【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/108話】


 女の子に動じない謎の生き物、ジャンを放置し(女の子に囲まれて興奮することもなさそうだし、先生達も目を光らせているから大丈夫)わたくしとハートフィールド姉妹は向かい合い、お店業務の大まかな流れを書いた紙を見ながら話し合うことにした。


「とりあえず、わたくしが一人で良いと言った理由として、業務の少なさがありますのよ」

 ようやく話し合うのだが、彼女たちは『注文を受けて物を作り、対価を貰うだけ』……という、さほど手のかからない店の構造と業務の簡単さに、拍子抜けした様子だ。


「……こんなことしかしないわけ?」

「ええ。ですから一人で充分だと何度も申し上げましたでしょう」


 苦労しそうな点をあげるなら、事前に希釈用の液体を準備するのが忙しいくらいだ。しかも、それは錬金術のものだから、習得している者じゃないと出来ないので、彼女たちには手伝えない。


 これで彼女たちもしょうがないと諦めて引き下がる……なら、それはそれで良いだろう。


「で、でもっ、分担できる作業がありますよねっ? こことか……」


 予想通り、これで終わったりしない。

 ライラは注文を受ける・渡すというところを指して、手伝えそうだと告げた。


「そこをやっていただけるなら、わたくしは飲み物を作ることに専念できますから、大変楽になりますわね。ただ、複数注文があった場合、渡し間違えや作り間違えがないように気を配る必要がありますわ」


 他にも出店はあるのだし、わたくしのお店が繁盛するとは限らない。


 物を間違えないように渡すというのは、簡単なようで注意力が必要だし、それは……申し訳ないけどレイラにはできなさそうだ。


 かといって、妹のライラは……間違えたら『リリーティア様が全部一緒に渡すからいけないんじゃないですかぁ?』ってあっさり言ってきそうだし、不安しか残らない。もちろんわたくしの偏見でしかないけど。


「……わたくしのお店を手伝う……と仰るなら、互いに協力し合える関係じゃないと難しいです。突然どこかにいなくなられたり、お客さんと口論などに発展しては成功しません」


「口論だって、したくてするわけじゃないわよ。相手があたしの言葉を理解しようとしてないだけだもの」

「……おそらく、相手もそう感じると思いますわ。一応要求を聞いてあげてくださいな」


 すると、レイラは面倒くさいわねとぼやきながら、わかったわよと歩み寄りの姿勢を見せてくれた。


 わたくしのやることなすことなんでも反発して噛みついてくるクリフ王子とは全く違うわ。レイラは反抗期か何かが長いだけで、実はめちゃくちゃ良い子なのではなくて……?


 絆されかけたわたくしの横に、ようやく帰ってきたジャンが座った。

 なんか女の子に抱きつかれでもしたのか、香水のような匂いがふわっと漂う。


「あらやだ、知らない香りが付いてますわよ。いやらしいわね」

「そんなに嫌がるなら、あんたの匂いでもべったり付けておけばいいだろ?」


 顔色一つ変えずにそんなことをいうので、レイラとライラはぎょっとした顔をして、わたくしたちを見据えた。


「……違いますのよ、これはいつものやりとりで……」

「いつも、そういうことしてるわけですか……」


 また誤解が生まれようとしている。

 他のグループにも聞かれたのかもしれない。なんか、心なしか教室のざわめきが小さくなったような……。


「こうして軽口を叩き合うのが日課……みたいなもの、という意味なのですわ! 決してその、いかがわしい関係ではありませんの」

「…………」


 必死に手振りを交えて伝えてみるが、レイラは『あ、そう』と納得してくれたというのに、ライラの視線はあまり変わらない。


 ジャンはどっちに取られても問題ない、みたいに平然としているので、かえって信憑性が増しているのだろうか……。


「あなたが男とどうしようが、あたし達にはどうだって良いわよ。とりあえず、めんどくさいメニュー構成じゃなきゃ良いわ。飲み物にオプションでホイップ増量~とか」

「そういうことは致しません。味も変わってしまいますし、そういうことは他にお任せしますわ」


 工夫が足りないと思われても、まず失敗しない、が最重要課題になっているのだ。


「お店を協力体制でやるとして、わたくしが必ず守って欲しいのは、お客様に暴言を吐かないこと、担当する役割は自分で責任を持つこと、分からないことがあったら必ず相談するという三点です」

「えー、多くない?」


 ライラがすかさず文句を言うが、どれもちゃんとした意味のあることだ。


「お客様 (余程横暴じゃない限り)は興味を持ち、そのお店に来て対価をお支払いしてくださるわけです。互いに気持ちよくやりとりしたいものですわよね。何でも言うことを聞け、というわけじゃありませんわ。とりあえず愛想笑いで対応し、敬語を使って、お釣りは投げずにお渡しすればそれだけで問題が相当数減るだけですわ」


「お釣りのお金が汚くてベタベタしてるとかしょっちゅうなのに、客へそんな気を遣う店員なんか見たことないわよ」


……そうかしら。割とラズールだと……そんなことなかったけど。


「ジャン、彼女の言うこと、だいたい合ってるのかしら? わたくしあまりそういうこと……は、わからないわ」


 紙のお金を使わない世界だから、全部金貨とか銅貨なのよね。


 たまに銅貨にも緑青が浮いていることはあるけど、覚えているほど汚い感じのものばかりではなかったように思う。


 フォールズ中、あるいは他の国を回ったこともあるであろうジャンは、そういうところもあるかもな、とよく分からないニュアンスで答える。


 一瞬、ライラの表情がきつくなったが……ぐっと唇を噛んでそっぽを向いた。


「…………?」


 わたくし、気まずくなりそうなことを聞いてしまったかしら。


 どうしましょうかと考え始める前に『それで』とレイラが少し鋭い声を発した。


「結局、その三つの条件とやらを呑めば、あたし達と一緒にやるっての?」

「わたくしからのお願い事はそうなりますけれど、その前に……あなた達はどうかしら? ここだけはやってほしい、ということはありますの?」


 すると、二人はしばしの間無言になる。どうやら悩んでいるらしい。


 そのまま急かさず待っていると、スッ顔を上げてレイラとわたくしは見つめ合う。紫の瞳に、ほんの少しだけ警戒がある。


「……あたしたちのこと、深く知ろうとするのはやめて」

「……え?」


 レイラが業務じゃなくて個人的な要望を口にした気がして、わたくしはもう一度彼女に聞き返す。すると、やはり同じ言葉が発された。


「あなたの条件は……できる限り守るわ。そのかわり、コミュニケーションと称して、いろいろプライベートなこと聞いてくる奴は嫌いなの」


 ああ、どこ住み? 両親何してる人? 推しグッズどれくらい持ってる? ……とかそういうやつね。分かったわ。


 特に推し関連は危険オブ危険、地雷モノだものね。


 そこで無自覚、もしくは悪意のあるマウント合戦に発展し、人間関係に修復できない溝ができる……。

 まあそんなこと、この世界には……あるわ……指輪とか、指輪とか……。

「わ、わかってますわ! そのあたりは絶対触れませんから、安心してくださいな!」

「……ふぅん……そこで理由も、聞こうとしないのね。知りたがるかと思ってたけど、感心したわ」


 感心されるところなの? 今まで関わってきた人たち、余程嫌な奴だったんだろうか。


「あ、でも……嫌いな物は教えてくださいませんこと? うっかりそういった食べ物などを勧めてしまうと失礼ですもの」


「特異な物だったり、腐ってたり……生理的に受け付けない物じゃないなら、嫌いな物って言われて思い浮かぶ物なんかほとんどないわ。ライラのことも気にしないで」


 特異な物、って何かしら。まあ、生理的に無理……ゲテモノ食とか?


「わかりました。ライラさんから何もなければ……――」


 そう言いながらライラに話を向けるが、彼女は首を横に振る。

 レイラの言った条件の他に異論はないということみたいだ。


 わたくしは頷いて、彼女たちに右手を差し出す。


「――……お店、一緒に頑張りましょう?」



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こめんと

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