【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/104話】

「……それで、リリーさんは……その方々とご一緒するおつもりですか?」

「一日考えさせてくださいと言って、なんとか逃げてきましたの。明日には即捕まって、承諾という返事を強請(ゆす)られるのでしょう。うん、と首を縦に振るまで逃がしていただけない気がしますもの」

 魔界での夕食を楽しみつつ、わたくしは今日のハートフィールド姉妹のことを皆に話した。

 ノヴァさんお手製の、魔界で採れたジャガイモ、ズッキーニ、タマネギのフライや葉物野菜のサラダ、とりあえず釣れたから持って帰ってきたらしい、見たこともない焦げたような色の魔界魚の塩焼き……など、どれも美味しそうなものだ。


「でも、学院に目や耳を上手く隠せている魔族がいたなんて驚きだよ。それで平気なら、俺だって通うことが出来たなぁ……」


 レトがわたくしの話を聞いた後、最初に呟いたのがその感想だった。


 彼がどれだけわたくしを心配しているか、というのも一応分かっているし、一緒に通学したりするのは悪くないが……レトとクリフ王子が出会ってしまったら大変なことになる。


 過去、ラズールという街で……クリフ王子とレトは何度か顔を合わせたことがある。


 その頃、わたくしたちは共に子供であったし、異性相手の『好き』だという自覚も乏しかったと思う。


 そんな中でも、レトはクリフ王子に激しい対抗意識を持っていた……ような気がするのだ。


【幻影の指輪】という、愛情の他に目には見えない重たい『何か』が内包されている……まるで呪われているかのような指輪を贈ってきたことから考えてみても、レトのクリフ王子への対抗意識が低下しているはずはない。


 むしろ『嫉妬している』と自覚してはっきり口にしていた分、以前よりずっと激しくなっているだろう。


 普段ニコニコしている人が、この世で五指に入るほど許せない何かに出会ってごらんなさいよ……クリフ王子はレトをどう思っているかなんて知らないけど、良く思っていないはずだ。


 周囲には猛吹雪が吹き荒れ、雷鳴がとどろき、レトの口からは少しばかり甘さと棘の含む言葉が毎日のように飛び出すだろう。


 周囲に聞かれたら……デキてるとバラすようなものだ。


 とまあ、わたくしの長いシミュレーション結果の中で、レトを学院に通わせてはいけない、という結果が導き出された。


「だ、だめですわよ。魔族がいるから良いなんてことじゃありません。彼女たちは目の色だって魔族のそれとは違っておりましたわ。恐らくですが、ノヴァさんと同じように魔族の血が入っていても、他種族のものより薄いのではないかしら」


 ノヴァさんは魔族の血『も』入っているが、自分の種族が何なのか、と言われると分からない……というくらい、様々な種族の混血なのである。


 その証拠に頭部からは動物のような耳が(……わたくしは、毛長な猫っぽい耳だと思っているのだけど)あって、人間の耳が本来あるべきところに耳がない。なんとも不思議な感じなのだ。


 だから、ノヴァさんのお耳は間違いなく頭部のアレであって、洗髪するときは耳に水が入ってしまいそうよ……なんとも不便そうだなと勝手に思っている。


「そうですね。レト王子は既にクリフ王子と水色メガネさんに顔が知られています。今更学院に通うなんて、リリーさんと自身の立場を危うくするだけですよ……ああ、水色の彼……名前忘れましたね。まあいいか……」


 エリクは天井のほうに視線を向け、しばし考えるような仕草を見せたが……ジャンの付けたあだ名『水色メガネ』呼びになっている。かわいそうなマクシミリアン。


 エリクの指摘にレトも『わかっているよ、良いなって思っただけ……』と言いながら拗ねたようにフライを口に運んだ。

 拗ねた顔も可愛らしいと思ってしまうわたくしは、推しの可愛いところがいっぱい見られて嬉しい……一応魔神様に拝んでおきましょう。


「――……あ。そういえば、魔神様の祭壇とかそういうのありませんわね」

「ああ……そうだね。一応神様だけど……信仰しているわけじゃないからいいんじゃないのかな」


 いいのかな。フォールズにも一応、地上の女神様を信仰する教会や戦乙女信仰みたいなのはあるっぽいのに。まあ、人数いないものね、魔界。


 もし魔神様も用があったら、魔王様に電波でも流してお告げでもなさるんじゃないかしら。

「それじゃあ、さっきの話なんだけどリリーティアは……その姉妹と文化祭というものをやるのかい?」


 好奇心に金色の瞳を輝かせながら、ヘリオス王子はわたくしにそう尋ねる。

 その質問に対する答えは、もはや……断るとは言えぬ雰囲気なので、面倒見ることになるだろうと返した。


「俺はぜひ面倒見てあげて欲しいと思っているよ」


 レトはにこやかにそう告げて、卓上のバスケットの中からパンを一つ掴むと自分の皿の上に置く。


「彼女たちの評価点をあげて、次の査定まで暮らしを支えてあげられるのは素晴らしいことだし……俺の理解だと、残念ながら失敗してしまったなら、彼女たちだけじゃなくリリーも学院を追い出されることになるんだろう?」

「ええ……そうなのです」


 それはさすがに避けたい。そう思っていると、レトはどっちも素晴らしいじゃないかと、ぶっ飛んだ意見を出してきた。


「……はい? 学院を追い出されたらとんでもないことになるじゃありませんか」

「クリフォードはカンカンに怒るだろうね。きみと婚約破棄をするかもしれない。どのみちローレンシュタインには帰らないんだろう? それなら地上にこだわる理由はないよね。その子達も路頭に迷ってしまうなら、魔界に一緒に来れば良い。どちらにしても、良いことだらけだよ……」


 あなたにとってはそうでしょうね、と毒づきたいところだったが……上機嫌そうに微笑むレトの顔を見たら、美しすぎて目が眩みそうだ。


「とにかく、返事をするにしても……わたくし絶対に疲弊してしまいます。真っ暗な場所で灯りも付けずに綱渡りを行うような……失敗しか見えない状況を改善するために考えなければいけません」

「明かりが付いてりゃ、もうちょっと上手く綱渡りが出来るみてぇな言い方だな」


 ジャンがヘラッと笑って酒なんぞをノヴァさんと飲んでいるが、そーいえばあんた、わたくしが困っているときの他のグループの女子に捕まって出し物を一緒に考えさせられてましたわ。


「ジャンは肝心なときに女の子に言い寄られているから困りますわ」

「そう妬くなよ。有事の際は助けてやるし、おれだって、自分が関わらねぇなら変な女に絡まれてるあんたを見るのは楽しいぜ」


『変な女』は、アリアンヌやイスキア先生も入るのだろうか。


 どのみち、高みの見物なんていい気なもんだわ。


 そう言うと、明日も混乱が見られそうで楽しみだという感想が返ってくる。

 こいつ、ほんと悪趣味ね……!


「交渉するにせよ、相手と自分の譲歩ラインをあらかじめ決めておいてくださいね。よく話し合い、苦手意識や相手の考えを知ることは大事なので」


 エリクのアドバイスに素直に頷き、ちなみにどんな店をするかについても、軽く話してみた。


「ふむ。薬草をポーションにして、それを飲みやすく他の飲料で割って提供、ですか。確かにそれなら一人でも出来そうでしたね」

「ええ。なので、また地上の植物の研究を始めなくてはいけませんの。わたくしの知らない、メジャーなハーブ以外に使用できる薬草って、とても多かったので……薬草の本やメモ書きがあったら教えてくださらない?」


 にこーっと笑っておねだりしてみるが、バカなの? という冷たいエリクの言葉。


「素材の把握は錬金術師の勉強の一つでしょ? それを人に聞いて覚えると思ってる?」

「ちょ、ちょっと言ってみただけですわよ……わかりましたわよ、自分でちゃんと調べますわ!」


 しどろもどろになっているわたくしを見て、ふふっとノヴァさんとレトが笑っていた。



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こめんと

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