【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/117話】


 割れた破片を(アルベルトが)片付けている間に、わたくしはアリアンヌと一緒に散らばった荷物を拾い集めていた。ちなみにジャンとクリフ王子は手伝わない。

 きついことを一人でやらせて、ごめんなさいねアルベルト……。


「もう、街中で転んで恥ずかしい……! すみません、お手伝いして貰っちゃって……」

「目の前で転ばれては、手伝わないわけにはいかないでしょう?」


 割れたのは香水瓶だけだったようだが、缶に入ったお茶、小さなアクセサリーが入った袋、本、文具、などなど……随分詰め込んだわね。文具とかはいつも使ってるものっぽいけれど、必要だったのかしら……。

「ふぅ……これで終わりかしら」

「これ、落としたよ……」


 あらかた拾い終えて息を吐いたとき、目の前にピンク色の箱が差し出される。


 拾ってくれたのは――……なんと、さっき別れたクインシーだ。


「あら、クインシーさん……どうしてここに?」

「頼んでいたものを引き取って、出てきたら……凄い現場に遭遇して……」


 クインシーは小脇に抱えた無地の包み紙に……これだというように視線を向け、苦笑いする。


 確かに、あんな面白いように転んで荷物をぶちまける人は早々いない。


「あっ、これ、私のです……! ありがとうございますっ!」


 凄い現場の張本人、アリアンヌが顔を赤らめながらクインシーから箱を受け取り、愛想笑いを浮かべた。


 すると、クインシーは特に何も言わずにじっとアリアンヌを見つめている……。

……あ。これは、出会いの瞬間なのでは……?


 なるほど、アリアンヌルートだと速攻リリーティアを見つければ、クインシーも芋づる式に引っ張り出せる……? いや、もしや固定イベント?


 どっちにしろ、これでうまいことアリアンヌに惚れてくれたら……きっとアリアンヌ陣営の人間になるだろうし、一応クインシーの方向性は決まったようなものよね!!


「どうかしたか……?」


――げっ、そういえば、クリフ王子もいたんだった!!


 見つめ合った二人に敏感に反応したのか、こっちに来ようとしているじゃない! まずいわ……いや、まずいことはないわよね……でも、クインシーが……。


「なっ、なんでもございませんのよ! 今日はあなたにお目にかかるなんて……お買い物の最中だったのかしら?」


 ごめんなさい、クリフ王子。ちょっと二人の邪魔をさせていただくわ。


 アリアンヌの側に来ようとするクリフ王子の前に立ち、ご挨拶してみた。


 当然クリフ王子は『貴様に聞いてなどいない!』といつもの大音量で答えるが、強化合宿に行くために必要そうな物を買いに来たのだ、と面倒くさそうに答えてくれる。

……さあ、クインシー、思う存分アリアンヌに一目惚れでもしていてちょうだい。


 あなたがここで頑張ってアリアンヌに落ちてくれないと、こちらに影響が出たら困るのよ。


 ライラとか、あなたを『素敵な人』だって評価を下していたんだから。惚れちゃう前に、なんとか……傷が浅く済むような口実を作らせてちょうだい!


 などと思いながらも、わたくしはクリフ王子に話しかけ続ける。


 好感度なんて皆無どころか、マイナスに突入していそうなわたくしたちである。

 お互いの間になんとな~く、嫌な雰囲気が流れていた……。


「強化合宿、皆様ご参加なさるとか……。二週間も留守にされて、公務に差し障りは出ませんの?」

「――ふん。そんなことを指摘されずとも、予定は全て調整済みだ。貴様こそ、文化祭の準備で休む暇もないとか。共に出店する奴らも評価点ギリギリだそうだな」


 そんなことを言い出したので、わたくしは素直に『あら』と驚き、クリフ王子も怪訝そうな表情を浮かべる。


「あなた、わたくしの周囲を随分詳しく調べていらっしゃるのね……驚いたわ。ええ、確かに間違っていない情報なのですが……全く興味が無いと思っておりましたので、意外です」

「なっ……。ふざけるな、貴様のことに興味などあるものか! 周囲が面白おかしく僕に報告してくるんだ! そんなことより、残ることができるかどうかも分からない恥ずかしい点数を取るな。僕が余計恥ずかしくなる!」


 周囲が、と言っても……まあ確かに、トップ30(学科別、総合共検索できる)はあるし、検索すれば人の評価点も分かるみたいだし……知られても変なところはないけどね。


「ええ。日々努力しております」

「日々努力してその程度とは、才が無い証明じゃないか。マクシミリアンにわがままを言って、出来もしないことをやろうとするからで――……」


 おっと、日頃の鬱憤が溜まっているのか、クリフ王子はだんだんとわたくしに対する意見が多くなっていく。


 この人と仲睦まじくお話しした経験が一度も無い。わたくしが我慢すれば良いんだろうけど……。


「そもそも、外見以外に何の取り柄もない貴様に、何が出来るというんだ?」

「……そう言われると、そうですわねえ……」


「そうですわねえ、って……貴様のことだぞ!? ダンスも踊れず知識も乏しい、武器は扱えない。何が伸ばせるというんだ」

 おお、たまには良いことを言うわねクリフ王子。


 確かに、リリーティア・ローレンシュタインという娘は貴族社会の人間としては、ポンコツの極みだ。記憶喪失、失踪、特技・教養のなさ。絶望的である。


「……あなたから見て、過去の……12歳程度までのわたくしに、得意そうだった事って何か思い浮かびますか?」

「なん……12歳……そんなこと、僕が知るわけないだろう。マクシミリアンにでも聞け」

――……あらやだ。マクシミリアンより自分の婚約者のことをご存じないの……?

 わたくしが急に静かになったので、クリフ王子は『なんだ』と一応聞いてみたものの、わたくしがいいえ、と首を横に振ったので話はそれで急に終了してしまった。


「――……殿下、処理完了致しました……」


 疲れた顔のアルベルトが話しかけるタイミングを待っていたらしい。わたくしと彼の間に入って、クリフ王子もああ、と頷く。


「アリアンヌ、そろそろ行こう。嫌な奴と会ってしまった」


 それはこっちも同じよ。相変わらず一言多いわね。


 アリアンヌは『はーい!』と返事して、わたくしの側をすり抜けるとクリフ王子の横に並び、お姉様も……? と期待半分という感じに声をかけてくる。


「いいえ。わたくしも買い物がございますので、失礼致しますわ」


 それだけで、アリアンヌは何かを感じ取ったらしい。

 ニコッと可愛らしく、そして分かってしまったという顔をして頷いた。


「それじゃお姉様、また夜にでもお話ししましょうね!」

「わたくしが疲れ果てていなければ、そう致しましょう」


 アリアンヌ達はそのまま帰るか馬車で……と思いきや、手近なお店に吸い込まれるように入っていった。そこ、インテリアの店っぽいですけれど……強化合宿に必要ありませんわよね……。


 とりあえず、邪魔が入ったが……そうだ、クインシーはどうしただろうか……と思ったが、彼は申し訳なさそうに佇んでいた。


「あら、ごめんなさい。途中で人と話し込んでしまって」

「いえ……それより、さっき話してた……」


 おっ、アリアンヌの事かしら? いいわよ!

 わたくしがわくわくしながら次の言葉を待っていると――……。


「……みんな、評価点がギリギリ、って……本当?」

「……えっ?」


 思わず聞き返してしまったが、わたくしに評価点のことを尋ねたクインシーの顔は真剣だった。



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こめんと

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