【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/107話】


――その学科の時間も、嫌だなあと思っているとすぐにやってきてしまった。


 アリアンヌが心配そうに何度も『本当に大丈夫ですか? 一緒に教室まで行きましょうか?』と聞いてくるが、ダメだといったところで状況が変わるわけでもない。


 気遣ってくれるアリアンヌに大丈夫だと言って教室を移動した。



 学科の教室に到着して中を覗くが、まだあの姉妹は来ていないようだ。


 わたくしはそのままイスキア先生のほうへ行き(教室を開放する都合もあるのか、先生は誰よりも早く教室にいるっぽい)文化祭に失敗したら補習もあるのかとこっそり聞いてみた。


「そんなのあるわけないでしょ~? その代わり週末に依頼が出ているんじゃないかしら~」


 にこっと微笑む先生の顔は、相変わらず綺麗なのに評価点の談合なんて許さないような圧が出ている。


 わたくしがその圧に負けてたじろぐと、先生はなぜそんなことを聞いてきたのか理由を知りたいらしく、わたくしに優しく微笑むと、机の上に腕を組んで『どうして?』と身を乗り出してくる。


 ついイスキア先生の胸に目が行ってしまうわたくしだが、今日も先生はそんな薄着で大丈夫なのかしら。この世界の男子は、先生(NPC)がこんな格好をしていても気にならないの?

 あ、乙女ゲーだもの、攻略対象達はアリアンヌじゃないと反応しないのかも。

 あるいは……わ、わたくしとか? いいえ、ダメよそんな露出の高い服。


 興味はあるけど、見せて良い相手がどういう反応するか分からないし……、一人の時にこっそり着てみようかしら。


 とまあ、そういう事を危惧しない先生にいかがわしい目を向けてはいけないけれど、わたくしがいろいろと心配しちゃうわ。


「文化祭の出し物を、他の子達と一緒にやることになるかもしれませんの。でも、ちょっと……難しい方々のようで」


 わざと濁して伝えてみたが、先生は学科の時間あちこちのグループを巡回しているので、だいたい誰と話していたかも見ていたらしい。うんうんと頷き、聖母様のような慈愛を含んだまなざしでわたくしのことを見つめる。


「リリーティア様が一緒にやりたくなくて……相手を断れそうにもないなら、途中から先生が立ち会ってあげても良いのよ? それに、()()()()のことはアトミス先生にも一応聞いているの。魔奏者(まそうしゃ)の素質があるみたいだけど、歌唱力が上手く伸ばせていないみたい」


 魔奏者というのは、楽器を演奏したり歌ったりして、音の届く範囲の敵や味方に影響を与える職業らしい。後方支援担当なのね。


 確かに歌は聴いていて気分が左右されるし、能力に影響を与えるというのも頷ける。


 だが、魔奏というもの自体が珍しい能力であり、それを持っていても、伸ばすことが出来るかどうかは……初めての試みなのだという。


「魔奏者が歌ったり演奏すると、魔鉱石の一種に反応があるそうよ。アトミス先生の振るう指揮棒(タクト)、先端にその鉱石が埋め込まれているらしくて……淡く発光したから彼女たちの資質が分かったそうなの」


 ちなみにアトミス先生は魔奏者ではないらしい。


 歌唱の才能があれば、魔奏者ではなくとも歌唱で輝くことは出来る。


 先天性の資質と歌唱の能力が組み合わさってこそ輝ける存在になるだろう……ということなので、もし彼女たちが自分の能力を伸ばすことが出来れば、学院から初めて魔奏者が育つ……ということになり、戦地でも大活躍できるだろうということだ。

 ロボットアニメの歌姫的な存在ね……そういえば吟遊詩人とは違うのかしら。

「とにかく、頑張ってみますわね。彼女たちも後がないご様子でしたから……」

「ええ……。アトミス先生も難しい顔をしていたものね。今後毎週依頼を二つこなして、文化祭を成功させて……という前提じゃないと、本当にギリギリみたいなの」

 それは……わたくしより限りなくアウトなのでは……。

「あ~……でもね【文化祭】の出店の成功度によっては、点数だってボーナスとして加点できるから、大成功すると良いわよね!」


 それは良いことを聞いた。やはり先生とは仲良くなっておくべきだ。


 にっこり微笑んでお礼を丁寧に述べると……ちょうどあの姉妹がげっそりした顔で教室に入ってきた。わたくしを見つけた途端、あっ、という大きな声を上げる。


「先に行くなら前もって教えときなさいよ! あちこち探し回っちゃったじゃない! 時間の無駄だわ!」


 これだから貴族は気が利かないのよ、といきなり因縁(いんねん)をつけまくってくるが、妙な既視感を覚えてわたくしは彼女の顔をじっと見つめてしまった。

――……ああ、わがまま言ってくるところ、クリフ王子の態度に少し似ているからだわ。


 クリフ王子の面倒を見るのは御免被りたいところだけど、ほんとあなた美少女で良かったわね。性別と顔に感謝するべきだわ。


「――……何よ」

「一応、わたくしを一生懸命探してくださったのですわね。お優しいこと」


 こういう軽口を叩いたら、彼女どんな反応を示すのかしら?

 すると、レイラは白い肌をじわじわと紅潮させていき……バカじゃないの、と早口で言い捨てた。


「あた……あたしがっ、スムーズに進行できないと後の予定が狂って大変だからよ!」

「お姉ちゃん、白兵学科のところまで行って……お嬢様の妹にまで声かけてたんです」

「ライラ? あんた人間モップの刑にするわよ」


 容易にその刑が想像できるくらい、ストレートで残酷さを帯びた名前。

 ライラは何度か実行したことがあるらしく、アレは嫌、と言って首を振る。前下がりのボブカットが左右に激しく揺れた。


「わたくし、学科の際は早めに行こうと思っておりますので、今後何かあれば参考になさってくださいまし」

「なにが『くださいまし』よ。あたし達に声をかければ良いだけよ」


 教室が分からないというと、あんたのクラスの二つ先、イヴァン生徒会長と同じクラスよ、と言われた。


 イヴァン会長と同じクラスということも、クラスの場所も今初めて知ったわ。


「それは遠慮しておきます」

「なんでよ!?」


 イヴァン生徒会長と親しいでしょ、と言われたが、どこまで噂というのは広まっているんだ……。頭を抱えたくなるわね。


 それに、同じクラスだったら……イヴァン会長が出迎えてくれる可能性が高い。


 イヴァン会長が出迎えてくれるということは、また噂に巨大な尾ひれが付くということで……。


 それがマクシミリアンの耳に入り、指輪をしていないからだと指摘されて無理矢理日常で付けることを強要され、アリアンヌが悲しみ、クリフ王子が怒りだし、レトがクリフ王子の指輪を見て発狂し、魔王様に呼び出されるであろう。最終的にわたくしの身に何が起こるか分からないのだ。


 風が吹けば桶屋が儲かるというが、わたくしの場合は風が吹けば嵐が起きてバッドエンド直行便なのだ。そんな破滅への道を歩みたくない。


……そんなことを説明できないので、彼女たちへ『あなたがたが迎えに来るまで待ちましょうか?』というと、案の定レイラは嫌よ面倒くさい、とすげなく断る。


「ま、それはいいわ。あたし達のお店の話を始めましょうよ」


 と、手頃な席に歩み寄って椅子にどっかりと座るレイラ。

 スカートから伸びた、すらっとした足を組んで机に頬杖をつく。


 どーでもいいけど、あたし達のお店、って……もう決まっちゃってるじゃないの……。


 やる気はないけど付き合ってくれる……っぽいので、一応譲歩してくれているのかもしれない。


 あら、そういえばジャンが近くにいないわね。

 と探してみると……わたくしのお仲間であるはずのジャン氏は、既に女子グループに引っ張り込まれたんだか囲まれたんだか知らないが、女子に取り囲まれている。


 ジャンさんの好きなタイプどんなのですかぁ~? とか、文化祭は予定あるんですかとか黄色い声を受けまくっていた。やめておきなさい、ジャンが戯れただけで、あなたたちなんてあっさり毒牙にかかって、こんにゃくみたいになってしまうわよ。


 女子に囲まれることに慣れているせいか、嬉しそうなそぶりを見せないあの男は本当に何なのかしら。


 そういえば長いこと一緒にいるのに、あいつ何も教えてくれないから、ジャンの設定がいまいち見えてこないわ。孤高の傭兵なのか、それとも後腐れない遊びをするプレイボーイ的な立ち位置なのか、そのへんはっきりして欲しいわよね。


 わたくしの視線を受けていると気づいたジャンは、こちらに一瞬だけ視線を走らせ――……お嬢さん達に『おれは身も心も御主人に囚われているのさ』というフザけた言葉を発し、お嬢さん方のわたくしに対する敵対心(ヘイト)を爆上げしている。


 当然、お嬢さん方はゆっくりとこちらを振り返り……刺すような視線を向けてきた。


「……あの人、婚約者がいるのに他の男にちょっかい出してばっかりよね」

「ちょっと顔が良いからって……貞操観念も性格も最悪じゃない?」


 ひそひそ話しているようだが、ばっちり悪口聞こえてるんですけど。


 あなた方は知らないだろうけどわたくし、ちゃんとレト一筋だっていうのに!! レトも含めて、どうして誰も分かってくださらないのよぉぉーー!!


 という魂の慟哭は……悲しいかな誰にも伝わることはなかった。




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こめんと

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