クラスの人の顔と名前があまり一致していないのだけど、確か……えーと……パウ、ラ……? だったと思うわ。
見るからに大人しそうな子だけど、こんな殺伐とした雰囲気に顔を出してくるなんて、いったいどうなさったのかしら。
わたくしとクリフ王子の視線を受け、パウラちゃんは指を絡めて『あの、あの……』と何かを言い出そうとしている。
「あのっ……。うち、家が二番街の雑貨を扱っている店、なんです……」
「それがどうだというんだ」
おどおどとした女の子の喋り方と、よく分からない態度が気に入らないらしく、若干苛立った口調でクリフ王子が口を挟む。
それにびくりと肩を震わせたが、パウラちゃんはわたくしの顔をちらりと見て『黒いマントの女子生徒が、早く逃げるよう周囲へ訴えていたと聞きました』と細い声で告げた。
「あの日、学院の制服を着た銀髪の女の子が、走りながら近くの店に何度も避難するよう叫んでいたと、父が言っていて……いま、お二人のお話を聞いていると、恐らくそれはリリーティア様ではないかと思ったので……」
ありがとうございました、となぜか感謝までされているのだが……どうやらパウラちゃん、リリーティアは役立たずと決めつけているクソデカボイスに『違うのだ!』って立ち向かっているのだ。女神か。
「それがなんだというんだ? 銀髪の女子生徒は他にも探せばいるんじゃないか? リリーティアだという確証がないし、仮にこの女だったとして、自分が逃げながら周囲にも逃げるよう言ったところで、何の役にも立っていなかったろう」
確かに、わたくし以外……イヴァン会長も銀髪だし、この世界ではその髪色も珍しいものではない。
パウラちゃんの精一杯の証言 (と思われる)言葉は、クリフ王子に何の感慨を抱かせるには至らず、彼女はシュンとしたように俯いた。
「――さて、思わぬ邪魔が入ってしまったがリリーティア。貴様は」「わたくしがお役に立てなかったのは事実です。あなたをお支えすることもできず、さぞ苦い思いをされたことでしょう。申し訳ございません」
いろいろ言いたいことはあったのだが、つーか言いたいことしかないのだが、あまりクリフ王子に時間を割きたくない。
ちゃっちゃと軽く膝を折って礼をしながら頭を垂れて謝罪すると、これから文句を山のように言おうとしていたクリフ王子は面食らった様子で、一瞬言葉を詰まらせる。
「申し訳ございませんわ」
「ほ、本当に申し訳ないと思っているのかどうか。だが……しおらしくしたところで、僕は貴様がアリアンヌを置いて逃げ出したことを許しはしないぞ」
わたくしが薄情な女だとクラス中に知らしめた後、クリフ王子はパウラちゃんを一瞥し、特に言葉をかけるでもなく自分の席へと向かっていく。
教室の空気がめちゃくちゃ重くなったのに、それもわからないのかしら。
わたくしは顔を上げると、泣きそうな顔をして佇んでいるパウラちゃんに向き直る。
「……失礼、あなたのお名前、パウラさんで合っていたかしら」
「はっ……、はい、そうです……パウラ・シアー。店は『雑貨のシアー』という屋号で両親が営んでいます」
頷き、言葉を詰まらせながらも丁寧に答えてくれる。
「で、出過ぎた真似をして、申し訳ございません」
「いえ、それはいいのですけれど……」
わたくしがパウラちゃんに声をかけたのを、教室の大多数の人間……そしてクリフ王子も横目でじっと見ているようだ。
こんなに注目されていると、またクリフ王子に絡まれちゃうわ。
「……ちょっと一緒にいらして。すぐ終わりますから」
パウラちゃんに自分の後に付いてくるように告げ、教室を出て……すぐ近くにある柱の陰に連れてくると、教室から見えないようわたくしは背を向け、何を言われるかビクビクしているパウラちゃんに『ありがとう』とお礼を言った。
「わたくし、クリフ王子に何かを言われるのは慣れておりますけれど、あなたが王族に意見するなんて……とても怖かったでしょうに。恐怖に耐えて、あなたがわたくしの行動を彼に教えてくださったこと……胸が熱くなりましたわ。嬉しかった」
そしてごめんなさい、とも謝罪すると……パウラちゃんはびっくりして、平気です、と少しだけ大きな声を出した。
「そんな、貴族のお嬢様がっ……」
「人にありがとうというのは身分など関係ありません。あなたのご家族も、あのときご無事だったのかしら」
「はい。みんな、店の奥に隠れていたから……大丈夫でした。お礼、こちらからも言うべきなのに、先に言われちゃいましたね」
そうしてそばかすの浮いた頬を紅潮させ、パウラちゃんは微笑んだ。
うわー、女の子って笑うと可愛いわね。
わたくし、女の子とお話しする機会がアリアンヌとイスキア先生くらいしかいないので、とても新鮮だわ!
「お互い無事で良かったですわね。でも、わたくしだって結局はアリアンヌさんに庇っていただきましたから……」
出来ることをしたまでだからどうかお気になさらず。そう告げると、パウラちゃんのほうが申し訳なさそうな顔をしている。
「こんな廊下まで連れてきてしまって、内心驚かせてしまったでしょう。それで、ご迷惑ついでにもう少しお願いがあるのです」
「えっ……?!」
ぎょっとした顔のパウラちゃんに、このまま教室に戻ったときに悲しげな顔を10分くらい続けておいてくれ、と頼んだ。
理由を知りたそうだったので『二人で微笑ましく教室に戻ると、クリフ王子や周囲に、こういうときのため、前もって皆の前で意見をするよう吹き込んでいた……と勘ぐられることもあるから』と教えた。
わたくし自身はどう思われてもいいのだが、パウラちゃんは今回善意の行動だったわけなので、ここはわたくしに何か意地悪されたと思われておく方が良い。
だから、周囲が何を言われたのか聞きたそうにしても、曖昧に誤魔化してくれ、ともお願いした。
「……そんなことしたら、リリーティア様の……」
「大丈夫です。ご安心ください。その気になったら、文句……いいえ、泣き落としてなんとかしますわ」
というか、結局何をどうしてもムカつく掛け合いになるのは目に見えているので……互いに好感度が地に落ちている相手だ。これ以上嫌われても痛くも痒くもない。
あ、処刑ポイント加算されちゃったかしら。それはまずかったわね。
「――さ、教室に戻りましょう。わたくし先に戻りますので、しょんぼりしながら戻ってくださいね、頼みましたわよ。あなたの演技力にかかっているのです」
「は、はい……!」
拳を握りしめ、がんばりますという気合いを見せたパウラちゃん。
わたくしはその仕草に微笑んで頷きを返し……て、彼女に背を向けると、スタスタと足早に教室へ戻っていく。
ここでヘラヘラしていたらおかしい。クリフ王子の暴言を思い起こしながら教室に入ると、皆様緊張した顔でわたくしを見ている。
椅子を引き、むすっとした顔のまま座ると……ジャンは何も言わなかったが、悲壮感漂うパウラちゃんがトボトボ入ってくるのを目にして、フッ、と小さく笑っていた。
しかし、そうして入ってきたパウラちゃんとわたくしの態度から、周囲はめちゃくちゃいろいろな想像をしているらしい。
心配そうにパウラちゃんに声をかけた女子生徒も、パウラちゃんの曖昧な態度に気の毒そうな表情を浮かべた。
だいたいはめちゃくちゃリリーティアから嫌味を言われたようだ、と解釈しているようだし、肝心なクリフ王子のリアクションも薄いのが気になるが……良いことを言われているように見えないだろう。
その数時間後、どこかからクリフ王子との一件を聞きつけたのか……調合中にマクシミリアンから呼び出され、わたくしは『君は精一杯頑張ったのに気の毒だが、殿下と教室でいがみ合うのは止めてくれ』とまた叱られたのだった。