「……つまり……失敗すると……学院を退学する」
「ええ、包み隠さずに言えばそうなるかと」
真面目な顔のクインシーから逃れる事が出来ず、わたくしは彼を誘って遅めの昼食を摂りながら、こちらの大まかな事情を説明した。
食事にほとんど手を付けないまま、じっとわたくしの話に耳を傾けていたクインシー。
……話を終えてから、冷めてしまったスープをゆっくりと口に運んだ。
「そんなに深刻な状況……だったんだ……」
「確か彼女たちは明日、依頼を受けると聞いておりますわ。上手くいけば良いのですが」
そんな事を口にすると、クインシーは『君も……』と言うので、わたくしも静かに頷く。人から見れば大差ないし、実際一応保険がてら、旅行前に依頼を一つこなしておこうかと思ってポーション作製の依頼を入れているのだ。
「文化祭まで、そんなに多くレッスン時間が取れないから……もう少し早く……話を貰いたかった」
「っ、あの、誤解されているようですが、決して彼女たちを何が何でも合格させるため、あなたにお願いしたわけではございませんのよ……?」
いや、何が何でも成功させなければ共倒れになる。
だから、マクシミリアンが知り合いを頼って探してくれたのだが……クインシーは、一回のレッスンに多すぎるほどの金額を渡されているといっていた。
マクシミリアンが世間知らずだから、相場とかけ離れた金額を渡した……のではないだろう。
宰相の息子さんということもそうだし、子供の頃からリリーティア本人の欲しいものをあれこれ買う羽目になっていた、財布みたいな人だったのよね……そんなこともあったから、損をしないよう、しっかり相場の把握をしているはず。
だから――マクシミリアンがとても多く支払ったというのは、わたくしとハートフィールド姉妹を必ず合格させるように、という意味を込めて支払われたもの……あるいは、彼の評価がその額 (いくらだか知らないけど)を支払うに値したということだ。
事情も知ってしまった今――重圧と責任が、彼の心にずしんとのしかかっているだろう。苦い顔をして、小さく唸っている。
「――今更ですが……内情を聞いていないまま承諾したあなたにとって、完全に想定外でしょう?」
「……ええ」
沈んだ声に迷いを感じる。
もしかすると、彼のほうが無理な案件だと感じても、お金受け取ったし、次のレッスン予約も入れられちゃったしで、断ろうとは言い出せないのかも。
でも、調整が文化祭に間に合わなくてもクインシーのせいじゃない。
一ヶ月近く猶予があっても、彼女たちにレッスンが出来るのはごく僅かな時間だ。しかも、わたくしだって飲み物用の調合試作もある。ずっと動向を見守っていられない。
だから、クインシーが悩んでいるなら、こちらから引き出してみよう。
「……クインシーさん……自身の学業に力を入れなければならないのに、こちらへの協力は日数的にとても厳しい依頼でしょう? 精神的にも強い負担が続くのではないかしら。それに、もしわたくしたちが学院を去ることになった……と耳にしたとき、あなたはご自身を責めて、音楽の道を閉ざそうなんて考えられては困ります。マクシミリアン様にはこちらから……そうですわね、わたくしが気に入らなかったとか、そういった形で話しておきます。ですからここで手を引いてくださって構いませんわ。お代はそのままお納めください」
この話は他言無用に願います、と口元に指をあてて念押しすると、クインシーは何も言わずにわたくしを睨むように見つめたままだ。
「……もし承諾した場合……君たち、どうするの」
「まあ、なんとかします。出し物の時間変更とか、やりようはありますもの」
あるいは本当に飲み物渡しながら歌ってもいいし。わたくしは歌わないけど。
「……とにかく、そういうことですので……」
これ以上話していると、クインシーもモヤモヤ悩みそうだし、何より買い物の時間も無くなってしまう。
退学がかかっているときに薄情なようだが、わたくしも彼女たちの事で時間を費やしている。休日の数時間、自分のことにちょっとくらい時間を使うことは悪くないはず……。
「――クインシーさん、ごきげんよう。今回の話、互いになかったことに致しましょう……いつか舞台や音楽会で、あなたの名を聞くことを楽しみにしております」
立ち上がってテーブルに置かれた伝票を手に取った瞬間、その手をクインシーが上から握りしめて『待って』と鋭い声で留める。
「――……待って。そんな一方的に、切り出さないで」
「……」
余計混乱させてしまっただろうか。クインシーは泣いてしまうんじゃないかというくらい不安そうな表情になり、首を横に振る。
「オレは、まだ何も自分の意見を言ってない……」
もう少し考えさせてほしい、と言いながらわたくしの手の下にある伝票を引っ張り出すと……『あと、これは自分で払うから』と言って手の中に握りしめた。