わたくしを見つめる二人の美少女。
一人は気丈そうな子で、ダークグリーンの髪は腰まで長く、瞳は紫色。あまり日焼けをしていないようだけれど、病的ではない白い美しい肌。
もう一人はぱっちりとした大きな瞳。背が隣の女の子より小さいので、少し子供っぽい印象を受ける。
髪と目の色が二人とも同じなので、親戚や姉妹……なのかしら?
わたくしと視線がバッチリ合っても――……この二人のどちらからとも、わたくしへ悪い感情を持っているから睨んでいる、わけではない感じがした。
「……どうされました? もしや、わたくしではなくこのプリントが気になっていらっしゃるの?」
もしかすると、見ているのはわたくしではなく……受け取ったプリントなのでは? それが気になっているだけなら、見せてと言ってくれれば差し出すことに抵抗はない。
わたくしがそう聞いてみると、少女達は違いますと首を振った。
「あなたがリリーティア様?」
「ええ。その通り、リリーティア・ローレンシュタインでしたらわたくしですが……」
多分人違いということはないと思うけれど、一応自分の名字も名乗っておく。
すると、二人は無遠慮にわたくしの上から下までをじろじろと眺め、気丈そうな子のほうが『ルックスはまあまあね』と評価を下した。
いきなり人のルックス批評から入るとは、いったい何なのか。
彼女たちも確かに美少女ではあるのだが……目的が見えないな。
「あたしはレイラ・ハートフィールド。こっちの小さいのはライラ。あたしの妹よ」
「もー! 小さいのって言わないで!」
レイラと名乗る気丈な女の子が自分たちの自己紹介をし、妹はぞんざいな紹介に……ではなく『小さい』と言われたことに対してご立腹のようだ。
そのハートフィールド姉妹がわたくしにどのようなご用件なのか。
まさか、たまたまルックスチェックをしていただけ……というのであれば、会話を切り上げてガン無視しても許されるだろう。
わたくしの訝しげな視線の意図をようやく悟ってくれたのか、レイラは『変な意味を持って見ていたわけじゃないわよ~』と前置きし……にっこりと微笑む。
「一緒に文化祭用のお店やらない? あなたなら割と可愛いし、あたしたちと一緒に並んでも遜色無さそうだもの。別に構わないわよ」
「お断り致します。既に先生には個人でやると伝えておりますので」
悩むまでもなく断った。
即答っ、とライラがショックを受けたように呟いていたが……ルックスチェックまでされて、そのことについて謝られず『店をやらないか』と声をかけられても、二つ返事で了承する人はいるのかしら。
しかし、レイラのほうは断られるなどと思っていなかったようだ。
なんでよ、と眉をつり上げて不機嫌そうな表情になる。そっちこそなんでだよ。
「融通きかないわね。人数に変更があったと伝えたら良いだけじゃない」
「単独で出来る規模なので、人の手を借りるほど忙しくするつもりはありませんの。店舗の方針で口論をするくらいなら、わたくし一人のほうが気楽にできますし……あなた方の引き立て役になるのは嫌ですもの。他を当たってくださいませ」
やんわりと一人が良いと言っておいたが、このまま良いよと返事しても、レイラは性格に難がありそうだから文化祭当日までに絶対喧嘩になる……と思うんだ。
だいたい、わたくしは誰かと張り合うまでもなく充分すぎる美少女だ。
レイラの『あたしに比べたらちょっと劣るけど、まあまあ美少女だから一緒にお店をやる権利を与えよう』という謎展開は理解しがたい。
すると、前もってそう断られることを予期していたのか『ほら嫌がられた』とライラがレイラに言った。
「さっきも言ったけどね、お姉ちゃんそんな言い方したら誰だって来ないよ!」
「うるさいわね! さっきからあたしに交渉任せて、ダメだったら文句言ってばっかりじゃない! あたしの言い方が気に入らないなら自分でやんなさいよ!」
なんだ、なんだ。急に姉妹仲が悪くなったわね。
どっちも絡まれたら面倒くさそうなタイプだ。ここはゆっくり気配を消して、フェードアウト……したいところだったが、ライラがわたくしの腕を掴んで、一緒にお店をやれば楽が出来ますよ! と謎の交渉を持ちかけてきた。
「注文を受けて、商品をお客さんに渡すくらいなら、わたしがやりますよ! あなたは注文されたアイテムを作り、わたしたちを的確に動かす。そして、ある程度お客さんが並ぶくらい増えた時は、わたしたちに一曲歌わせる……というのを繰り返し提供できさえすればそれだけでいいんで!」
真面目な顔で力説してくるライラ。
その言葉と視線には強い熱意が感じ取れるのだが……わたくし、理解力が乏しいのかしら? 要するに店で歌わせろって事?
アイスクリーム混ぜながら歌うお店みたいにするって事かしら……。
「……よく分からないのですが、結局あなたがた、何がしたいんですの? わたくし一人で出来るところに割り込んで、やることを増やすメリットが分かりませんわ。むしろあなたがたお二人でお店を立ち上げ、ご提案通りの事を行えば良いのでは?」
すると、ライラはうぐっと言葉を詰まらせ、しょんぼりとうなだれた。
「お姉ちゃんはこの通り、言い方が失礼極まりなくて相手との間に誤解しか生まない性格です。わたしは消極的で、自分から積極的に何かをするなんて、恥ずかしくて出来ないんです……」
だから、度胸をつけるための場所を提供して貰いたい、その代わりスタッフとして働くし、客が少なかったら呼び込みも(姉が)頑張る……とのことだが、不安要素しかないのは気のせいかしら。
「お願いします! 大失敗したら姉のせいでいいですから!」
「よくないわよ! あたしたちは失敗したら学院から出て行かなくちゃいけないのよ!? 失敗できないに決まってるでしょ!」
その言葉に、わたくしは息を呑んだ。
――これ、かわいそうだからと頷いて……失敗をしたらわたくしも学院を去るような地雷では?
そんなのお断りして、あなたたちに似合うお店が見つかるよう心よりお祈りしています、という定型文を送りたくなるくらいのアレでアレなやつだ。
姉妹はいがみ合った後……突然レイラがわたくしの左肩をがっしりと掴んだ。
「で、あなたどうするつもり? 当然、あたしたちとやるわよね? 断るなんて薄情な真似したらただじゃ済まさないわよ。学院追い出された後もずっと恨んでやる」
威圧して脅迫してくるとは卑怯な。言い換えればそこまで必死なんだろうというのは伝わってくるわけだが……そう怖い言葉じゃなく、もう少し柔らかく言い換えることは出来ないのだろうか……。
すると、右手を掴んだままのライラが懇願するような顔をして、お願いですと涙を浮かべた。
「一生懸命頑張ります。歌えと言われたら声が枯れるまで歌いますから……! どうか、見捨てないでください! 姉のせいで依頼もうまくいかなくて……うまくいっても最後に怒られて、減点されているから、今度はちゃんとやりたいんです!」
姉はツンギレ、妹は純真そうに見えて責任転嫁型。絶対しくじる。
断りたい。断ろう。うん、それがいい。
「……あなたがたの熱意は分かりましたけれど……」
悪いけど、人間にはわたくし冷た――……。
他を当たってくださいと断ろうとした瞬間。
気のせい、だろうか。
彼女たちの全身が、淡く光っているのに気がついた。
ゆっくり瞬く。やっぱり光っている。
……うそ、でしょ……。
この淡い発光は……魔族のそれと同じ光り方なのだ……。