【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/139話】


「先日は本当に失礼な振る舞いをしてしまいまして……」


「いいえ。ご一緒に学べなくなったのはとても残念ですが、貴女の幸せを壊そうとはもう考えていません。それに、お詫びとして……こうしてお茶に誘ってくださいましたから、言い表せぬほど嬉しいですよ。心臓が痛いくらいに高鳴っているし、気分も舞い上がっています」

 などととても落ち着いた態度で応じてくれているのだが……心臓が痛ぇなら早く病床に戻って看護してもらえ、というジャンの淡々とした言葉には、返事代わりに氷のような冷たい視線を向けていた。


 ジャンも刃みたいな鋭い視線で睨みながら応じているので、わたくしの隣は寒気がするほどに恐ろしい状態になっている。


 彼らが争ったら物理と魔法という互いの防御が薄い部分の戦いなので、正確に一撃で仕留められるか、あるいは相打ちを狙うかという……勝ち負けはなく、死体が二つ転がるだけの戦いになってしまう。


 勘違いしてもらっては困るが、これはわたくしのことで言い争っているのではない。互いが互いを嫌っているから、相手の一言、一挙動がなんであれ腹立たしいだけなのだ。


 ここでイヴァン会長が屈託なく笑ってもジャンはムカつくのだろうし、ジャンがお茶を上品に飲んだとしても、イヴァン会長にとっては似合わないことをするなとイライラするのだろう。多分二人はわかり合えない。


 なぜイヴァン会長を交えてお茶をしているかと言えば――結果的に、図書館業務の仕組みを教える……というイヴァン会長のご厚意を蹴ってしまったので、非礼をこうして(学院のカフェで)お詫びしているのだ。


 だというのに、またジャン絡みで怒らせている……。


 しかし、わたくしがイヴァン会長と二人っきりになるほうが危ない……と判断されることになると思うので、結局誰かに入ってもらうほかにない。


 アリアンヌはイヴァン会長に警戒心しか抱いていないし、クリフ王子やマクシミリアンを連れてきても話が弾まないし、互いに気まずいだろう。セレスくんは教会の仕事があるので今日は学院を休んでいる。


 レイラとライラはイヴァン会長のクラスメイトだけど、それ以外ほとんど接点がない程度に親しくない。


 そう、必然的に相性が最悪のジャンしか残っていないのだ……。

「それで、先日の件は解決できたのでしょうか」

「あー……ええ、まあ……魔法はなんとかなりますわ。返却に関しても……多分なんとかなるはずです。ただ、塗料の濃度で本が傷まないか心配で」


「おや、ご自身で塗料を? 素晴らしい……魔法塗料は乾けば色が薄くなります。もし原液の濃度が高くて書物を傷めそうだ、という心配であれば、水で薄めても大丈夫ですよ。少しずつ伸ばして、試してみてください」


 そう説明するイヴァン会長は、嬉しそうに白い歯を見せて笑う。本当に、本がお好きなのね。


「わたくし、イヴァン会長のご趣味は魔法研究かと思っておりましたが、お仕事柄管理方法にも熟知しておられるし、書籍に触れることがお好きなのですわね……」


 すると、イヴァン会長は悩むような仕草を見せ、うーんと小さく唸りながら頬杖をついた。


「どう……なの、でしょう。魔法への興味は生まれ持った体質が原因なので、そういう道に進まざるを得なかったためで……本を読むのは好きですが、補修や管理か……うーん……考えたこともありませんでしたね……」


 楽しいと感じることもあるので、好きなほうなのでしょうね……という結論に至り、イヴァン会長は姿勢を正すとポケットから時計 (学院で配布されたものではない、ご自身の懐中時計だ)を確認し、そろそろ行きますと立ち上がった。


「大変お名残惜しいですが、この後予定がありますので……」


 また今日も忙しいらしい。身体が弱いのによく働く人だ……などと思っていると、イヴァン会長はクスリと笑って『おや、気になりますか?』と訊いてきた。


「なに自惚れてんだよ。あんたの用事なんか、こっちに少しも関係ねぇ」

「ジャン」


 イヴァン会長のジャンを見る目がまた冷たくなったので、慌ててジャンを諫めると、そーですわねぇ、と一応イヴァン会長のご機嫌を取っておく。


「本日は図書館も休館日ですので、ゆっくりお休みされるかと思ったので~」

「今後、生徒会に役員が就任したとき仕事を割り振れるよう、生徒会の書類(マニュアル)を作成するのですよ」


 おお、そういえば募集するとかいう張り紙とお知らせがあったわ。


「……イヴァン会長は、今後も引き続き生徒会を?」

「ええ。来期のことまでは分かりませんが、引き継ぎの相談は前任者が一番良いでしょう? 生徒会長の立候補もありませんでしたから、空席にするのも責任を感じます」


 学院の勉強だけではなく、依頼や合宿もある上、学院管理や生徒行事進行まで行おうという時間に余裕のある方もおりませんから、分かってはいましたね……と、ある程度見越していたようなことを言う。


 なるほど、初年度は仕方がなかったとして……来期、つまり一年後までイヴァン会長は『生徒会長』の肩書きのままでいられるようだ。というか、今後立候補があるかどうかも分からない言い方だったな……。


 多分これは、三年間イヴァン会長は生徒会長であり続けるのだろう。


「よくできてる……」

「は……?」


 思わず呟いてしまった言葉がよく聞こえなかったのだろう、控えめに聞き返したイヴァン会長に、わたくしは微笑みながら『誰かのために頑張ることが出来るって素晴らしいですわ』と褒め称え――ると、イヴァン会長の白い肌はほんのりと桜色に染まっていき、ありがとうございますと言い残して立ち去っていく。


「……照れるところがあったのかしら」

「誰に言われたかが重要なんじゃねえか? おれに同じ事言われたら、あいつは黙って睨むだろうし」


 あいつの一日はこれでハッピーだ、血を吐くまで生徒会の仕事に精を出すだろうな……という感情の籠もらない褒め言葉もいただいたが、後半はそれ褒めてないよね。


「わたくしのまわりは怖い人、食に困る集団、病弱、胃痛持ちっていう方々しかいないのかしら……」

「――その中の胃痛持ち、水色メガネがこっちに来るぞ」


 ジャンが指摘したとおり、学院に戻っていくイヴァン会長……とすれ違い、会釈した人は確かにマクシミリアンだ。


 わたくしの事を探していたのか、ここにいたのかと声をかけながら近付いてくる。


「毎日のように誰かと茶を飲んでいるな……学院で調合の勉強とやらはしなくて良いのか?」

「お茶は美容と健康と休憩に必須ですもの。あと、今回はお話ししたいこともありましたので。かくいうマクシミリアンは、わたくしとお茶をしに来たわけではございませんでしょう?」


 そう聞いてみると、無論だ、と空いたカップを傍らに退けてわたくしの前に座り、来月なのだが、と決まりが悪そうに話し始める。


「来月の……二日に、王宮で舞踏会が行われる事が決まった。君たちも出席するようにとの仰せだぞ」


 と、白い封筒をわたくしの前に差し出したのだ。




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こめんと

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