【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/98話】


 魔界と寮を行き来しながら、長いようで短かった三日間も……あっという間に明けてしまった。

 うーん、でも休みよりは学院へ行っているほうが良いわね。


 何があったかすぐ分かるし、何より……寮に来訪があった場合、全てを中断して戻ってこなければならないから慌ただしい。


 そんな生活を選んだのは自分だし、魔界のことに携わるのは嬉しいから後悔はしていないけど、部屋から出てくるだけ(のはず)なのに、息を切らしているときもあるから誤魔化すのも大変なのよ。

◆◆◆

 あの襲撃から学院の雰囲気が変わるわけではない――かと思いきや。

『討伐依頼がなくてつまらない』と教室で愚痴をこぼしている生徒も少なからずいる。


 そういう生徒も、他の依頼に行かなければ評価点は稼げないはずなんだけど、彼らはどうするのかしら?


 わたくしには討伐……食べるために狩るわけじゃない行為、いわゆる……『楽しむ』ために狩る心境がいまいち分からないのだが、彼らはどちら側の人たちなのかしら。


 そもそも、わたくしが魔物を食べたのはスライムが初めてだったわけだけど、美味しかったらみんなが食材に見えちゃうのかしら?


 そんなことを考えながら、想像があの巨大バッタの佃煮に行きかけたところ――……よく知ったクソデカボイスの不満が耳に届いた。


「国の繁栄のため、魔物は一匹残らず倒さねばならないというのに、少なくなったから中止? おかしいじゃないか、今こそ追撃をするべきだとは思わないか?!」


 討伐依頼がないことに一番不満そうなのが……このクリフ王子だった。


 クラスの人たちはクリフ王子の剣幕に押され、あるいは王族の言うことに異論を唱えるわけにはいかないからなのか、うんうんと首を縦に振るものが多い。


 それに気を良くしたクリフ王子は、自分の意見が人々に聞き入れられているのだと得意げな顔をして、だいたい、と更なる不満を噴出させている。


 わたくしはそれを無視し、後ろの席に座っているセレスくんに身体を向けると『クリフ王子にはどう伝わっているのかしら』と小声で聞いた。


「……私には、王族の事情として処理されたと伝わっているんですけどね……」


 いわゆる暗殺疑惑ということが教会の見解のようだ。


 街の人に被害者はいなかったし、王家の人間がいるところに騒ぎがあったんだから……そういう判断になってしまうとしても、王族はそれを認め……たくはないでしょうね。


 それに……陛下には伝わったとしても、肝心のクリフ王子には伏せられたという事かしら?


『あなた暗殺されるかもしれませんよ!』なんて言われたら、確かに学院に通うどころじゃないものね。


 むしろ、そのせいで外に出られなくなったクリフ王子を不憫に思い、早く子供を作らせよう~……とか余計なことを考えるやつが、いないとも限らないわ。そんなことで婚姻が早まったり、決定事項になっては困るわ!


 クリフ王子がこうしてギャンギャン息巻いているほうが、わたくし的にはありがたいのだというのは……複雑な心境ね。

 わたくしがクリフ王子のほうを見ないよう、時計をいじって依頼の確認をしていると……呼んでもいないのに、クリフ王子が『話を聞いていたかリリーティア!』と、詰め寄ってきた。


「……申し訳ございません、わたくしに何か……?」


 メニュー見てたし、演説興味ないから気がつかなかったわ、などと言ったらブチ切れられること間違い無しだろう。


 ニュアンス的に同じような意味のことを口にしてしまったが『人の話は聞け!』くらいの注意で終わり、魔物を退治するべきだというのを、学院長に直談判したほうが良いと思わないか、という話のようだ。


「……それは、皆さんのご意見ですの? それとも、クリフ王子の……?」

「この教室の皆で話したことに決まっているじゃないか!」


 クリフ王子が片手で教室中を示すように振り返りながら、ふふんと鼻で笑う。


 しかし『この教室の皆』と言われたうちの半数くらいは、ぎょっとした顔をしてこちらを……クリフ王子を見た。


 関わり合いになりたくないと視線を逸らしたり、愛想笑いを浮かべるものもいたり……なるほど、愛想笑いしてるのは取り巻き予備軍ってとこかしら。


「しかし、お知らせにはギルドと学院双方で話し合ったと書かれておりました。戦いに慣れていない方も大勢いますのよ。大怪我をしないよう安全を考慮して――」


 わたくしがクリフ王子にそう進言すると、何を言っているんだ、と怒号で意見は遮られる。


「僕は魔族に襲撃されたんだぞ! アリアンヌが必死に周囲に避難を呼びかけている間、貴様は何をしていたというんだ?!」

「二番街と三番街のほうへ同じように避難をなさるよう呼びかけてましたのよ」


 そうか、クリフ王子からはアリアンヌ側しか見えてないのね。


 わたくしが雷撃で足止めされて、クロウのワンコちゃんを走り寄ってきたジャンがスパッと切っていたのを見ていないというわけだが……ジャンが消えたのも気づいてないのか?


「……おおかた我が身かわいさに逃げ出して隠れていたんだろう? 貴様の働きを誰が証言してくれるのやら」

……この人、ほんと言い方がムッカつくわぁ……。

 悪役令嬢ならぬ、悪役王子なんですけど……!

「どうした、言い返せないのか?」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、わたくしを追い詰めているようなのだが……別に証言してくれる人がいなくとも、ここでボコボコに言いくるめて顔を真っ赤にさせてやろうか……などと考えていると、蚊の鳴くような小さな声で『あの……』と、気弱そうな赤毛の女子生徒が一人、わたくしたちのほうへ進み出てきた。



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こめんと

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