振り返ると、そこに立っているのは青緑っぽい髪の色をした、グレーのブレザーを着た男性。下も同じ色合いのズボンなので、見たところ制服……だと思うんだけど。
彼が手にしているメモは陽に透けて、紙の裏からここに来るための地図……らしいものが確認できる。それを見ながら来てくれたことと、マクシミリアンの名を出したということは……。
「ではあなたが、マクシミリアン……様の?」
人前なのでマクシミリアンのことも呼び捨てではなく敬称を付けるが、本来は人前ではなくてもそうするべきなのよね……。
「ああ、良かった……無事に合流できて。グラッドストン音楽院からやってきた、クインシーと申します。今日はよろしくお願いします」
「……クインシー?」
思わず聞き返してしまったが、彼は何の疑問も持たず、ハイと返事をして首肯した。
わたくしの記憶が確かならば、クインシーといえば、無印版の攻略対象だったはず……髪色……ちょっと変わったのね。確かに言われてみれば、クインシーかな……という感じはある。
というか、一番変わったのが学校って……接点が少なすぎやしませんか?
アリアンヌルートだと、どうやって出会うのよ。文化祭の後?
「よ……ようこそ、クインシーさん。わたくし、リリーティア・ローレンシュタインと申しますの。このたびは、依頼を快く受けてくださって……」
本日はお願いしますわね、と礼を述べると……クインシーは大げさに手を振って、こちらこそ、と愛想笑いを浮かべた。
◆◆◆
……まさかのクインシーが、レッスンの相手とはね。
わたくしは彼の歌声を聞きながら、そういった感想を抱いていた。
ちなみになんで歌っているのかといえば、自己アピールが苦手なので、歌唱力を聞いて判断して欲しいということだそうだ。いろいろ言葉を交わすよりまず実力を見て欲しいって事なのね。
しかし……わたくしの知っているクインシー(無印版)は……ちょっと話しづらいところがある、アリアンヌの同級生だ。
一応パーティ編成も出来るから連れ歩けた。攻略対象は出会ってイベントこなせばパーティに編成できたんだけど、彼のメイン武器は弓だった気がする。
クインシーを推すピュアラバガールは、結構多かった印象がある。
仲良くなっても素っ気ない接し方をするクールな子……という印象だったが、EDで実は入学で彼女に一目惚れしてから、卒業までずっと想っていた……ということが判明する。
それを押し隠し、ずっと胸の内にしまっていた恋心。
他の男子が彼女と仲良く接するのを見かけては、きっとモヤモヤしていただろう……なのに、興味ないね的に接し続ける、という素直になれない、いじらしいところがガールたちにとって沼なのだろう。
――それが、ニコッと微笑んで、見ず知らずの女の子に歌を教えているんですよ……。
わたくしがもしもクインシーを好いていたピュアラバガールだったら、やはり暴れていると思う。
アリアンヌルートより、リリーティアルートのほうが登場が早いなんて、クイアリ(クインシーとアリアンヌのカップリング)派にとっては美味しいのか美味しくないのか……。
などと考えながら、わたくしとジャンは教室の端に椅子を持ってきて腰掛けると、練習をボーッと眺めていた。
歌はどんなものを知っているのかという問いに、姉妹はタイトルは知らないと首を振る。恐らくサビの部分を歌うと、何か分かったらしいクインシーは、遊牧の歌と微笑んだ。
「遊牧なの? そう言われると確かに、牛とか羊とか歌に出るわね……」
「あのあたりの牧畜が盛んだった、古い歌。若い人なのに、歌えるのか……その歌は、どこで教えて貰えたの?」
クインシーのほうが感心して、逆に聞きたがっているくらいだ。
しかし、その質問はいけないわ! 彼女たちのお約束事、プライベートには触れない……に含まれますのよ!!
「――あの、クインシーさん。牧畜の歌はともかく……」
わたくしが慌てて口を挟むと、レイラが『母から聞いたわ』と普通にクインシーへ答えていた。
「母もおばあさんから聞いたとか、そういう感じみたい。あたしたち、歌をほとんど聞かないで育ったから、これしか知らないのよ」
「そう……」
クインシーはそれ以上踏み込まず、どんな歌を覚えたい? と姉妹に問う。
うーん、と唸って悩みながら、レイラとライラはそれぞれ顔を見合わせる。
「……親しみやすい歌?」
「……覚えやすい歌?」
二人の口からはそういった言葉が飛び出し、クインシーはうんうんと頷く。
「――なら、結構有名な……『戦乙女の鼓舞』はどうだろう。よく式典なんかで演奏される曲……」
そう言いながら鼻歌でメロディーを聞かせると、ライラの顔が明るくなった。
「あ、それ知ってます! 音だけ!」
「……これ簡単そうに聞こえないけど。軍で歌うんでしょ?」
なんでも戦乙女のナントカとか作ってしまう国だから、そういう歌も作っちゃったんだろうなあ。タイトルだけはかっこいいのに。
「ジャン、知ってます? 今の曲……」
ひそひそと隣に座っているジャンに尋ねると、彼も『あー』という、どうでもいい~って感じの返事が口から漏れた。
「軍の奴らはこの歌好きだからな。この国の奴なら、だいたい聞いたことあるだろ」
わたくしは聞いたことがない。まあ軍と縁の無い生活だったもの。
もしかしたらピュアラバリメイクのサントラが発売されるなら、そこに収録されるかしら。
「……国民的な歌ということなら、まあ覚えていて損はありませんわよ。あなたがた姉妹がいつか魔奏者として開花すれば、絶対に強要されるでしょうし……」
すると、レイラの顔が曇り……そういうことになるのかしらと呟いた。
「気が進まないようなら、別の曲に――……」「い、いいわ。それを今日は教えてちょうだい! 次の機会に、別の曲を教えて貰うわ!」
「え? 次の機会も……って話、だった……?」
聞いている話と違うぞという顔をするクインシーと、次もやりなさいという圧を見せてくるレイラ。
「そ……それはよろしい、ですけど……来週はわたくしの予定的に無理なので……」
「あたしたちが勝手にレッスンするから、ね、来週でもいいでしょ!?」
勝手にって……ちゃんと教室の使用許可とか取れるのかしら。レッスン代だってまだ交渉してないんだけど……。
様々な心配をしていると、クインシーは『お代のことなら心配しなくて……良いから』と静かに告げる。
「マクシミリアン様より、多すぎるくらいの額をいただいているので……むしろ、何回かに分けてくれるなら、ありがたい……」
――うっそ。マクシミリアン、もうお金出してくれたの?
ああ、もしや前払い制だったのかしら。だとすれば悪いことをしたわ。
お金の心配はしていないけれど、後できちんとお返ししなくては。
「クインシーさんの予定が合えば、わたくしからもよろしくお願いしたいわ。彼女たちも良い刺激になるでしょう」
「……ありがとう、ございます」
たどたどしくも聞こえるような、淡々とした口調で礼を述べられ……ほっとしたような表情を浮かべたクインシー。
うーん。喋りを淡々とさせて、表情でそれを補う……っていうのはなかなか良いと思う。ちょっとこれはクインシーの別の魅力を引き出した感あるわ……。
わたくしが承諾したのを見て、レイラとライラも喜んでくれている。
結果的に彼女たちの成長に繋がればそれでいいのだが……。
「それじゃ、今日のレッスン、始めます……」
軽く礼をして、最初にクインシー自身が『戦乙女の鼓舞』を聞かせるために歌い始めるのだった。