【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/124話】


 馬車に揺られて数十分。


 疑似太陽が浮かんでいる場所から離れるにつれ、だんだん暗くなっていく魔界の空。照射距離外になれば、暗くて赤い……本来の空の色になる。


 馬車の外にはきらきらとした青白い粒子が散っているのが見えて、まるで星空の中を進んでいるかのように幻想的な風景が広がっている。


 素敵……。思わず感嘆の息を漏らし、わたくしはうっとりと外を眺めた。


「このきらきらしたものは何かしら……まあ、そうなの? スターベルさんの炎?」


 わたくしの呟きに対して即座に答えたのは、地上ではいつも気配を消して窮屈な生活 (?)をさせている、わたくしの守護精霊さんだ。


 頭に直接、音のように聞こえる言葉を送ってくる。最初は何を言っているか分からなかったけれど、今ではきちんと聞き取れるようになった。


 この存在が『彼』なのか『彼女』なのかは分からないし、そういう生物的な区別なんて必要ないのだろうけど、とにかく……精霊さんは、スターベルさんは魔力で全身を燃やしていて、走ると燃える魔力の残滓がきらきら光ってたなびいているのだ……と教えてくれた。


 さっきまで明るかったから、スターベルさんの火の粉(で、いいのかしら……)は見えなかっただけだろう。彼に触れても熱くはないのに、燃えているというのだから本当に不思議だ。


「綺麗だわ」

「そうだね……こんな光景を一緒に見ることが出来て、なんだか嬉しい」


 空に散ってはゆっくりと消えていく燐光を、わたくしとレトはどちらからともなく寄り添いながら見つめ、穏やかな顔で頷いた。


「俺は、最近気づいたんだけど……自分の趣味というか、好きなこと……興味を引かれることって、魔界に関わること全般なんだ。スライム達と会話をすることも、精霊と遊ぶことも、調査に出かけることも好き。ノヴァと蜂の巣箱を確認するのも楽しいし、こうして民の作り出す不思議な光景を、一番大好きな人と見る事が出来たのも幸せだって感じてる」


 一番大好き、とサラッと言われて、わたくしの心臓がドキンと高鳴る。

 好かれているというのは理解していても、やはりいざ口に出されると照れてしまう。


「わ……わたくしも、幸せです……」


 はにかみながら視線を外すことしか出来なかったのだが、レトはそれを許さず、わたくしの頬に手を置いて自分の方を向かせる。馬車の中は明かりを灯していないので暗いが、レトにはわたくしの顔はきちんと見えているのだろう。


「ああ……照れた顔も、可愛い。いつも可愛いけど、今日は装いも違って……ねえ、今はリリーの全てを独り占めして良いんだよね」

「っ、そ、そうですわね……普通の範囲で、大丈夫です」

「その『普通』の範囲、って……どこ……? それに『普通』って何?」


 すっ、と近付く気配がした。顔が間近にあるのは、分かるんだけど……。

 燐光のおかげで、そばにあるレトの顔が闇に浮かび上がったり消えたりするわけだが、ホラー映画みたいで少し怖い。


「……添い寝は、してもいい?」

「互いに寄り添って睡眠する……という行動であれば、構いませんわ」


 それ以上はいけない。という意味を込めて呟けば、レトは緊張したような声で『わかった』と言っているのだが、きっといつぞやのことを思い出してしまったのだろう。


 ど、どうしましょう。まさか……いやいや、レトに限って……レーティング表示に引っかかるような、そんなやましいことを考えているわけが……。


 なにせ、わたくしがサブカルの抱き枕カバー(表)みたいなポーズでベッドに転がされているだけで照れて直視できなかった人だ。この間の添い寝だって二人で寝落ちしただけなのに、起きたとき凄くびっくりしてたじゃない。


 そ、それを……あえて『どこまでならいいの』みたいに聞くなんて、手を繋いで抱き合うだけでも嬉しいわたくしにとって、なんだかすごく悪いことを持ちかけられたような気さえするわ。

 何か、話を変えねば。気の利いた言葉を探していると……、御者台から『ちゅー!』と機嫌良さそうな明るい声が響いた。これは天の助けか。魔界だけど。


「ど、どうなさったの……?」

「――レトゥハルトさま、リリーさま。ひだりぜんぽうに、みずうみがありますよ!」


 ほら、あそこです! なんて言ってくれるが、わたくし、あなたが小さすぎてどのあたりに座っているかが既に見えませんわよ。


 しかし、左方向に視線を向けてみると……地上に一層黒い何かがあるのが見えた。わたくしの目では把握しきれないが、レトは『すごいな、行ってみよう』と乗り気のご様子だ。


 猛スピードの馬車も速度をゆっくりと落としていき、湖の近くに降り立った。



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こめんと

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