【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/144話】


 見る、と言っただけでリリーは恐怖に身体を震わせた。


 もう何されるかを察することが出来るようになっている。


「ヒッ……!? アレですの!? アレですのね!? アレはだめですわ、今絶対、だめ……!」


 リリーは必死に抵抗しようとするが、何度かリリーには精神接続を行っているので、だんだんこちらも慣れてきた。


「俺しか見ないから……力を抜いて……そう、良い子だ……」


 リリーの目を見つめながら、自身の精神を集中させる。


「んんっ……、い、やぁ……っ、なんかくる……!」


 リリーはすぐ顔を背けようとするから、軽く拘束の術をかけるんだけど……リリーって、魔導の娘だからか分からないけど魔法、少し効きづらいんだよな。


 それをがっちり拘束していたイヴァンの術は見事だった。


 魔界だったら精霊も出てくれるから、ほぼ状態異常や魔法の攻撃も無効化できるだろうけど。

 中途半端に術が効いて拘束されているリリーは、俺から目を背けることも出来ず、時折苦しそうな声を上げつつも、なすがままといった状態なのだ。


「あ……こわ、い……っ、レトぉ……」

「もうちょっと、静かに……傷つけちゃう。変なものを入れてるわけじゃないから……」

「じゃあ、なんなのです、これぇ……」

「うーん……説明が難しい」

「はうっ……!」

――頼むから、そんな可愛い声出さないで欲しい……集中できないよ。

 少しリリーの中に入り込むだけで、リリーは身体を震わせて悶える。気持ちいいからじゃなくて、不快感に耐えているだけらしいけど……。


 俺の顔や身体まで熱くなってきちゃうし、精神や内側を傷つけると危ないから、極力耳に入れたくないんだけど……こんな声、聴かないともったいない。とてつもなく悩ましい。


 決して肉体的に何かを行っているわけじゃないし、じゃあリリーの精神に何を差し込んでいるのかと言われると、口では説明しづらい。俺たちにとっても感覚的なものだからだ。


 差し込む側の俺にとって、痛みも気持ちよさも何も感じないけど、差し込まれる側にとって、気持ちが良いものなんかではないらしい。


 頭痛や吐き気、目眩や倦怠感……場合によってはトラウマになるという。


 リリーも最初の頃は涙を流して震える恐慌状態に陥っていたが、俺や父上に何度もされているうちに、徐々に耐えられるようになった。


……本当に、リリーの肉体に何かをするとか、いかがわしい行為はしていない。


 リリーが嫌がることはしたくないと言っても、口で説明できないこともきちんと伝わるから便利だと思うんだけど……かくいう俺も、リリー以外にコレをしたことはない。男と見つめ合いたくないし、内部に侵入したくない。


 リリーだからしてしまうというのも、申し訳ないけど……好きな子と繋がるという意味でも嬉しいものだ。なんだったら俺の能力はリリー専用でいい。


 歪んだ価値観とか、理解できないと言われても仕方がない。ヴィレン家にしかない能力なのだから、他に理解しろというのが難しいだろう。させる気もないし。

 そういえば、リリー……何を考えて赤くなっていたんだろうか。


 そう思っていると、伸ばした先にふわっと……リリーの温かい思考が触れる。

 これかな、と触れてみると……リリーの妄想であることが分かった。


『レトとわたくしの子供……絶対可愛い……』

――? 聞き間違いだろうか。子供、って聞こえたような……。


 すると、俺とリリーの腕の中には互いによく似た……子供が抱かれている。


 なにこれ?


 俺たちの子供なの? それをリリーが想像しているのか……?


『子供や子孫にダンスを教えるために、完璧にマスターするわ……! どこに出しても恥ずかしくない、立派な子にする!』


 リリーの妄想の中で、一生懸命何かを教えているリリーと、それを必死に真似する二人の子供……。


 リリーの妄想の中で佇んでいる俺は、穏やかな顔をして家族を見守っている。


 そんな俺に、ちょっと大人になっているリリーと、子供達は嬉しそうに手を振って……う、わ、情報量が凄い……! 精神が、灼かれそうだ……!


 自分の精神が昂ぶってきた。こうなると、集中どころじゃない。


 リリーの中で自分の精神を解放してしまったら、互いが耐えられず狂ってしまうだろう。ずるりとリリーの中から引き出して、術を解除した。


「は……っ……」


 荒い息が口から漏れた。自分の精神を早めに整えようと試みるが、なかなか……うまくいかない。

 それくらい、リリーの妄想の力は俺にとって刺激が強かったのだ……なんと、いうことなのか……。


「ダンスを習うのって……そんなことも、考えて……頑張ってくれてたんだ……」


 とてつもなく嬉しい。今ならちょっとドラゴンに踏まれて圧死しても構わないかもしれない……。


 リリーをそっと解放すると、彼女はもう視線を合わせてくれなかった。


 当然だ。俺だってきっと同じ立場なら、恥ずかしくて相手の顔を見ることなんか出来ないだろう。


 彼女は横を向き、恥ずかしさにその全身は打ち震え、真っ赤な顔にうっすら涙さえ浮かべてこの状況を耐えている。その姿も……とてもいい。


 とてもいいけど、リリーを辱めてしまったことは申し訳ないと思う。大丈夫、ちゃんと責任は取るつもりだから、妄想が早く現実になるよう頑張ろう……うわ、思い出すだけで、すごく……。

「……何が見えたの?」


 遠慮がちにヘリオスが尋ねてくるが、ごめん、今俺も胸がいっぱいで答えることが出来ない……俺も泣いてしまいそうだよ……。


「俺と、リリーに、魔界も、幸せな未来……」

「えぇ……?」


 何も伝わっていないのだけど、と困惑するヘリオス。それはそうだろう。


 無理だ。俺もこれ以上言葉を発することが出来ない。誰にもあの妄想を提供したくない……二人だけの秘密にし……いや、リリー、父上には説明してるんだったか。蚊帳の外でごめんなヘリオス。


 俺はかぶりを振って、ぐにゃぐにゃのリリーを抱きかかえると……彼女の部屋へと連れて行く。


 ちょっと、というヘリオスの焦ったような言葉が背中にかけられたが、今のリリーには休息が必要だ。

 彼女の自室に入り、ベッドにその身を横たえると……リリーはか細い声で『えっち……』と呟いた。


「また、わたくしの中を見て……プライバシーの侵害ですわよ……」

「う、うん。悪いと思ってる……けど、嬉しいのほうが大きいかな……」


 そっとリリーの手を握り、ベッドの傍らに座る。


「……いつも、魔界のために頑張ってくれてありがとう。でも、いろいろやれるようになって……あまり遠くに行かないで。俺が一緒に並べなくなる」


 リリーは【魔導の娘】という存在で、俺たちでは出来ないことを簡単にやってしまう。


 いや、時間をかければ出来ることだって多い。でも、リリーがやれば効果が全然違うんだ。それに、父上が仰るには大気の調整はリリーじゃないと上手くいかないらしい。

 では、リリーが死んでしまったら、魔界はまた元に戻ってしまうのだろうか。

 そう不安を口にすると、父上は『もう魔界は大丈夫だよ。でも、天候や魔素の吹きだまりが出来るから、環境の変化が更に大きくなる。一部は作った場所と違うことになるだろうね』と教えてくれた。


 王族なのに出来ないことを、人間がやってしまう。


 そこについて複雑な気持ちを感じないと言えば嘘になるが、リリーにしかない特別な資質がある、それだけのこと。


 それだけのことが、とても大きなことだっただけ。


 それが、埋められないくらい大きなもので――……俺の思考が沈みかけたとき、レト、という優しいリリーの声がかけられた。


「……わたくしは、レトの背を見て……並ぼうと走ってきたのです。あなたに相応しい女性になりたい。だから、あなたに追いつこうとしているのは、いつだってわたくしのほうです」


 そんなことはない。リリーはずっと、俺の手を引いていたのだから。



「……うん。これからも、一緒に歩こう。それで、お願いがあるんだけど……」

「お願い? まあ、何かしら」


 ぱちぱちと目を瞬かせると、リリーは楽しそうに俺の言葉を待っている。


 わざと耳元に唇を寄せ、リリーの甘い香りを堪能しながら――……。


「リリーが踊れるようになったら、俺にもダンスを教えて……いつか生まれる子供に恥ずかしいところは見せられない」


 とお願いすると、リリーの顔が急激に熱を持っていく。


「…………はい」


 消え入りそうな声でそう言ってくれたリリーの頬におやすみのキスをすると、そっと手を離す。


「今日はゆっくり休んで、魔界には明朝戻ろう。あと、必ずリリーが一日休める日も作るんだよ。倒れたら、みんな心配する」

「ありがとう存じます」


 柔らかい微笑みを浮かべるリリー。とても、愛おしいと思う。


 胸に広がる柔らかくて温かい感情。時折それは切なくなったり、苦しくなったりするけれど……相手の幸せを願ってやまない。


 これが、誰かを愛するということなのだろうか。


 そうであったら、リリーを愛することができて嬉しいと思う。


 こうして微笑んでくれているリリーにも、同じように感じて貰えていたら……俺はもう少し、この狭量な心に余裕を持つことが出来るだろうか……。

「――おやすみ、リリー……」

「入浴もありますのでもう少し起きておりますわ。でも……ええ、おやすみなさいませ、レト」


 俺は頷き、リリーの部屋の扉をそっと閉めた。



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こめんと

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