寮の部屋に戻ってきたわたくしを迎えてくれたのは、魔界の王子様お二方。
たしか今日は魔界のほうでやらないといけないことがあるから忙しい……と言っていた気がするのだが……。
どうしたんだろう、というような顔をしていたであろうわたくし。ソファに座っていたレトは笑いかけもせず、はぁ、と諦めたようなため息を吐き……立ち上がって、わたくしのことを呼んだ。
「ちょっといいかな」
「なっ……なんでしょう?」
「人には言えない大事な話があって……リリーの部屋に行って話さないか?」
随分思い詰めたような顔をしている……。てっきり怒られるのだと思っていたのだが、それどころではないような雰囲気……もしや、魔界に何かがあったのでは……!
わたくしも表情を引き締めて頷くと、レトを連れて自室 (……言い方が非常に紛らわしいのだが、寮の『部屋』としてあてがわれた『場所』ではわたくしたち数人がそれぞれの個室を持っているので、もはや寮の部屋は家、その中の各個室が『自室』なのである……)に戻ると、レトに椅子を勧め、わたくしは(座るところがないので)ベッドの上に腰掛ける。
「レト、それで……お話というのは」
「ああ、ちょっと待って。そのペンダントも一応外して貰える? 父上にも聞かれたくない」
言われるがままペンダントを外し、身体をひねってベッドサイドに置き……再びレトのほうへ向き直ると、彼は既にわたくしの前に立っていた。
「あの……」
いつもと雰囲気が違うような……と思った瞬間、レトはわたくしの肩に手を置いて、そのままベッドへと押し倒した。
「な――んっ……」
なに、とかどうしたの……、という言葉を発する前に、レトの唇がわたくしの唇を強引にふさぐ。
話があるのではなかったのだろうか、と若干混乱しながらも覆い被さるレトの胸を押し退けようとしたが、わたくしの力では押し退けることができない。
これってもしや、わたくし襲われているのでは――……と思ったとき、レトがそっと身体を離し、ごめんねと呟いて触れるだけの口づけを落とした。
「――……リリーは他者に無防備すぎるんだよ。これが俺じゃなかったらどうするのさ……」
「そっ、そんなのっ……レトだから無条件に信じたに決まっているじゃありませんか……! そもそも、お話とこれは関係があるんですの!?」
すると、レトは難しい――疑問と苦悩が混ざったような――顔をして、うーんと唸りながら目を閉じた。
「俺を無条件に信じてくれることは、とてつもなく嬉しいけど……そこじゃなくて、リリーはイヴァンに魔法を教えてもらおうと考えたよね。じゃあどこでそんな魔法を習うのさ? 修繕ってデリケートな作業じゃない? そういう場所に関係者以外の立ち入りはさせないんじゃないの? そうなると、魔法の勉強は……きっとまた彼の部屋だろう。彼はきちんと魔法を教えるかもしれないけど、当然好きな子をただで返すわけないじゃない。次は逃げられるか分からないよ……という、忠告を兼ねてリリーの無防備さを指摘しているんだよ」
そんな怖い説明をされて、わたくしはあの瞬間……わたくしに魔法を教えると言ったときのイヴァン会長の表情を思い出す。
「まったくの……善意では、なかったのかしら……」
「…………ヘリオスと俺の意見は『教えながら絶対に身体に触ったりする』だったことも付け加えておくね」
多分さりげなくリリーに触れて、戸惑う反応を楽しむと思う……という、なんだか少女漫画にも少年漫画にもありそうなシチュエーションを王子様の口から語られるとは思わなかった。
「……だからといって……急にこんな手段をとるなんて。普通に忠告してくだされば良いのに。わたくしびっくりしすぎて、思考が追いつきませんでした」
少しばかり責めるように言うと、レトはまた『ごめんね』と先ほどよりも明るい口調で言い放ち、わたくしと視線を合わせたまま……でも、といたずらっぽく笑う。
「ちょっとドキドキしちゃったな。リリーが可愛いから、雰囲気に流されるところだったよ」
「もう……! 次は大声で人を呼びますからね!」
はは、とレトは笑って『俺も懸命に身体を張ったんだから、リリーも次から忘れないようにね』などと言って部屋から出て行く。
確かに……レトの言うことは一理あるわよね。
いつもジャンがいるから大丈夫~って、警戒を怠ってはいけないわ。
「そんなに……わたくし、人に対して無防備なのかしら……?」
それに答えてくれる者は当然この部屋に誰もおらず、呟きは闇に溶けるだけだったが……。
着替えて部屋から出てくると、もうそこにレトの姿はなかった。
「レトゥハルトは、顔を真っ赤にしてフラフラしながら部屋に戻っていったよ。彼なりに男は危険なんだって教えようと頑張ったようじゃないか」
ヘリオス王子が『ボクが代わってあげるっていったら怒られちゃったんだ』と明るく笑っているが、今の話に笑えるところが少しでもあっただろうか……。
つまり、レトはわたくしに理解してもらうため、ちょっと無理してあんなことをした結果……恥ずかしくて倒れているということか……。
……なんというか……そこまでしなくちゃと思わせるくらい、わたくしが無防備だったことは申し訳ない気持ちになるけど、同時に……レトはなんて愛しいのかしら……と、ちょっとキュンとしてしまった……。
いつも一緒にいるのに、優しくてやきもちもすぐ妬いて、とっても可愛い人。
わたくしにとって、彼はとても大事な人だというのに、どれくらい言葉を重ねたら、彼に届くのだろうか……。
ううん、あとで……ほんの少しでも、レトに少し甘えてみよう。
驚かれるかもしれないけれど、きっとさっきより……優しく抱きしめて、笑いかけてくれるだろう。
そう、思っていたのだが……『絶対独学で修繕魔法を覚えてやる!』と息巻いたレトは魔術書をたくさん抱えて持ってきたので、そのまま勉強を始めてしまい……甘えるタイミングを逃してしまったのだった……。