「いってきますね、お姉様!」
「ええ、どうかお怪我に気を付けてくださいませ。わたくしも自分の出来ることを励みますわ」
早朝、寮の前までアリアンヌとマクシミリアン、ついでにクリフ王子の見送りを行う。
二人は見送りを喜んでくれたというのに、クリフ王子は嫌そうな顔をして、朝っぱらからリリーティアの顔を見ることになるとは嫌な出発だ、などとすぐ文句をつけてきた。
「――ふん。こうしてアリアンヌを見送るフリをして、実は僕に優しい言葉でもかけて貰おうとでも思ったんだろう? 残念だが、僕はそんなことお見通しだからな」
は? こいつ何言ってんの? という表情をしてしまったわたくしだったが、クリフ王子には『なぜ目論見がバレたのか』と驚いているように見えるらしい。
フン、と嘲り笑い、浅はかな貴様の考えることなど……と清々しいまでの勘違いぶりを見せつけてくださる。
キマった、とでも思っているのか……ペリースをぶわぁあ~~っと大きく翻してわたくしに背を向け、アルベルトに荷物を積み込めと命令していた。
停めてある馬車に荷物を詰め込んでいるアルベルトは、従者なんだか護衛なんだかもはや分からない。彼、ほんと苦労しているわね……。
「お、お姉様、大丈夫ですか……?」
「ええ……。凄いことを仰るからかなり驚きましたけれど、彼、わたくしに好かれていると信じて疑っていないのかしら……? 前向きでとてもポジティブですのね……」
ひそひそとアリアンヌに小声で聞いてみると、肩をすくめて『クラスではなく、学院の人気者でもあるそうなので……』と、賛同しているのか困っているのか分からない言い方をした……けれど、思い込みが強いというところは否定していない。
一応クリフ王子の味方だけど、わたくしにも配慮して中立を保っているっぽいマクシミリアンは、こちらの話なんて聞いていないフリをしてくれている。優しい友人がいてくれて良かったわ。
あらかた荷物が積まれると、マクシミリアンはわたくしに向き直り、いない間もしっかりやるようにと念を押してきた。
「ちなみに聞いておくが、予定としてはどう過ごすつもりだ?」
「教会に行ってお祈りをしたり、調合用のハーブや薬草を集めるために近くの森に出かけたり、調合のために登校する……などです。毎日それなりに動く予定ですが、主に文化祭に向けての行動と、依頼を二つほどこなす程度しか出来ませんわ……」
『レトと過ごした後にやる予定』という言葉が入っていないが……決して予定に嘘は言っていない。
しかし、スケジュールを聞いたマクシミリアンはウムと重々しく頷き、互いに頑張ろう、というありがたい激励をわたくしに残し、クリフ王子と共に馬車に乗り込んだ。
「……お姉様、頑張ってくださいね……! 絶対、後で教えてください」
妙に期待しているアリアンヌに『良い知らせがあると良いですが』と苦笑いをし、あなたも、という言葉を返すと……照れたようにアリアンヌは微笑んだ後、恋も合宿も頑張ってきますと頷いた。
◆◆◆
見送りを済ませて部屋に戻ってくると……既に、レトはわたくしの鞄を両手でしっかりと胸に抱き、帰ってくるのを今か今かと待っていた様子だった。
ジャンはまだ自分の部屋にいるのだろうか……今日はまだ姿を見ていない。
それとも、妙な気を利かせているのかしら。改めてそうされると、凄く照れるんだけど。
つまり、この部屋にはわたくしとレトしかいないのである。
既にこれは、デートが始まっているようなものじゃない??
「持っていくのはこれだけ? 準備はもう全部出来ているのかな?」
「あっ、お待ちになってレト。わたくしまだ旅行用の服に着替えていませんの……」
「え……」
どういうこと、みたいな顔をするレトに、わたくしはにっこりと微笑む。
「これは、普段着ですから。あなたとのデ……旅行なので、改めて用意して出かけたいの」
正直にそう言うと、意味をよくわかっていないのか、レトはぎこちなく頷いた。
しかし、数秒経った後……徐々に彼の頬は赤みが差し、視線を左右に何度か彷徨わせてから……待ってる、と小さな声で言ってソファにストンと腰掛けた。
「着替えるだけですから、少々お待ちになって」
そう言って優雅な足取りで寝室に戻ると、前日用意しておいた服を手にした。
金糸のフリル付きの黒いブラウスと、赤いロングスカートだ。
レトがどんな服が好きとか、そういうの分からないけど……わたくし自身こういう服を着てみたいなーとも思ったし……鮮やかな赤い色をしたスカートが、レトの髪の色みたいで綺麗だから……気に入って買ってしまった物なのよね。
なるべく待たせないよう手早くそれに着替え、鏡を見ながら服と髪を整えると……気合いを入れ直して、レトの前に出て行く。
「お……お待たせ致しました」
ただ着替えてきただけなのに……緊張のあまり声が震えてしまったが、レトは顔を上げるとわたくしの上から下までをまじまじと眺め、とろけるように微笑む。
いきなりそんな素敵な顔を見せられては困る。気絶しそうなくらい眩しいわ。
「じゃあ……行こうか」
そう言っていつもと変わらぬ態度で魔法陣を出し、魔界へ向かおうとするのだが……あれ、微笑みに全て内包されていて、感想は特に無い感じ、なのかしら……?
ほんの少し落胆しつつも魔法陣の上に乗ると……レトは『とても可愛い』と囁くように褒めてくれた。