そこから先は、神殿中が上を下への大騒ぎ。
漢らしい笑い声を上げるどんぶりを見て、大神官は腰を抜かすほどに驚き、『おお……おお……』という声にならない喜びと困惑を感じていた。
謎の笑い声を聞きつけ、顔を出した神官さん達も……大神官と同じく、どんぶりが輝いているのを見て騒ぎだし、また新しく人が来て驚いて……の繰り返しである。
しかも、どんぶりが騒ぎ立てるので、この事態を引き起こしたわたくしにも『素晴らしい……これが【魔導の娘】の力か』という手のひらリバースをくださった。
……水鏡を発光させるのが【魔導の娘】という……言い伝えとは少し違う気がするが――副次的に神殿の宿願は叶えたようである。
神官達が遠巻きに見守る中、先ほどからゲラゲラうるさい水鏡に話しかけた。
「ところで、どんぶり……じゃなかったわ、水鏡さん。笑ってないで、そろそろ答えてちょうだい。あなたの本来の役割とはいったいどのようなものなの?」
「ンフゥッハハハ!! 魔神より作られしワシの役割は【魔導の娘】の案内役よ!! ワシという器に赤き水を流し入れ、迷いし時に問うてみよ! 曇天のような心は碧空へと変わるであろう!」
要するにどんぶり、あんたはなんなの。わたくしの補佐なの?
わかりやすい例をあげると……そう、よくある魔法少女モノに例えると、このどんぶりがあの可愛いマスコット役だというの? うるさいし話通じなそうだし、何より可愛くないし嫌すぎるんだけど……。
「さあぁ! ワシに告げよ!」「サポートは間に合っております。あなたはこちらで、大神官様のお手伝いをなさって」
正直な気持ちを口に出したのに、どんぶりは遠慮するでない、と言ってずりっ、ずりっと動いて近付いてくる。汚れたどんぶりに懐かれても全く嬉しくない。
「ワシと【魔導の娘】はともに支え合う存在……謙虚な姿勢も良いが、そんなことでは魔界を導けんぞ? ンンッファハハハァ!!」
うっざ……。
口には出さないが、レトもそう思っていたらしい。冷めた目でこちらに進んでくるどんぶりを拾い上げて、大神官様に手渡した。
「綺麗に洗って、神殿で大事にしてあげて」
「し、しかし……」
そんなもん地上に連れて行ったら、絶対大惨事になる。
魔神様、このどんぶり本当に役に立つの? 何か……知能とか入れるのをしくじったんじゃないの?
「……ふむ、娘よ。もしや神々しいワシの姿に、恐れ慄いているのだな。ムフフォホホ……」
「今のあなた、光っていますけど……まるで池の中から拾い上げた車のホイールか粗大ゴミでしたわよ」
ホイールという意味が分からなくても、馬鹿にされているのは伝わったようだ。大神官の腕の中でガタガタと揺れるどんぶりは、フムン、この姿が嫌だというのだな……と、なかなかいいところを突いてきた。
「ええ。それに笑い方がうるさいですし、いまいち話も伝わらなさそうで……あなたから知りたい事を教えていただけるのかという疑問も払拭できませんわ」
「つまり、バカそうってことだね。わかるよ」
あっ、レト……そんなハッキリ言わないで……。
「バッ……、このワシが愚昧であると!? 良かろう……気に入らぬというなら、娘の好みに変えてやろうではないか」
怒っているらしいどんぶりはそんな事を言い、カッと全身から強い光を放つ。
わたくしたちは咄嗟に目を瞑ったが、大神官は直撃である。悲痛な声がして、ドサっと何か落ちるような音がした。
……気絶したのかな……。
まさかどんぶりがまた光るとは思ってなかったけど、失明していない事を祈るほかないわね。
「……もう目を開けて良いぞ、娘よ」
先ほどよりは落ち着いた声が響き、光も落ち着いたようなので……そろ〜っと目を開けると……。
茶髪の少年 (ベストと半ズボン装備という正しめのショタ)が立っていた。
だが、顔が、その……。
とても……似ていた。
わたくしが言葉もなく固まっていると、ショタはニヤニヤと意地の悪い顔をし、なるほどなあとこげ茶の目を細めて笑った。ちなみに笑い方はさっきのオヤジ笑いではなく『クスクス』みたいになっている。
「ははぁ……。このような姿が好みか。顔立ちも、そこの王子に似ておるなぁ……よほど好みか」
「なっ、ちょっと……適当な姿にして、変なことを仰るのは、おやめなさい!」
ま、まずい。わたくしったらだいぶ動揺しているわ。レトも状況が飲み込めないらしいが、ショタを指して『子供の俺?』と呟いている。
「ワシは【魔導の娘】との干渉にも優れておるのよ。水鏡……ワシにとってはこの『身』を『鏡』とし、娘にとっての最善を映す。変幻自在である」
したり顔で語り出すどんぶり……じゃない、子レトの姿をした水鏡は、確かにとてもかわいい。
その姿に懐かしさと愛らしさを感じるが、ドヤ顔してわたくしの心を見透かしているのが非常に生意気である。
「……つまり、水鏡様は今後【魔導の娘】と共に魔界に携わるのですか?」
神官に支えられながら、軽く頭を振って弱々しく立ち上がる大神官。おお、生きていたのか……!
「ふむ。しかしのぉ、娘はワシを毛嫌いしておるからなぁ……折角、リリーおねえちゃんの好みの姿に変えたというのに、頭が悪そうといじめるんだ……ひどいよ……」
と、嘘泣きをし始める子レト。
くっ、かわいい……やめて、おねえちゃんとかその顔で呼ばないで……! なんか嬉しいのかつらいのか、ときめいちゃいけない心がしんどい!
「……やめて……なんだかとても恥ずかしい」
わたくしよりも精神にダメージを負ったのはモデルになっているレトその人である。
顔どころか耳まで赤くして、顔を両手で覆って隠してしまった。
どうしましょう……二人のレトが泣いているわ……。
「落ち着いて、レト……あれはあのどんぶりですのよ……」
「どんぶりという食器ではなく水鏡なのだが……」
それとなく訂正してくる水鏡レト(なんかボーカロイドみたいね)を睨み、やめろと怒り始めるのは本物のレトだ。
「その姿が、仮にリリーの好みだとしてもっ……俺の姿で、恥ずかしい事するな!!」
「やれやれ、少し真似ただけでブツブツうるさいのぅ……」
口を尖らせつつ、くるんっとその場で一回転した水鏡は、これでいいだろう、とその姿を瞬時に黒い猫へと変えた。
「娘は猫が好きなようじゃな」
「……ええ……まあ、好きですわね……」
使い魔の代表格ではあるが、この姿は不便じゃなあと文句を言いながら、わたくしを見上げると……『これでいいか』と確認される。
さっきの子レト姿も……ちょっと勿体無いけど、レトの精神が焼き切れてしまいそうだから猫の方がまだいいわ。
「まあ、それで構いませんが……わたくしの好みを聞いてどうするのかしら?」
「察しが悪いのう! 共に行くに決まっておるわ。おぬしのなすべき事に、ワシの力が必要となるはずじゃからな」
えっ、ついてくんの? なんというか、今さらアドバイザーつくの?
「…………そういう役割は、右も左も分からなかった最序盤にやるものでしょう……? 今はだいぶできるようになって……」
「そうは言っても、おぬし……神殿の機能回復に、自身の技の体得、魔奏者の教育、様々な事で悩んでおるな」
お見通しじゃ、と可愛らしく尻尾をくゆらせる猫は……さっきの姿はたまにしてやるから、と、心の隙というか何かまで見透かしてくる。
「勝手に心を覗かないでくださらない!! えっち!!」
「覗くのではなくワシに【魔導の娘】の心情が映るんじゃよ……ンファハハハ!! そう不安そうに考えるでない。案ずるな、おぬしがワシを軽んじぬ限り、他者には言えぬことは内密にしておこう!」
うわぁ……こいつ『俺を置いていったり虚仮にするとお前の恥ずかしいアレコレをばら撒くからな』って、エロゲーにありがちな脅迫取引をしてきやがる……。
「ンフフ……まあ、『えろげー』というのは知らんが、そういうことじゃな」
クッ、ナチュラルに心まで読んでくるとは……わたくし限定のセレスくん上位互換か……いくら神殿に腹を立てたとしても、これは眠らせたままにしておくべきだった……。
「…………普段、学院ではわたくしの邪魔はしないでください」
「うむ。おぬしの嫌なことも良いことも、気にしなくて良い」
では頼んだぞ、と言ってくれるが……物言いたげなレトの視線と、成り行きを見守るしかない神官達の視線がとてつもなく痛かった……。