【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/125話】


 地上から連れてきた魔物達が、魔界のあちこちへ散っていったとしても……急激に魔界全土で環境変化があるわけではない。そしてこのあたりの地域はまだ、草すら生えていない……手を入れる前の魔界の土地そのままだ。

 レトがライトの魔法で周囲を照らしてくれるので、足下も明るい。

 さっそく湖 (というか沼というか……)の前に屈み込むと、自分の鞄の中から採集セットを引っ張り出す。


 いつも何か珍しい物や気になった物を発見したときのため、自分の道具を持ち歩いているのだが……今回は瓶が良いかな。エリクにも見せたいし、湖の水質を知りたいから汲んで帰ろう。


 瓶に水を汲んでライトの明かりに透かしてみると、この水も赤い。


 蓋をする前に水の匂いを嗅いでみても、臭気は感じない。


 魔界の大気に魔力が含まれているのと同じ理由で、魔界の物質……砂も水も赤くなるのだろう……と思っていたけど、その理屈でいけばそのうち、魔王城周辺に生い茂っている植物も赤くなっていくのかしら……?


 大根を植えたら真っ赤になるのかしら? 赤くても美味しくなるなら良いのだけど。


 わたくしが採水している間、レトは周囲を歩き回っている。

 セットと瓶を鞄にしまい込んで顔を上げると、レトが緊張した顔でわたくしを手招きした。


「地面に穴が空いている部分が……いや、階段……も、ある」

「まあ……!」


 レトの指し示す『穴』は、落とし穴のような小さいものではなく、結構大きい。

 観光バスがそのまますっぽり入ってしまうくらい、細長い形をしている大穴だ。


 レトがライトの光量を強めてみるが、所々崩れた階段が下に延びていっているのが見えるだけで、光は底に届いていない様子。そんなに深いの……?


「これは……失われた魔界史への大発見があるかも……という気にはなりますが……どうしましょう?」

「…………とても楽しそうではあるんだけど」


 と、レトは悩ましい様子でわたくしの顔を見て『デートって、こういうところで命がけの大冒険しないでしょう?』と聞いてきたので、思わず笑ってしまった。


「失礼、笑ってしまったけれど、レトを馬鹿にしたわけではございませんわ。面白い事を仰るから……」

「そんなに面白いようなことを言った覚えはないよ……変なこと言っちゃったかな……」


 恥ずかしそうにレトは顔を背けたが……ウィットに富んだジョークみたいで良かった、という褒め言葉のつもりでしたが……上手く伝わらなかったわ。


 それに、クリフ王子なんて数倍面白いこと(もちろん普通の意味ではない)を仰るから、それくらいで照れているようでは彼のように振る舞うことも出来ないでしょうね……。


「うーん……映画やお芝居であれば、デートであろうと旅行であろうとサメが空から降ってきたり、ゾンビと戦ったり、行く先々で殺人事件に遭遇してしまったり……という展開が待ち受けているのでしょうけど、まずありえない……はず」


 明かりの届かない大きな穴の底なんて……わたくしは天空のお城の王女様とかじゃないから青い石も持ってない。階段から足を滑らせても、命綱もないし真っ逆さまにバッドエンドだ。


――危ないし、今はやめとこう。


 という二人の意見が合致しかけたとき、目の前に突如青白い光の柱が立った。


「リリー、下がって!」

 わたくしを後ろ手に庇いながら、レトは臨戦態勢に入った。


 危険なことはない、と思うが……油断は禁物。

 彼は帯剣していたし、わたくしも今は精霊さんが出ているので、魔法も使える。


 ほんの数秒さえ稼いで貰えば、弓矢を引っ張り出して後方から狙撃することだって可能だ。


 光の柱が消え去り、姿を見せたのは……わたくしたちより少しばかり年上であろう、と思われる女性だった。


「…………」


 尖った耳先と病的なまでに白い肌。


 キャラメルみたいな色をした髪は、くるぶしまで到達するほどに長い。

 そして、魔族であることを示す金色の瞳……。

「……ずっとここにいた……魔族の方……?」


 わたくしがそう呟くと、女性は冷たいまなざしを向けてくる。どう良いように見ても歓迎の意志はなさそうだ。


「――……下等な人間風情が……ついにここまで侵略に来たか!」

「えっ!?」


 侵略とは随分なことを言うものだ……なんて思う暇もなく、女の人は手のひらをこちらに向けた。そこへ急速に集まり、高まっていく魔力を感じる。


 うそっ、この人、魔法使おうとしてる……!


 そう察知したが、彼女は既に短い詠唱を終えていた。

 ちょっとお姉さん、問答無用で……あなた何しようとしてるわけ……!

「死ぬがいい!!」

 そう言い放つと、わたくしたちめがけて火炎魔法が放たれた。



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こめんと

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