のところ『当たり』なんてものはないのだった。
稀覯本……奇書でもいいが、あの膨大な書物を有している図書館でさえ、魔界で書かれたようなものがない。まず、魔界文字で書かれたものなんて一つもないのだ。
じゃあ魔界の武器は、そうだと判別できる素材や製法の特徴でもあるのか……と指摘されれば、そんなものがあったらこちらが知りたいし、知っていれば図書館に行ってわざわざ司書に頼んだりしない。
本がないなら『現物』が飾られてあるのでは、と――……戦乙女の資料館や関連施設も足を運んでみたものの、魔界戦利品なんてものはない。
破損した戦乙女の剣や、国から贈られたマント、逸話、肖像画など……そして家系図なんてものもある。
面白いことに、戦乙女はどの家も血筋で繋がっていない。
全て違う家系から出ているし、戦乙女を妻とした貴族もいるが、王家に組み込まれては――……いない。戦乙女大好きな国なのに、珍しいこともあるものだ。
それはやっぱり、身分が関係しているのかしら?
どの戦乙女も、貴族出身者がいないのだ。
ちなみにローレンシュタインに連なるものもいない。今回の戦乙女にあたるアリアンヌが……唯一、養女とはいえ貴族であるといったところだろう。
よかったわね、クリフ王子と結婚できるチャンスは充分あるわよアリアンヌ。
そういえば、ジャンのひいおばあさんは五代目の戦乙女、フェリシアの妹だったらしいが、確かに家系図にはそれっぽい人に『カルカテルラ家と婚姻』という記載がある。
そして、その先は……ない。
これは戦乙女に関する事が重要視されているわけだし、妹は別の家系になるため、その先のことなどは略されているのだろう。
「本当、なのですわね……」
「あのとき、嘘を言う必要はなかったからな」
家系図のパネルを目で追いながら漏らした言葉。
疑ってもいなかったけれど、突き付けられるような事実を目の当たりにして、ジャンは静かにそう答えた。
「……こういった家系図をきちんと見ているわけじゃねぇが、身内だからっていい話が舞い込んでくるとかはなかったはずだ。少なくともおれはあんたが言うまで気がつかなかったぜ。職業柄、親戚づきあいなんてモンもねえ」
今後もない、とジャンは呟いて、再び展示物に視線を投げた。
以前、アルベルトが『カルカテルラ一族は、八年前の戦いで……』とかなんとか言っていたのを思い出す。
その前にも、誰かが『一族は死んだはず』と言っていたのを聞いた気がする。
――つまり、ジャンが親戚づきあいは今後もない、と言っているのは……もともと希薄なのに、そういう理由もあって『ない』と言っているのだろう。
「……あなたには、わたくしたちがいますわよ」
「なんだそりゃ。慰めてるつもりなら十年早いからやめとけ」
安い同情のつもりではないのだが、ジャンにとっては不快でしかないかもしれない。それ以上言葉を重ねることは止め、再びわたくしも展示物を見る。
本来ならば魔王城に収められているであろう秘宝や、ヴィレン家に伝わる品物に関しての書物やヒントを地上で探るという気の遠くなる作業と、知識の収集。
魔王城の宝物庫はからっぽ。
何者かの手によって、貴重なものが地上に持ち出された可能性が極めて高いから探しているのだ。
ちなみに魔界の神殿にはそういった宝物はない。
せいぜいあのどんぶり……水鏡しか宝物と呼べるようなものがなかったのだ。
そう、あの【大いなる神殿】だが……レトが気合いと根性で修繕魔法を覚え、神官達に教えたおかげもあり……神殿は日夜歴史書の修復作業が行われている。
わたくしに魔界の文字を読み書きすることなんて(まだ)できないけれど、舞踏会が終わってから勉強すれば、そのうち読めるようになるだろう。
そうすれば読み解くことや、修繕の手伝いも出来る。
目録も作るし、図書館の書籍みたいに、魔術塗料で読み込めば自動的に元の棚に返却されるようなシステムも錬金術で開発したい。
……それらは残念ながら、目先の舞踏会を終わらせてから……であるけれども。
戦乙女の仲間にも……クロウ、なんて男の名前はない。
あの名前が偽名だとして、まだ当時の仲間が生きている……なんていう仮定も、ちょっと厳しい。
なぜなら、アリアンヌの先代に当たるフェリシアから現在まで数えても、最低で200年だ。当代の魔王様より生きていることになる。
初代からだとすると、最高で750才以上だ。
人間という種族ではない……とかであっても、クロウは見た感じさほど老けていなかった……気がするし、エルフなどの長命種でもない……だろう。
ああ、やっぱりあいつのことがしっかり思い出せない。なんなのよ。
「……そろそろ寮に戻りましょう。せっかくマクシミリアンが気を回して休みにしてくださったのに、図書館のみならずこちらでも収穫無しとは、がっかりして疲れてきましたわ……」
「そうだな。土産物コーナーで戦乙女サブレでも買って帰れば良いんじゃねぇか? あんた甘いもの好きだろ」
「いりませんわよ、そんなよくわからないもの……」
ちなみにお土産コーナーで確認した戦乙女サブレは、苺のクリームをサンドしたサブレらしい……。
『サブレ』ってなんとなく、クッキーみたいなものだと思ってたけど、定義って曖昧ね……。苺にも由来もあるかと思えば、女の子が好きな苺をクリームに練り込みましたって記載あるけど、戦乙女関係ないじゃん……。
まあ美味しそうだから買っておいたが、気がついたらこれもいつの間にかなくなっていることだろう……。
◆◆◆
寮に戻り、わたくしの部屋がある四階へと階段を上っていくと――……アリアンヌとマクシミリアンが、困ったような顔をして立っている。
「あら、お二人とも。そんなお顔をしてどうなさったの……?」
今日は図書館などに行くとも伝えているし、おおよその帰宅時間も告げたはずだ。何かを忘れていたとか、そういうこともないはずだが……。
声をかけると、二人ははっとしたような顔で振り向き、駆け寄ってきた。
「リリーティア……すまない、少し困った事態になった」
「困った、事態……?」
何かしら。マクシミリアンを見つめても、何も言ってはくれない。
「お姉様。ここでは言いづらいことなので、私のお部屋にマクシミリアン様とご一緒に来てください……ジャンさんは、ちょっとごめんなさい」
何か……相談があるのだろう。しかも、貴族的な事情も兼ねた。
そういえば、マクシミリアンがアリアンヌをエスコートに誘おうか考えているようだって話もしていたが、その件だろうか。
正直巻き込まれたくはないのだが、ここで捕まったのなら仕方がない。
ジャンにゆっくり休むように告げて、わたくしはアリアンヌの部屋に向かうことになったのだった。