イスキア先生の言っていた『討伐依頼が中止になるかも』という件が……その日の夜【全生徒へのお知らせ】と表示されていた。
『皆さんが取り組んでいたクラス対抗戦の【討伐依頼】ですが、適正な魔物討伐依頼が出せないということを冒険者ギルドから何度か打診されております。ギルドと学院双方の話し合いにより、しばらく討伐は中止になりました』
その他の依頼はいっぱいあるし、対抗戦が中止になるわけではないからみんな頑張って!
……語調は違うが、おおよそイスキア先生がリークした内容だった。
この結果が気になっていたせいで、わたくし精神力を高める瞑想の集中も時間が普段以上にかかってしまったのよ。
レトに頼んで魔界に連れて行ってもらい、みんなに報告すると……特に魔王様に魔物討伐が中止になったことを告げると、嬉しそうなお顔をなさった後、よく頑張ってくれたね、というありがたいお言葉を賜った。
「――でも、クロウという謎の男に気をつけるんだよ。もしかすると……いや、アリアンヌという戦乙女と同じく、頃合いを見てリリちゃんの前に再び姿を見せるだろうからね」
ついほんの少し前に喜んでくださったばかりだというのに、魔王様は表情をやや険しくしてわたくしに強い注意を促してくる。
「その男は【魔導の娘】という名前を知っていたそうだね。申し訳ないけれど、ぼくは生まれてこのかた、クロウという魔族や人間に出会ったことはない。この城にいた魔族も、そんな名前でもなかったし……【魔導の娘】という言葉を知っているものは、極めて少数のはずだ。その役割でさえ判然としないだろう」
ヴィレン家の者ならば直感的に普通とは違うと感じるかもしれないが、と言いながら……魔王様はもそもそとベッドから起き上がって、ヨレヨレになった袖に手を通して腕を組む。
いったい、その服いつから着てるのかしら。つーか洗ってるのかしら。
わたくし、ノヴァさんが家事全般をこなすようになるまでに魔王様の服洗った記憶がありませんわよ。
クロウのことより魔王様の服のことのほうが気になりかけ……たが、なんとか魔王様のお話に集中し、結局ヴィレン家に親戚のようなものがいるのか、クロウがそうなのか、魔王様にもわからないということだ。
「……あの、魔王様。少し込み入ったご質問なのですが」
「なにかな?」
はたして聞いて良いのか分からないけど、わたくしは『魔王妃様のことですが』と切り出す……と、魔王様の右眉がピクリと動いた。
「…………」
無言のままこちらを見つめている。どうしよう、聞いちゃいけないような圧が凄いんだけど、やっぱりいいです、って止めるのも失礼よね……?
「……言ってごらん」
「……では……恐れながら……魔王様と魔王妃様は、どういう流れでご結婚を……」
魔族もいないのに、どうやってお嫁さん見つけてきたんだろう……ということが気になったのだ。もしかすると、誰かに言われて結婚したのかもしれないし……。
「臣下の娘が、ぼくと同じくらいの年頃だったからだよ。魔界のために王家は世継ぎを考えないといけないからね、他に候補もいないし、ぼくも彼女も反対はしなかった。だから彼女はヴィレン家の流れを汲む血筋というわけではないんだ」
思ったよりあっさりした出会いだった。ちなみに魔王妃様の父も、婚姻を見届けてからしばらくして病気で亡くなってしまったらしい。
荒野の魔界には、飢餓か病気という恐ろしい死因があったのだ。
スライムと魔界の水だけで食いしのげるほど優しくなかった。
ほんと、歴代の魔王様達、生命力凄すぎるんですけど……。
それはともかく、クロウのような人物をたどるのは難しいようだ。
魔王様に込み入ったことを聞いたのを詫びて居室から出ると、精霊さんを呼び出す。
魔界にいる間はだいたいこうして呼び出して一緒にいるのだけど、わたくしの精神が乱れていると精霊さんが言うので(言うというか、音のようにも聞こえてくるので、声でも念話でもない感じ)早速同調訓練を始めることにした。
――……やる気満々だったのだが、訓練場で精霊さんと向き合って魔力を解放し続けていると、あふれ出る魔力につられてか、ふらふらといろいろな精霊や妖精、死霊まで寄ってきた。
それらがわたくしのまわりを興味津々で飛び交い、中には話しかけてくるものまであった。
これも精神の修行だと精霊さんは告げ、こうして無数の力が集まるところで、精神を乱さずに集中させることが大事だ、と厳しい教えが降ってくる。
自分を守護してくれる精霊さんの魔力や気配を捉え続ける修行……ということだ。
他の精霊達もどこで伝わっているのか分からないが、その意図を理解しているらしく、わたくしのまわりでたまに力を放出し、惑わせようとしているので非常にやりづらい。
特に、同じ属性の精霊さん(わたくしを守護してくださるのは風の精霊さんなのよ)だと、引っかかりやすいのだ。
しかも、精霊さんは一カ所に留まるのではなく、ゆっくりではあるが動き回るので、こちらも精神を乱しがちになる。
精神をコントロールするのです……なんて言うけど、大声を出して集中を解除したくなるのを堪える修行なのでは……と思い始めたとき、精霊さんがここまでにしましょう、と言った。
一度に長時間行うのではなく、コンスタントに連続した日数を行う方が身になるかららしい。精霊さん直々に精神の修行をつけてくれるので、ここは喜ぶべきなのよね……。
が、集中を解いたら、なんとなく身体と精神のバランスが、しっくりこない感じがする。
精神状態は冴え渡っているのに、身体が重いような……。
それを精霊さんに聞くと、身体は身体で鍛えてくださいとのことだ。
なるほど、精神は成長しても、身体という器が鈍っては意味ないという事ね。
数日かけて能力を向上させていくのなら、ステータスが上がるのかしら。楽しみだわ。
お付き合いしてくれる精霊さんに感謝しつつ、わたくしは今なら錬金術もいいものが出来るのでは? と考えて調合室に行き……魔力回復の薬を作ってみたが、別に精神状態が良くても技術が上がったわけではないので、普通の出来映えだった。