レイラの事は気になるが、きっと『お人好しすぎると痛い目を見るわよ』というような感じだろう。
確かに痛い目には遭いたくないけれど、物理的に遭いそうだったら、隣のドーナツお兄さんが嬉々としてなます切りにしてくれるだろう。そうなったときに止められるか分からないけど。
――……さて、と……。そんな物騒なことを考えてちゃいけないわ。
今度はわたくし自身のお買い物などを思う存分楽しもうと思う。
なにせ、アリアンヌたちが一週間後から強化合宿でいなくなる。
確か……白兵学科だから海に行くんだったと思う。水着がどうとか言っていたもの。
そう。アリアンヌだけじゃない。クリフ王子もマクシミリアンも強化合宿に向かうのだ。
もう既に評価のクリアラインは超えているというのに、まだ頑張ろうっていうのか。意識高い人たちは違うわぁ。
まあ、そのおかげでわたくしはレトと数日、二人っきりの旅行というキャッキャウフフイベントが発生するのだ。
多分ここアレね、アリアンヌとかリリーティア、どっちでも現時点で一番好感度が高い人とか、あるいは『誰と過ごす?』みたいにキャラの名前選択肢とか出るタイプ……!
わたくしはレト以外の心配がないわ。アリアンヌもきっとクリフ王子でしょうし……。学科が違うイヴァン会長や、そもそも学校が違うクインシー推しの方はただのスキップイベントね。
……あら? そういえば、無印版の攻略キャラだいたい出ていないか。
わたくしはふと、今まで出てきた無印のキャラを指折り数えてみる。
クリフ王子……これはアリアンヌが頑張っている。いわゆるメインルートよね。
マクシミリアン……中立だけど、わたくしにも気を配ってくれている。
セレスくん……魔界陣営。無印版であった『アリアンヌ覚醒イベント』は、絶対今作もこの人が関係あるはず。
アルベルト……顔グラ有りモブ、幻の大出世。でも攻略キャラじゃ無いっぽいのよね……。
イヴァン会長……どちらの陣営でもない……けど、キャラ改悪でヤンデレに爆誕した。わたくしたちの事情はレトが話したみたい。それでいて変わらぬ態度なので、敵ではないと思いたい。アリアンヌと彼は、あのイザコザのせいでこれ以上進展は望めそうにない……。
クインシー……まさかの学校違い。今後に期待だけど、少しキャラ変されてる気がする。ぽそぽそ喋って、表情が豊かなのは少し可愛いと思った。そういえばすごいイケボになってたわ……。
だから……クリフ王子、マクシミリアン、イヴァン、クィンシー……が出ているから、あとは転校生 (だったはず)のガイハ……で、無印の攻略キャラ達は全員出てくるわね。
転校してくるとすれば、前期が終わったタイミングか、二年目以降か。
彼もどんな感じで変わっているのかしら。わたくし、ガイハのシナリオわりと好きだったのよね……。
「……随分静かだが、またろくでもない考え事か?」
わたくしが無印版の思い出に浸っていると、隣を歩いていたジャンが呆れたようにわたくしの顔を横目で見ていた。
「あら……ろくでもないなんて心外ですわ」
「ろくでもある考え事していたように見えねえからな。だいたいこういうときは、男のこととか考えてんだろ」
「ちっ、違いますわよ……!」
ぐっ、こいつ鋭いな。見事に当ててくるあたり、良く人の行動を見ているというか……詐欺師でも生計立てられるんじゃないかしら。
「あんたがいない間、おれは寂しいお留守番だよ。こっちでのんびりすることも出来ねえしな」
その気になれば、エリクやノヴァさんとディルスターやアーチガーデンに行けば良いのに……と思うが、わたくしの護衛なのに、一人でフラついているのを帰省中の誰かに見られでもしたら大変だからだ。
「お可哀想。畑の手入れでもなさったら? 興が乗らなくとも、途中からなかなか楽しくなりますわよ」
「それもいいかもな。農具に慣れておけば、いざという場合も通常の武器より狩る効率が上がりそうだ」
わたくしはそういう意図があったんじゃないのに。
戦うの止めてばかりだから、きっとジャンに我慢の限界が……殺戮に飢えているのだわ……。
「……まあ、二日くらいですから……」
「その間、何が起こるやら。おれは知らねぇからな」
「あなたが『知らねぇ』っていうとき、あまり穏便に済んだ試しがありませんので、そういうフラグは立てないでくださる?」
「へぇ? そりゃ面白い」
「なんっにも面白いことなんか……」
と、わたくしとジャンがいつものように話しながら歩いていると……前方で、大きく手を振っている女の子が……。
「おねえ~さまぁ~~!」
「…………そういえば、あの子も買い物に行くと言ってましたわね」
前方から駆けてくるのは、何やらいろいろ押し込まれたバッグを両手に抱えたアリアンヌ。
そのもう少し後ろには、げんなりした様子のクリフ王子とアルベルトの姿があった。
男二人は紙袋を両手にいっぱいぶら下げている。男の子がそんなに買い物するかどうかは分からないけど……アリアンヌ、まさかめちゃくちゃおねだりしたのでは……?
「お姉様~!」
めっちゃ笑顔だ。かわいいけど、今あんまり会いたくなかった……特にあなたの後ろの人とか……。
「……来る道を間違えてしまったようですわね」
「そうだな」
これにはジャンも同意したが、もう捕捉されているのだ。
諦めたわたくしが胸の前で軽く手を振ると、ぱああっ、とアリアンヌの顔が輝き……呼ばれた子犬みたいに、バッと走ってくる。
「ちょっ、そんなに走っては……!」
転びますわよ、と言おうとした瞬間……アリアンヌが石畳につまずき、物があふれ出しそうだった鞄が宙を舞う。
「あ」
そう短く声を発したのはジャンだったが、鞄をキャッチしようと動く気配はない。むしろ、わたくしの腕を引き、自分の背にかばう。
なぜなら……アリアンヌの鞄から何か……多分化粧品とか雑貨だとか、そういうもの……が飛び出してきたからだ。
「あぁあ~~……!」
つまずいたアリアンヌは、そのまま体制を立て直――せず、べちゃっ、と石畳に転んだ。
それとほぼ同時に、ガラス瓶が幾つも硬い石畳に当たって砕け、中の液体が地面を濡らす。
花のような香りが周囲に広がったが、濃縮されたキツイ匂い。どうやら割れたのは香水瓶のようだ……やっちゃったな、アリアンヌ……。
鼻が痛いくらい香水の匂いがキツイので……ジャンが口元を押さえながら『生きてるか』と倒れたアリアンヌに声をかけた。
「……かなり死にたい感あります……人前で激しく転んで……香水もぶちまけちゃった……みんな見てますし……」
のそのそ起き上がってきたアリアンヌは羞恥に顔を赤くして、悲しげに割れた香水瓶を眺め、ため息を吐いた。