【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/101話】

 クラス対抗戦が終わって一ヶ月ほど経った頃。


 白兵学科と魔法学科はすっかり落ちついており、わたくしたちの学科では、文化祭の話も出始めようという時期にさしかかっていた。


 今日は下校時、市場にでも行っていろいろ商品を冷やかして帰ろうかしら、などと思っていたら……アリアンヌにとっ捕まり『夕食までお話ししましょう』という軽い拘束を受けている。


 彼女は協力者でもあるし、情報の共有は大事なんですけどね。

……毎回わたくしのお部屋でお茶をするのも、いつかレトと鉢合わせる事件が起きるのかも……と考えちゃって結構ハラハラするのよ。

「私たちの学科は、八月に強化合宿っていうのが二週間ほどあります。魔法学科も同じ頃に別の場所で行うと聞きましたけど、どちらの学科も参加は任意なんですよね~」


 夏休み期間に自主的に参加するかどうかお任せするというスタンスらしいが、強化合宿にも評価が20点プラスされることは既に説明されている。


 毎週末に公開される、民間からの依頼をこなして加点していくか、もう85点以上評価ポイントを取った人は本当にやってもやらなくても……『どちらでも良い』って意味だろう。

「白兵学科は海、魔法学科は山で特訓するんですよ。もちろん私たちも参加しますが、どんなことをするのか、今から楽しみですっ! あ、自由な時間もあるかなあ? 海で泳いだりもしてみたいです……水着買わなくちゃ」


 ウキウキした口調で強化合宿に参加するといっているアリアンヌは、既に評価ポイントのボーダーを突破したほうに入っている。クリフ王子も、マクシミリアンもそうだ。


 その三人は仲良く強化合宿に行くということなので、わたくしは二週間、彼らに振り回されない自由の身みたいなものよ。嬉しいったらないわね。


「わたくしはその頃、おそらく文化祭の催し物をどうするかなど、学科で話し合ったり準備に時間を費やすのではないかと……白兵学科や魔法学科の強化合宿、なんだか名前が凄いですけど、無理なさらないでね」


 そう社交辞令的にアリアンヌへ告げると、彼女はなぜか軽く目を潤ませて、お姉様お優しい……と喜びを吐露していた。なぜだ。


 若干わたくしも引き気味になっていると、アリアンヌは小声で『チャンスじゃないですか』と、名目上わたくしたち以外誰もいない部屋 (ジャンは女子のお茶会に巻き込まれたくないので、自室に引き上げている)で告げた。

「チャンス?」

「だって、気兼ねなくレトさんと会えるかもしれませんよ! 会えない間に二人の気持ちは高まっていて、久しぶりに再会したときには最高潮に……ぎゅうぅっ、と抱きしめてですね……見つめ合った後――……うひゃああっ!? 急に悪寒が!! この部屋いつも寒くないですか!?」


 自分のことのように喜んで茶化してくるアリアンヌ。


 彼女一人で騒いでいるが、あなたの妄想全部レトに丸聞こえだから、悪寒を感じたのもレトが何かしたんだと思うの。


 でも、そうよね。一応会えていないということになっているわけだし、ここはアリアンヌに返事でもしたら良いのかしら?


「そうですわね……彼と会ったら、二人でどこかに出かけて一日楽しむのも良いかもしれませんわ。あまり庶民の娯楽も経験したことはありませんし……」


 当然この世界にカラオケなんかはないし、観劇はあるけど王都周辺で遊ぶとまずい。アーチガーデンっていう、ノヴァさんのお兄さんがいるあたりも顔を出すには向かない。


 この世界の詳細をよく知らないレトとわたくしなのだから、どこかに行くというのは割と世間知らずもあって難しい。


 それでも、アリアンヌは目を輝かせて賛同してくれた。


「それは良いと思いますよ! 後で旅行用の情報誌持ってきますね!」

「あなた、いろいろ買っているのね……」


「はい! 巷の情報を手に入れるには人との付き合いを多くするか、雑誌などでいち早くチェックするかしかありませんから。お姉様、知りたい情報があったらいつでも聞いてください! 私も分からなかったら誰かに聞いておきますから!」


 やたら頼もしいアリアンヌにぎこちない笑みを見せつつ、そのときはお願いしますわね、とだけ言っておいた。



 しかし、夕食後……わたくしたちのお話を聞いていたであろうレトが、妙に嬉しそうな顔をし、何も言わないがわたくしの側から離れようとしない。


「アリアンヌはまだ雑誌を持ってこないのかな」

「…………なるほど、全部聞いていたのですわね」

「違うよ『聞こえてしまった』だけだよ」


 確かに近くで話をしていたのだから、聞こえてもそれを咎めたりはしない。


 しないが……こんなに嬉しそうな顔をしてどこかに出かけると楽しみにされると、行きませんからね、なんて言えるわけない。


 言えるわけがないというのは違う。


 わたくしも、どちらかといえば……非常に個人的な意見のみを告げるなら、レトとデートする、っていうのは……やってみたい……。


 いろいろ仲間達と一緒に出かけたり、魔界の視察には行ったけど――わたくしとレトのデートイベントですのよ……!


 あなたはどんなところが好きなのかしら。うわあ、始まってもいないのに緊張してきたわ!!


 わたくしもそういう妄想を努めて表情に出さず、そういうことにしておきますと返事をすると、レトは楽しそうに笑っている。


「リリー、実は喜んでくれているんだね。隠してても耳、真っ赤だよ」


 そう指摘され、わたくしは恥ずかしさを堪えきれず……机に突っ伏した。



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こめんと

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