レトの言う『俺がまだ見ていない地域』……たぶん、視察でも訪れていない場所(だと思う)に降り立ったわたくしたち。
そこにも僅かばかりの緑地があり、数匹の魔物がゆっくりと歩いているのが見える。
「ここよりもう少し手前まで来たのが二ヶ月ほど前なんだけど……何かの木の実から芽吹いていたんだ。長い年月がかかるだろうけど、樹木として成長していくはず。ここは少し陽が弱いな……この先にもいずれ擬似太陽を置く事になるかな」
そう言われたので空を眺めてみると、少し薄暗いかしら、という程度にしか感じていなかったが……ここは魔界という、地の底だ。
本来なら光なんて差し込まない世界だということを、開拓していくにつれ忘れそうになる。
「何も、魔界全てを同じ時間帯にせずともよろしいのではないかしら。わたくしのいた世界は、同じ国でも少しずつ時間がずれていたり、北か南の極地では、日の落ちない時期や、逆に日が出ないことなどがあるそうですわよ」
見たことはありませんが、とも口にすると……レトは少しだけ悲しげに目を細め、そうなんだ、と呟いた。
「……リリーは……不思議な世界にいたんだね」
「そうかもしれませんわね。ですが、わたくし国内はおろか、世界のことなど寡聞にして存じ上げません。それどころか、こちらの世界のほうが……不思議な事を体験しております」
まさか自分が、魔法を使ったり錬金術を習得したり、魔物と会話するなんてこと考えてもいなかった。だが、今はとても充実している。
そう言っても、レトの表情は晴れない。
時折、レトはこうして不安そうな表情をする。いや、不安というより……どうしていいか分からない、というものかもしれない。
わたくしが違う世界の住人であることなどを知っていても、いつかリリー(の中にいる奴)はあちらに戻ってしまうのだろう、という懸念があるせいかしら。
でもわたくしがあっちに戻ったら、中身が元のリリーティアに戻るのかしら? そうなったら、ワガママ放題・無理難題を出しまくって魔界は滅びに向か……う前に、魔王様からミンチにされるほうが早いかもしれないわね。
「……大丈夫です。わたくし、レトのお側にずっと寄り添って暮らします!」
「あ……そこは心配してないよ……なんとしてでも、戻さないようにはするから……ただ、リリーが地上でアレやコレを見たいと言って、魔界に戻りたくなくなると困るな、って思ったんだ」
なんか、前半部分に不穏な発言があった気がしたな……?
もちろん学院を卒業したら『向こう帰る!』……ってつもりはありませんけど、ヴィレン家の方々が『なんとしてでも』って言うと、ホントに精神とかになんか施されそうで怖いわ。
にっこり微笑んで、テキトーにやり過ごそうとするが、レトも同じようににっこりと綺麗に微笑んで『俺は本気だからね』とありがたくも恐ろしい発言をし、ヤンデレとまではいかなくとも、愛の深さを見せてくれる……。
……どうなるかはその時考えるとしよう。
それより、今はお出かけ中なのだ。もっと楽しく浮かれながら楽しもうじゃない。
「レト、ご覧になって! この辺の…………遥かな地平が広がって……」
話を逸らしながらこの周辺で褒めるところを探そうとしたが、草が生える程度でホントになんにもない。
「そうだね。魔界ではあまり珍しい景色じゃないな……でも、ここから先を目指してみよう。観察もしたいし、俺たちの知らない景色を目指す旅も楽しそうだ」
どうやら、わたくしたちのデートは……魔界で知的好奇心を満たす、といえば聞こえの良い、探索になろうとしている。
「もうちょっと先に進んでみよう」
「はい。あ、せっかく遠くまで来たのですから、メモリーストーンを埋め込んで地図作りの目安になさってみては?」
「ああ、そうしておこう」
レトが鞄から紫色の石を取り出し、地中に埋め込む。この石はいわば転移の目印にもなるので、レトにとっては便利なものみたいだ。
実はわたくしのペンダントにもこの石の一部がついているので、レトは何かあったらすぐにわたくしの横に転移できるのだ。便利。
「……この辺はまだ静かだけど、近い将来、たくさんの生物がここを訪れて暮らすようになるだろうね。乾いた土地が好きな魔物もいるし」
「ええ」
その時を待ち遠しく思っているのか、レトは優しい眼差しを大地に向けている。
ここにはまだ何もないけれど、彼の目には……幸せそうな魔物たちの暮らしが浮かんでいるのだろう。
わたくしは、魔界の事だけじゃなく、仲間や魔族の事を大切に思っているレトが大好きだ。
彼の笑顔や希望を守りたいと思う事に変わりはないが……子供の時とは少々想いが変わりつつある。
守りたい……というよりも支えて、共に叶えていきたいと考えるようになっている。
わたくしに出来るのは些細な事だけど、こうしてずっと、彼の隣にいるに相応しい人物になれたら……と、そう感じている。
「それじゃあ……そろそろ行こう」
と、レトがわたくしに手を差し伸べ、馬車へと再び乗り込むのだが……なぜかレトの顔は赤い。
シートに座っても、レトはわたくしの手を握ったままだし、照れたような顔をして……チラチラこちらを見るのだ。
「…………?」
「……リリー、は、時々……さっきみたいに俺のこと、じっと見つめている時があるよね……」
見られているのは分かっていたらしい。
まさか不快だったのでは、と内心ビクついたものの……レトの様子は怒っていないっぽい。
「ああいう時、どんなこと考えて、俺を見ているのかなって……聞いてもいい?」
「えっ!?」
とんでもない質問がきた。
わたくしの顔は瞬時に熱を帯び、ブンブンと横に振って教えないという意思表示することが精一杯だ。
「なんにもありませんのよ!」
「ウソだ。なんにもないなら、なんで顔が真っ赤なの」
教えて、と甘えておねだりされても、そんな恥ずかしいことを教えたら、馬車の中は恥ずかしいムードでいっぱいになってしまう。
絶対に教えない、と拒否していると……胸元から魔王様の『聞こえちゃうこっちが恥ずかしいから、ペンダント外して……』という嘆願によって、甘くなりかけた雰囲気は一瞬にして通常時……を通り越して気まずい雰囲気にまでなったのであった。