【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/111話】


「……ひっどい! みんな、よく知らない人の悪口ばかり言って、面白いんでしょうか! しかも、よりによってお姉様のっ……! もうほんと許せません!」

 クリフ王子の取り巻きによって気分を害してしまったのは、わたくしではなくなぜかアリアンヌなわけだが、わたくしのために怒ってくれてありがとうとねぎらうと、めちゃくちゃ嬉しそうに笑って、わたくしに抱きついてくる。


 最近この子、良く抱きついてくるわね……。


「お姉様、私が付いてますからね! あんな人たちに負けない! ああ、お姉様……相変わらずお綺麗……間近で見て、骨抜きにされちゃう人の気持ちが分かりますぅ……」

 なかなかに美少女が発して良い言葉かどうか……疑問の残るコメントをくれるアリアンヌ。それを薄気味悪く見守るジャンとマクシミリアン。

「アリアンヌ嬢と殿下が、もう少し大人しくしてくれたら良いと思うんだが?」

「えー? 普通の人から見て、私とクリフォードさまは、仲の良いお友達だと思える関係じゃないですか?」


 どこがだよ、という顔をするマクシミリアン。


 それに……アリアンヌはわたくしに抱きついたまま、耳元で『私、クリフォードさまと親密になるために頑張ってるのに、マクシミリアン様ったら鈍い方ですよね』と呟き、ふふっと笑っている。


……お可哀想に、マクシミリアン。胃薬そろそろ無くなる頃かしら。新しく買っておくわね。


 既にお疲れの様子のマクシミリアンと、どこかから殺気を感じたと騒ぎ出すアリアンヌを引き連れ、わたくしはカフェに足を運ぶことにした。

 ◆◆◆

「――というわけで、彼女たちに初期投資が必要なんですの。マクシミリアン、比較的庶民的で、歌を聴くことが出来る施設などはご存じないかしら?!」


「……歌を聴くのに庶民的で、というのは酒場があるが……君たちのような女性かつ未成年が行ったところで酔っ払いに絡まれるだけだぞ」


 目の前に宝石のように並ぶ、美味しそうで小ぶりなスイーツ皿たち……。


 それらに目を輝かせる暇も無く、わたくしはハートフィールド姉妹のため、マクシミリアンに音楽を聴くのに良い場所がないか聞いているわけだ。


 目を輝かせながら一口大のフルーツタルトや、ストロベリームースのケーキなどをひょいひょいと幾つも皿に取っているのはアリアンヌ。


 たまにこちら側に視線を向けるので、こちらの会話を無視しているわけではないようだ。だが、先ほどまで顔を真っ赤にして怒っていたのに、すっかり機嫌が直ったようだ。良かったわ。


 このスイーツ達はビュッフェタイプのように自分から取りに行く方法ではなく、頼めば大皿二つくらいに乗って運ばれてくる。


 しかもここは個室なので、まわりを気にせず好きなものを好きなだけ食べていいわけだ。


 甘い物が好きではないジャンにとっては地獄の光景なのか、既に胸焼けでも起こしていそうなげんなりした顔をしていた。


 皿にケーキを取ってあげようと手を伸ばしたアリアンヌのおでこを叩き、おれはいらないと言って断っている。


 ふかふかの椅子はとっても座り心地が良く、プライバシーも保たれる個室があって、デザートも紅茶も美味しい。


……このカフェ……サロン? は、最高に良い。

 紹介してくれたのはマクシミリアンだが、わたくしとても気に入っているわ。

「歌……お遊戯の歌ではなく、いわゆる詩人さんが歌うような、大衆向けの歌……って事ですよね? 専攻学科の人のほうが余程詳しそうなのに……」

「専攻学科でも、わたくしのような錬金術初心者もいる場所ですもの。今まで歌に触れる機会が無かっただけでしょう」


 ごめんなさいね。錬金術初心者、というところは当然ながら真っ赤な嘘よ。


 素材があれば、だいたいの物……無印版の調合レシピがリメイクでも生きていたものはもう全部作ることは出来るし、レシピ部分を改良して別の素材を当てはめて、応用を利かせることもできる。


 それくらいの上級者だが、その事実を知っているのは――ここにいるジャンだけだ。もしかすると、ジャンだってわたくしとレトの錬金術の腕は、どの程度か分からないかも。専門外だからね。


 なので、わたくしが会話の中でサラっと『初心者です~』みたいなことを言っても、誰も突っ込まない。マクシミリアンもアリアンヌも真面目な顔で頷くだけだ。


「歌劇を観に行っても、三人分の入場料を払うなら……歌学生でも一日雇った方が良いだろう」

「歌学……このあたりに、そういった学校などありましたかしら……?」


 そう疑問に感じながらフルーツタルトを口に入れる。

 ベリーやオレンジ、りんご……いろいろな味わいがとろりと舌の上に広がっていく。やだ、とってもおいしいわ……。


 わたくしと同じようにタルトを口にしていたアリアンヌも同じように微笑んでいた。


「学校のことは分かりませんが、デザートがすっごく美味しいことは分かります~!」

「そうか……喜んでいただけて何よりだ」


 アホの子みたいな発言をするアリアンヌに、冷えた相づちだけ返すマクシミリアン。そういえば、うっかり連れてきてしまったけれど……アリアンヌ別に関係ないものね……。


「大聖堂から南の方に五分ほど歩いた場所に『グラッドストン音楽院』がある。確か、そこは……舞台芸術に力を入れていると聞いた」


 音楽は門外漢だからよく知らないが、と申し訳なさげに告げられたが、いいのよそんなこと。教えてくださるだけでありがたいものだし、わたくしたちローレンシュタインの娘達なんて、音楽なんかからっきしなのよ。


 そう言ったらきっとマクシミリアンに頭痛か目眩が起こるだろうから、言うのはやめておくけど。


「しかし、グラッドストン……聞いたことがあるような」

「国内でも指折りの名門だ。どこか見聞きしたことはあるだろう。知人をたどれば、歌学生を紹介することも出来ると思うが……?」


 やっておこうか、というニュアンスを込めた響きに、わたくしは頷きかけて……やめた。


「一応、彼女たちにも相談しておきたいわ。わたくし一人で決めることは簡単ですけれど、勝手に連れてきて歌を覚えなさい、とは横暴じゃございませんか」

「……俺をしょっちゅう連れ回しては、頷くまでわがままを言い放っていた君の口から、そんな思いやりのある言葉が聞けるとは……夢のようだよ」


 マクシミリアンは肩をすくめ、小さく笑ったが……冗談じゃなくてこれは本当にあったことだし、彼の素直な感想なんだろう。


 何せ魂? 精神? ……とりあえずそんなやつが違うんだもの。


 綺麗さっぱり本来のリリーティアの記憶が無いのだから、入れ替わる前までのリリーティアの悪逆非道さなどわかるわけがない。わからないから余計怖い。


「とっ……とりあえず、明日、彼女たちに相談してみますわ!」

 おほほ、と誤魔化すように笑ってから、わたくしはできるだけにっこりと……マクシミリアンに礼を言って微笑んだ。




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こめんと

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