【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/105話】


 翌朝、学院に行く準備を終え、最後に髪をゆっくりブラッシングしながら彼女たち……ハートフィールド姉妹に出会ったらどうするかを考える。


 彼女たちの評価やどんな人物なのか、などといった事は分からないけれど、その辺に詳しい子でもいれば良いな……アリアンヌあたりなら人脈もありそうだし、それとなく誰かに聞いてくれるかしら?


 ふと浮かんだ案は割と良いかもしれない……と思ったが、うーん、やっぱり……アリアンヌに頼りたくはない。


 貸し・借りを作るから……という狭い損得勘定ではなく、今よりもっと親しくなるような、心の距離が近しい間柄になりたくないからだ。


 ずっと、アリアンヌはわたくしのことを心を許せる仲として見てくれている(かもしれない)けれど……アリアンヌもわたくしも昔と変わらず、近付きたかったが近づけない、みたいな間柄のままでしかいられない。


 それくらいで良いのよ。自分とわたくしの正体が明らかになれば、辛くなるのは彼女だもの。だから、適当にのらりくらりと躱していけばいいか――と考えていると、軽快に扉が叩かれた。


 レトが魔具で扉の前に誰がいるのかをチェックしてくれているが、あの扉の叩き方だとアリアンヌだと思う。


 レトがこちらを振り返り、アリアンヌだよと言ったので、ブラシを置いて立ち上がると……レト達がささっと部屋に入るのを見てから扉を開けた。


「お姉様、今日は私と一緒に登校しましょう!」


 クリフ王子から貰った緑色のリボンをいつものように髪につけ、にっこりと微笑むアリアンヌ。さすがに正ヒロイン様なだけあって、とっても美少女である。


「よろしくてよ。わたくしもちょうど出るつもりでしたもの。ご一緒致しましょう」

「わぁ、やった! すっごく嬉しいです!」


 一緒に登校するってだけでこんなに喜んで貰えると、正直悪い気はしない。


 でも、その反応……男の子をデートに誘ってOK貰ったときの台詞じゃなかったかしら?

 最初の頃なんて、攻略キャラ達の好きなことがよく分からないから……『良いよ』って言われてアリアンヌと同じように一喜一憂してたものね。なんだか懐かしいわ。

「……? お姉様、なんで笑うんですか?」


 わたくしがほんの少し表情を崩したのを見逃さず、アリアンヌがそう指摘してくるが……ジャンに鞄を持って貰い、部屋の鍵を閉めながら『登校するだけで大げさね、と思っただけですわ』と誤魔化しておいた。

 ◆◆◆

「……ハートフィールドさん、ですか……?」

「ええ。一緒に【文化祭】の出し物をすることになるかもしれませんの。ですが、わたくし彼女たちのことをあまり存じませんから、アリアンヌさんなら何かご存知かと思いまして……」


 道すがら、かいつまんで姉妹との経緯を話す。


 アリアンヌは桜色の唇を、自身の指でプニプニと軽く押しながら『う~ん……』と小さく唸った。


「……レイラさん……のほうなら、ちょっだけ人から聞いたかもしれません」

「まあ! 差し支えなければ、どのようなことなのか教えてくださいませんこと?」


 勢いよくそのネタに食いついてくるわたくしに、アリアンヌはなぜかムッとして……嫌です、と不機嫌そうな顔をする。


「え……?」

「良い噂じゃないですし、それに、お姉様がそんなに……他の子に興味示すのも面白くないです!」


 私と仲良くしてくれないのに、他の子ばっかり……などと頬を膨らませて文句を連ねてくるアリアンヌ。


「あらいやだ、アリアンヌさん。彼女たちにやきもちですの? わたくしを相手にそんな顔なさるなんて、またクリフ王子が『アリアンヌをいじめた!』などと怒り始めるので止めてくださらない?」

「クリフォードさまが怒ったって、お姉様は全然平気じゃないですか。私もなんとかできますし、お姉様とクリフォードさまなら、時と場合で天秤の傾きが違いますけど……。困るのはマクシミリアン様だけですもん」


 アリアンヌの中では、わたくしのほうがクリフ王子より優先度高い場合もあるのね。それは申し訳ないことだわ。

 それより、あんなに頑張っているマクシミリアンの扱いがどこへ行ってもひどいのは何なのかしら……。お可哀想。

「そう仰らず。あなたに【文化祭】のお手伝いをこちらから頼むかもしれませんのよ」

「かもしれないって……確約してくれないと嫌です」


「そこまで良い情報持ってねぇくせに、条件を提示するなんてあんた図々しいな」


 おっと、鋭いジャンの指摘がアリアンヌに直撃した。


 わたくし、軽々しく承諾するところでしたのに。これがエリクの言っていた譲歩ラインの見極めという奴かしら、気をつけましょう。


「……言われてみたら確かに私の持ってる情報、重要なことはなんにもないですね……。わかりました、お姉様のためにお話しします」

「ありがとう存じます。嬉しいわ」

「は、はぅゎぁあぁ……!」


 営業スマイル的ににっこりと微笑んであげると、なぜかアリアンヌは可愛い子猫でも見つけたみたいな態度……抑えきれない喜びと好感がにじみ出たような表情と、おなじみの変な声を出して両頬を押さえていた……。


「――ごほん。ええと、レイラさんですけど……お姉さんのほうです、ね。ちょっと人に高圧的な態度を取りやすくて、気に入らないことがあるとすぐ怒っちゃう……そして言葉もキツいので、関わることがあれば気をつけた方が良いよって他の方から言われたことがあります」


 おおよそ、想像通りの……というかあのときの印象通りのことだった。


「なんだよ、それだけかよ。もっと何かねぇのか」

「ありませんよ。学科も違いますもん……むぅ……調べておきます」

「いいのよ、きっとわたくしのほうがよく会うことになりますもの。ありがとう」


 素直に礼を告げると、アリアンヌはぎこちなく頷いたが……どこか納得していない面持ちである。

 これは何か企んで……じゃない、考えているな。


「――いえ、私もっと調べます。お姉様に褒めて貰うまで探りますから!」

「い、いいえ。他のことにその労力は使ってください」

「私がお姉様のために頑張りたいんです!」

 いい、良くないという問答をしながら正面玄関を抜け、階段を上っていると……ざん、という効果音でも入りそうなくらい勢いよく、件のレイラが現れた。


「待っていたわよ、リリーティア様!」


 ちゃんと返事を聞かせて貰うわ、と言いながら階段の前で仁王立ちし、こちらを見下ろしてくる……のだが。


「……レイラさん、こちらから下着丸見えですわよ。護衛の目の毒なのでやめていただけないかしら」


 こちらは階段の一番下、あちらは一番上。その高低差ゆえ、ピンク色の可愛らしいものが見えているのだ。わたくしも気をつけなくては。

「えっ? ……ひゃあっ!? ばか、何見てんのよ! 許可もなくあたしのパンツを覗くなんて十年早いわよ!」


 バッとスカートの前を押さえて内股になるレイラ。当然恥ずかしいらしく、顔は真っ赤だ。


 ジャンの目を隠そうにも、彼の方が身長が高いので手を伸ばしても払いのけられる。


「あんなガキ臭いもんで興奮するわけねぇだろ、バカ」

「なんですって! あたしのどこがガキだって言うのよ!」


 こちらの会話にまで噛みついてくるレイラに、アリアンヌがなるほどと理解したように呟いた。


「ふん……リリーティア様の奴隷、朝から幸運だったわね。いいわよ。下着見えたくらい、減るもんじゃないわ。さ。昨日の返事を聞かせて貰うわよ」

「その話は今ではなく、学科の時間にしましょう。数時間お待ちになって」


 階段で話していたら、他の生徒の邪魔になるじゃないの。


 だが、レイラは今聞きたいらしく難色を示し、たかだか頷くだけで、時間なんかかからないわよ……とキレ始める。

「……ちょっと、レイラさん」


 わたくしが彼女を言いくるめてとりあえずやり過ごそうとしていた矢先、アリアンヌがわたくしの横をすり抜け、階段をカツカツ上がりながら、不機嫌そうな声音でレイラに近付いていく。


 たしっ、たしっ、と、一歩ずつ階段を踏みしめるアリアンヌ。

 長い金髪が左右にサラッサラッと揺れている。


 口調といい……なんか……怒りのオーラみたいなもので周囲が揺らいだように見えるんだけど……。

「……なによ?」


 当然、呼びかけられたレイラも反応してアリアンヌを睨む。


「お姉様を困らせるようなこと、しないでくれます?」

「はぁ?」


「お姉様はお優しいから、断れないことも多くて大変なんです。見たところ、今回も迷惑なんじゃないかと……お姉様を困らせるつもりなら、私が間に入っておこうかなーって」

「白兵学科の奴には【文化祭】のこと関係ないでしょ? 同じ学科同士で仲良くやろうってだけよ。邪魔よ、どきなさい」


 レイラもアリアンヌに一切怯むことなく……それどころか、わたくしのほうに強い視線を向ける。

 おそらく『なんなのよこの子!』みたいなことを言いたいわけだろう。

 慌ててアリアンヌの後を追うように階段を上ると……数段先にいただけのはずなのに、二人の美少女はわたくしのことで対立し、睨み合っていた。



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こめんと

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