【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/137話】


 レイラは今後、はたしてどういう態度に出るかしら……と思っていたのだが、とてつもないカミングアウトをした翌日でも、いつもと変わりなくわたくしに話しかけてきてくれた。

 学院にいる間は学友として変わらず付き合ってくれるのだろう。そう思っていたのだが、寮に戻ると即わたくしの部屋にやってきて『なんで何にも聞かないのよ!!』と怒鳴り散らしてくる。


 あたしも覚悟は決めたわ、手伝いだって出来ることならする……と言いながら顔を赤らめて見上げられても、今現在彼女に期待するところは……けなしているわけではなく、本当に何もないのだ。


 今まで通りで構わないし、危ないこともしなくて良いとだけ告げた。


 それでもまだ食い下がってくるので、行動を起こすときにはこちらからお願いするから、と宥めると一応了承してくれた。

 そうそう、クインシーの件については……来週顔を合わせることになるのだから、そのときに料金のことだけではなく彼の真意を含め、話し合おうと思っている。

 しかし、失礼ながら問題はそこではない。

 わたくし自身のことをする前に――……、魔界の問題に手をつけていかないとならないのだ。

 魔界の【大いなる神殿】という洞穴を利用した地下神殿は、改めて調べに行くと……神官数は27名。最年長は86才、最年少は2才。男女比率はだいたい同じ。


 比較的若い人しか残っていないのは、食生活で体調を崩す部分が大きいかもしれない。


 床に伏せって亡くなっていくらしいので、おそらく栄養もなく、毒性も除去できている……とも限らないマタンゴを食べているからではないか、と心配になってくる。食生活も整えさせなくちゃ。

 そしてなにより……書物保管も神殿でやっているはずだが……連続した書籍に抜けがあることや、別の棚に置かれている……ならまだしも、神官たちが書物の希少性を分かっていないので、ある本は鍋敷きに使われていたり、ある本にはびっしり落書きがあったり文字のにじみがあったりと、要するに保管状況は劣悪である。消失した書物も絶対にあるだろう。


 書物の目録はあるのかと聞いてみたところ、そんなものもない。


 だいたいあの棚はダレダレが管理していて、この棚はアイツの担当で~……あ、もう違うんだっけ? とか、そんな感じで……だらしがないのだ。

 片付けや本の並び替えの手伝いは出来るにしても、わたくしが書物管理をやるのではなく、今後彼らにそれを仕事としてやって貰わなくちゃいけないのだ。


 悩んだ結果、やはり当初の予定通り……イヴァン会長にそれとなく、図書館の管理の仕方を聞いてみることにした。



 ◆◆◆


 図書館に行くと、返却カウンターが埋め尽くされそうな程に山積みされた本を一つ一つ、宝玉でスキャンしているイヴァン会長の姿を見つけた。


 利用者が少ないのかと思ったが、通路のあちこちに『読んだ本はこちらに戻してください』という案内や、本を置く人の絵が描かれている空き棚を見かけることがある。


 文字と絵の案内が別々にあるのは、文字が読めない人や子供のためだろう。


 本を手に取り、宝玉に通して元あった棚へ転送させる。

 また次の本を手に取ってスキャンの準備をする……という作業を何度も繰り返し、テキパキと処理している。


……のだが、なんだか忙しそうね……としばらく見守っていると、彼のほうから『何かお探しでししょうか?』と顔を上げ、わたくしに微笑みかけてくれた。


「あら、こちらを全然振り向きもしませんでしたのに……いつからわたくしに気づいていらしたの?」

「貴女が近くにいれば、気配で分かります」


――そこは、軽く『あなたみたいに綺麗な人が来れば分かりますよ~』みたいにおちゃらけて欲しいところだったが、イヴァン会長の仰る『気配』が、ジャン達の感じるソレと同義なのか、あるいはヤンデレレーダーが反応したものなのか……は分からないので聞かないことにした。知ったところで良いこともなさそうだし。


「用というよりは……うぅん……そう、ですわね……手が空いている司書さんにお話を伺えるなら、それで……」

「……伺いましょう」


 まだ本はたくさん残っているのだが、イヴァン会長は席を立つとわたくしの方へと近づき、営業スマイル以上の笑みを向けてくる……が、少し互いの距離が近い気がする。


 すすっと半歩くらい距離を取ると、イヴァン会長はなぜか半歩進み出てくるので、距離は縮まらない。


「……まだ返却の書籍があんなに」「全て本日中には終わります。あれも手の空いた者がやれば良い仕事ですから、閉館後に皆で行っても良いのです」


 そうなんだ……と納得したわたくしに、嬉しそうな顔で本来の用事を尋ねてくるイヴァン会長。


 わたくしの傍らにはいつものようにジャンも一緒にいるんだけど、イヴァン会長ったら彼のことは相変わらず無視して視界に入れようとしない。


 それについてジャンも指摘しないから、互いに嫌っているのだな、というのは分かっているつもりだが……どうにもやりづらい……。

「司書のお仕事や、書籍の管理について質問が。まず、蔵書目録の作り方なのですが……この膨大な書籍を、どうやって把握されているの?」


「まず、階層によって関連書籍も決定されております。一階は児童書や新聞といったもの、二階は自然に関する事柄……という大きな分類。そして棚も種類、作者順……などですね。司書はだいたい階層による分類を把握しておりますので『このあたりだろう』ということは理解しています。あとは個人の得意分野や興味により、より詳しい知識を持った担当をご紹介することも……」

 なるほど、仕事柄、大分類(テーマ)は皆把握している。そして、種類(カテゴリ)からの細かいところはやはり興味や個人の割り振りになるのだろうか。


「では、もし……管理されていた書籍に落書きや破損があった場合、どうされているのでしょうか……」


「落書き……? 破損……?」


 すると、イヴァン会長の顔色が変わった。あ、これは病的な色ではなく、表情の変化のほうだ。わたくし、どうやらマズい事を聞いてしまったようだ。


「落書きや破損があったというのですか? ど……どこに、そのような書籍が……!」

「ああ、いえ、図書館の書籍にあったということではなく、もしものお話でして……」


「……もしものお話でしたか。ああ、それは良かった……。ここに限らず、図書館の蔵書は貴重な本が多いのです。自分のものでもない書籍にもしも……ペンで書き込みをしたり、落書きをしたり、ページを破って持ち帰るなどということがあったら……もうそれは注意どころか万死に値します」

 そう語るイヴァン会長の目は本気だ。 

 どうしょうもなくなったときには神殿にそのまま紹介しようかな~と思ったが、あの神殿にある書籍全部、魔界中どころか地上を探してももうどこにも残っていないだろうから……ここの本よりも希少価値が高いのよ。


 ピュアラバ世界で一冊しかない、といっても良いくらいの……そんな激レアなものなのに……。


 鍋の跡ならまだしも、落書きや破損もある。文字の判別が出来ないくらいインクが滲んでいるページがある。


 あんな管理状況と書籍を見せてしまったら、ブチ切れたイヴァン会長はリリーティア誘拐事件以上の猛威を振るうかもしれない。

 大いなる神殿の一族は、たちまちのうちに皆殺しにされてしまうだろう……。

 ジャンも剣を振るえば怖いけど、イヴァン会長も本を粗末にする奴に容赦はしない。


 二人は正反対でも『許容範囲(ボーダー)を超えたら命を取られる』という点では同じ恐ろしさを持っている。話を持ちかける前に、神殿はデッドラインを超えてしまっていたのだ……。

「……まあ、そうですね……もしまだ購入できるような書籍が破損された場合、そちらをご購入いただいてこちらに収めていただく……という措置が適用されることもありますね。ですが、だいたいの場合、悲しいことに申し出る者はおりませんし、こちらも修繕魔法や特殊な補修文具がありますので、失われたページがなければ、それで維持ができています。ページの抜けはもう、どうしようもありませんね……」


 なるほど、修繕魔法。その手があるのか……。


 その魔法は魔法学科で教わったりするのでしょうか? と聞くと、イヴァン会長は魔法書を見て覚えるのです、といって……ふっ、と目を細めた。


 その綺麗な微笑みに、気を許してはいけない……とわたくしの中の何かが訴えている。


「よろしければ、わたしがリリーティア様に修繕魔法を伝授するということも可能です……これはわたしの勝手な憶測ですが、なるべく早く目録の作り方や効率的な返却……といった一連のサイクルもあわせて知りたいのではないでしょうか」

「…………」


 わたくしが黙り込んだのを無言の肯定だと理解したイヴァン会長は、軽く頷き……いつならご都合がよろしいでしょう、と囁くように告げてくる。


「おや、そのように困ったお顔をなさらないでください。わたしは貴女の力になりたい……それだけです。ただ……人目が多いと噂も気になるかと思いまして」

「あんたの誘い方がイヤらしいんだよ」


 ジャンが的確なツッコミをしたが、イヴァン会長に黙殺されている。


 イヴァン会長はわたくしの顔を穴が空くほど見つめ……早いほうがよろしいのでしょう? と、ゆっくりと急かしてくる。声は艶めいていて、いけない誘いをされているかのようにすら聞こえてしまう……。

 これはいけないことではなく、業務として必要な提案をされているわけだ。

……いくらわたくしが以前事件に巻き込まれたからって……イヴァン会長は、わたくしのことより本のことを大事に思って提案しているのよ。


 何より、わたくし自身が美少女だから自意識過剰すぎるだけよ。


……よし、大丈夫、大丈夫。彼は善意の申し出をしているだけだ……。


 それなら、明後日に……と言おうとした瞬間。

『――結構だ。修繕魔法は意地でも自分で覚える』

 という、めっちゃくちゃ不機嫌なレトの声がペンダントから響いた。

 思わずイヴァン会長も声のしたほう……わたくしの胸元を見て、失礼、といいながら慌てて視線を外すが、周囲を見渡しても声の主らしい人物がいないので、今のは……と呟いている。


「そういえば、以前もこんなことが……もしや『彼』は、どこかで……」「わたくし、もう失礼致します。お話、ありがとうございました!」


 早口で言い捨てて、引き留めようとしたイヴァン会長のことも見ず、脇目も振らずに走り去る。


 これは、また帰ったらお小言を食らってしまう。


 何回同じ事をいわせるの? って不機嫌そうな兄弟の顔を見なければならないのか……。これは手土産を買ってご機嫌を取っておかなくちゃ。

 という、姑息な手段も既に見透かされていたのだろう。


 いいから早く帰ってきて、という冷たい一言が再び胸元から聞こえたので、わたくしは渋々……悪いことなど何もしていないというのに、寮に戻ることとなった。



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こめんと

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