きちんと依頼を受けたからには完遂させたい……絶対彼女たちを退学にはさせない。
だから来週の予定を見直しして、自分ももっと気合いを入れる……。
諦めさせるどころか、より強固な意志を見せてくれたクインシーに、わたくしは少しばかり感動した。
「クインシーさん……ありがとう」
「そういう、ことなので……話は必ず、練習を続ける方向で……通してほしい」
「わかりましたわ……あなたの教え方が上手なのか、彼女たちには良い感触を得ているようです。実を言うと、ここで終わりにするのは勿体ないとも感じていました」
彼女たちの感想については、ほとんど講師としてより一人の男性として、という感もあるが……まあ、講師に興味を持つのはレッスン全体から見れば良いこと、なのかしら……?
「そう……」
あんな美少女二人に悪く見られなかったというのに、クインシーの表情は嬉しそうには見えない。迷惑……というほどではないけど、あ、そうか。アリアンヌの事、気になってたり?
「――ふふ、彼女たちより、アリアンヌさんの事が気になりましたか?」
「アリアンヌ……? ああ、さっきの……派手に転んだ子……」
ドジっ子みたいに言われてるよ、アリアンヌ……。第一印象が大変残念ね。
でも、強い印象はあるから大丈夫。多分。ここから彼女との接点を作っていけたら……。
「鼻が赤くなってたね……他に怪我がないと、いいけど……」
「…………ええ」
しかし、クインシーからはそれ以上の感想は出てこない。クッ、あれではまだ印象づけることが足りないのね……! いいわ、次の機会を考えなくちゃ……。
「……君は?」
「え?」
再来週以降のプランをぼんやり考えようとしていたとき、控えめにクインシーがわたくしに何かを尋ねてきたが……思わず聞き返すと、一瞬迷ったようにしながら、クインシーは『君は、オレのこと……どう思った?』と感想を聞きたがる。
「――そう、ですわね……割としっかり意思表示もなさるし、真面目な方だから安心して彼女たちをお任せできるかと」
「…………ありがとう」
一瞬、妙な間があった気がしたが……礼を述べた後、小さな息を吐いたクインシーを見て、緊張していたのだろうと察し、これからもよろしくお願いしますね、と(自分的に)優しめの笑顔を見せておいた。
◆◆◆
「――というわけで、クインシーさんが来週、彼女たちの面倒を見てくださることになったのです」
「ふぅん……」
買い物を終えて寮に戻ったときには、既に日も暮れかけた頃。
着替えた後、レトとヘリオス王子の間に挟まれるようにソファに腰掛けると……その日の出来事を彼らに伝える。
しかし、ヘリオス王子はわたくしの手を握ったまま、時折スンスン匂いを嗅いだりしていて……なんだか怖い。
クインシーとのことを話し終えた後、ヘリオス王子は『だからかぁ……』と納得したように頷き、目が笑っていない笑顔を向ける。
「知らない男の匂いがすると思ったんだぁ……」
「ひっ……」
思いも寄らぬ言葉が彼の口から飛び出してきたので、驚きに小さく身体を震わせると、彼はわたくしの右手を愛おしそうにさすりながら、だめだよぉ? とクスクス笑った。
「リリーティアはとても魅力的な女の子だから、気になってしまうのも仕方がないと分かるのだけれどね、男女問わず、優しく接しちゃいけない。勘違いさせてしまうよ」
「そうだね、ヘリオスの言うとおりだ」
兄弟揃って、わたくしに注意するように言ってくるのだが……助け船を求めようとジャンに視線を投げかけても、あからさまにあいつ無視しやがりますわね。
――わたくしが留守にしている間、魔界の業務を任せるようになってから……ヘリオス王子の能力は、妙な方向にパワーアップし始めている気がする。
ヤンデレの勘も鋭くなってきてるし。
「大丈夫。クインシーさんはアリアンヌのことを好きになるはず……!」
「……根拠はあるの?」
「…………そうじゃないと困るな~というだけですけれど……」
「……リリーの思惑通りにうまくいくと……いいんだけどね……」
レト。遠い目をして、またか……みたいな顔をするの止めてほしい。
だいたい、クインシーがアリアンヌを好きになってくれなかったら、乙女ゲーとしてバランスが崩れちゃうじゃない!
正ヒロインであるアリアンヌが『好きな男の子を義姉から略奪する』が目標で、他の攻略対象がいなくなるとか乙女ゲーとしてちょっとおかしいからね!!
それでリリーティアは男子選び放題になっちゃったらまずいわよ!
むしろ、わたくしがなんで『数々の男性との出会いを経験しつつ、恋人と別れないよう愛を育んでいく』みたいになってるの!
乙女ゲーとしては正解かもしれないけど、そういうのは……プレイヤーとしてゲームを楽しみたいだけで、わたくし個人としてはレトと一緒にいられたらそれでいい!!
……でも、そんなことをみんながいる前で口に出すのは恥ずかしいし、ヘリオス王子がわたくしの右手を笑顔で握りつぶすかもしれない。ヤンデレは何をするか分からないから恐ろしいのだ。
「リリーティア、あまりボクたちを妬かせないでほしいよ。行動を抑制されているんだから、本来なら言うことを聞く見返りを求められて当然だと思わないかい?」
「……見返り……対価ということ?」
「そうとも」
と言いながら、蠱惑的な笑みを浮かべるヘリオス王子。
たいへんな美少年がそういう笑みを浮かべると、ぞくりとするほど色っぽいのだが、元々の素質なのかと不安になってくる。
「どっ……どのような??」
「どんなことって聞くの? リリーティアとはもう何度もしてることだよ?」
ずいっと身体を密着させ、わたくしの頬に手を置くと……じっと目を見つめてくる。途端、頭の芯がうずくような……あ、これ、アレか!!
「最近あの部屋、来てくれないから寂しいんだよね……リリーティアとの唯一の空間なんだ、今後も活用したいよ」
「――いや! あの青い部屋、夢かなんかで繋がりますわよね? この、起きているときに精神を無理矢理繋ぐ方法では怖いし、嫌です!! 見ないで、えっち!」
「えっち、って……精神を見るだけなんだ。そういう肉体的なものじゃないよ」
「隠せないのですから、裸みたいなものです! それを見るなんてダメですわ!」
青い部屋……天井や床が水で出来ていて、部屋の外には魚が無数に泳いでいるという水族館みたいな場所だ。もともとは、リリーティア本人とヘリオス王子の精神接続で作り上げた。
貴族のリリーティアに近づけないけど、お友達……いや、下僕だったっけ……のヘリオス王子が彼女と一緒にいるための、淡い思い出が詰まった部屋。
わたくしとヘリオス王子が出会ったのも、あの部屋だった。
もちろん、そのときにはもうリリーティア本人ではなく、わたくしになっていたし……今はこうして一緒にいることも多くなったので、必然的に部屋に入らない。
「そもそも、どうやってあの部屋に入るとか入らないとか、選べるのかしら」
「リリーティアが入りたいと思えば入れるはずだよ。今度やってみてほしいなぁ」
え、お手軽。そんな簡単に繋がる物なの?
「まあ、興味もありますから試したいと思います」
「本当かい? じゃあ、待ってるからね! 絶対やってね!」
嬉しそうに笑ってくれると、とっても素敵なのだが……これがイヴァン会長にも負けないヤンデレというのだから、わたくしの周囲はどうなっているの。
魔王様も怖いし、殺戮に飢えた男はいるし、魔界を救えば世界も救われるに違いないと言って魔界にまで来てくれた狂信者がいて、ヤンデレが二人……負のパラダイスだわ。
まともそうなエリクとノヴァさんが心の救いよ。
「――あんた、エリクとノヴァだけがまともだと思ってんだろうが、エリクは研究バカで、ノヴァはブチ切れたら相手が物体じゃなくなるまで刻むぞ」
そうだ、エリクはマッドアルケミストだ……。ノヴァさんは……怒らせないでおこう。命に関わる。
思考でも読めるんじゃないかというくらい的確なジャンの指摘に、わたくしは顔を覆った。
「リリーの周囲は、怖い人しかいないね……」
改めてそんな感想を述べるレトも、四大精霊全てを使いこなせるという凄いなんてモンじゃない王子様であり、魔王様と同じく、世界を消滅させかねないとんでもない存在なのだが……充分『怖い人』に入っているのだという自覚がないらしい。
魔王様はいうまでもなく、一人たりとも怒らせないでおこう……、と改めて心に誓ったのだった。