【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/136話】


 レイラは魔族の血を引いている。もちろん、ライラもそうだと言った。


 そう自分自身が相手に打ち明けようとしたのと、最初からそれに気づいていたわたくしが勝手に言ってしまったのでは――全ての重みがまるで違う。


 彼女の抱える苦痛や恐怖は、わたくしには推し量ることは出来ない。

 しかし、不安よりもわたくしへの信頼が勝るのなら……きっと教えてくださるだろうと思ったのだ。

 そこからまたわたくしは、自身が魔界のために動いていること、その目的などを語る。

 全てではなく、わたくしの事情だけだ。仲間のことは話していない。

 彼女を信頼していないから……ではなく、情報量が多すぎると踏んだからだ。


 ジャンもセレスくんもわたくしの仲間であり、イヴァン会長も(仲間ではないけれど)協力者です……なんて事を話したら、彼女だって『え、こんな話されちゃ、こいつの仲間にならないといけないんじゃないの? 家族が戦争に巻き込まれない?』って、心配になるだろう。


 確かに仲間や魔界の住人はとても欲しい。でも、彼女には彼女の人生があるのだから、無理矢理引っ張り込むなんてしたくない。

 だいたいここまでならいいかな、と思ったあたりを伝え終えたときには……既に外は暗くなっていた。そろそろ寮の食事の時間になるだろう。


 事情を聞いたレイラは難しい顔をして、黙り込んでいる。


 随分話し込んでしまったから、気持ちの整理も兼ねてこの辺で解放した方が良いかもしれない。


「……わたくしからのお願いは、この話は誰にも言わないで、ということのみです。もちろん、ご家族やライラさんにも……」

「あっ……う、うん。もちろんよ。こんな話、急に言われても……」

 信じられるわけがない。そう言いたいのはとてもよく分かる。

 でも、もしどこかから教会や王家の耳に入ってしまったら。あるいは、知恵が回る者に知られてかき乱されたら。そのときはわたくし一人の犠牲では終わらないだろう。


 そうなると、本当に取り返しが付かないことになると思う。脅すつもりではないけれどと前置きしても、脅しにしか聞こえないだろう。


「わかってる。あたしだって約束は絶対に守るわ。でも、もし……必要なら、ライラや家族にも話してもらえる?」

「ええ。そのときは必ず……ときに、参考までにお伺いしたいのですが……レイラさんのご両親は、どちらが魔族の血を引いていらっしゃるの?」


 すると、レイラは父親のほうだと言った。


「あたしのパパは違う大陸の設計士だったそうよ。自分で言ってるからホントかウソかわかんないけど、仕事を名指しで貰うくらいにはやれていたとか。任された仕事もそれなりにあって……あ、お城の設計にも携わったこともあったとか」


 そう言って得意げな顔をするレイラだが、わたくしは頷きながらも……すぐにレイラさんのお父さんの力が借りたくなったほどだ。


 お城。是非とも魔界のお城や家などの設計図をお願いしたいわ。


「……レ、レイラさん。また、あなたのご実家に日を改めてお伺いしたいのだけど」

「え……それは、別にいいけど……来週の週末、レッスン後とかはどう?」


 わたくしは一も二もなく頷き、レイラが戸惑いがちに了承する。


「それでは、お引き留めして申し訳ございません。もう食堂も空いているでしょうから、この辺で……」


「そうね、座りっぱなしだったから……ん~……お尻が痛いわ……」


 立ち上がって伸びをしながら、レイラはわたくしに向かって微笑みかける。


「……リリーティア様、あなたはすっごく重要な話をしてくれたけど。それだけあたしを信頼してくれた……って考えて良いのかしら」

「魔族の血を引いているからお話しできた……ということも否定は出来ませんが、少しの間ご一緒させていただいて……あなたなら大丈夫だろうと思っています」


 すると、レイラは『そっか……』と重々しく呟いた。


「……もし、あたしが……大事な誰かを守るために、誰かに脅されて秘密を漏らしてしまったらどうするの?」

「難しい質問ですわね……それはわたくしの判断が至らなかったと猛省し、状況ももはや火消しが出来ない規模にまで広がってしまったならわたくしは……やむなく、あなたの前にも敵として立ちはだかるでしょう」


 最悪、手を汚す覚悟を決める。そう言うと、レイラは驚きもせずにしっかりと頷いた。


「墓場まで持っていく秘密って訳ね。そうよね、それくらいないと、出来ることじゃないわ……」

「もちろん、今後一切わたくしに関わらない……という選択肢も選べるのですわ。判断はあなたに委ねますので、よくお考えになってちょうだい」

 レイラは何かを言いかけたけど、ドアの前に立ったわたくしを見て……口をつぐんだ。


「それではレイラさん、ごきげんよう」

 束の間の別れでも、今後一切の別れでも仕方がない。

 そういった気持ちで彼女を送り出し、階段を下りていく音を聞きながらゆっくり扉を閉め――……ようとしたら……急に扉がガッと掴まれた。


「ひっ!?」


 なに!? なんなの!?


「……おれだ。いつまでダラダラ茶ァ飲んでんだよ」


 なんだ、ジャンか……と言いたくなるのを抑え、そのまま部屋に戻る。

 ジャンは部屋に入るときちんと鍵を閉めてくれるので、鍵開けっぱなしにしてないだろうなという確認は不要だ。


 部屋の気配を察することが出来るのか……それとも扉が開いたので、誰が来たのか帰ったのか分かるのだろう。部屋からレトとヘリオス王子が示し合わせたかのように姿を見せた。


「長いお茶会だったね。それとも、女の子同士というのはそんなものなのかな」

「重要なお話をしていたからです。彼女、ようやくご自身の話をしてくださったの」


 じゃあ、とヘリオス王子が嬉しそうな顔をしたので、わたくしも頷く。

 まだ防音結界は解除していないが、こっちも大事な話だから解除しなくても良いかな。


「魔族の血を引いているというのを教えてくださいました。だから、わたくしも地上にあふれた魔族を魔界に戻し、そこで暮らせるよう環境を整えているのだと告げました。レトや仲間のことは告げていません」


「その情報だと、リリーが一人でやっているように思われない?」

「ええ。それで構いません。彼女は信頼できるけれど、誰かを盾にされては脆くなる。だから……巻き込むまでには踏み切れません」


 レトやジャンなどは、自分が人質に取られたところで平然としているだろうし、わたくしが盾にされたところで……(レトは動揺はするだろうけど)どうにか乗り切りそうだ。


 レイラは魔奏の能力があっても普通の女の子。自分の身だって守りきれるか危ういのだ。


 そして、優しい子だというのも分かった。こんな危ない世界に引っ張り込んではいけない気がする。


 こんなことを言ったらぶっ飛ばされそうだが……もし絶交状態になっても……設計士のお父さん、貸してくれないかしら……。




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こめんと

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