【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/95話】


「――……あら。大々的に載っていますわね……」

 翌朝、セレスくんが朝食と一緒に持ってきてくれた新聞には――『王都へ魔族が襲撃か!?』という大きな見出しが付いているものだった。


『か!?』という疑問を投げかける部分は、他の文字より小さめに書かれている。


 新聞記事はクリフ王子とアラストル公爵子息が狙われたのではないか、魔族復活の兆しと見る有識者もある……と書かれているが、どこにもクロウやアリアンヌのことは書かれていない。


 見ていた人も多くいた。だというのに……いや、続くコラムみたいなものに、王家と教会が一つになって強大な魔族に立ち向かう時である、などと煽ってくれちゃっているが、今攻め込まれたら魔界は木っ端微塵よ。せっかく育ってきているのだからやめてちょうだい。


 新聞を閉じて、難しい顔でベーグルサンドを食べていると、苦笑交じりにセレスくんが『一気に緊張感が高まりましたね』と新聞に目を落とした。


「ですが、ご安心ください。教会も、必ずしも魔族から仕掛けてきたものだとは思っていません。新聞にあるとおり、狙われたのは王族である……という見解です。暗殺という可能性もありますので、リリー様やアリアンヌさんのことは重要視してないんですよ」


 まあ、じきにそれがどう繋がっていくかは分かりませんが……とも付け加え、今度はジャンが『ギルドのことだが』と自分で書いたらしい走り書きのメモを卓上に放り投げるように置いた。


 ふわりと浮き上がるページが飛んでしまわないよう、わたくしとセレスくんはお茶を飲む手を止めて慌てて押さえる。


「ギルドの討伐依頼も、フォールズ全体で見れば先月比で半数以上低下している。モンスター関連依頼自体が三、四割少なくなってるから依頼数は減ったものの、依頼数から算出した討伐達成率は大きく変動はない」


 そして、王都周辺からラズールという都市部には魔物が少なく、やはり森林や山に近ければ近いほど、モンスターは目撃されている。


 逃げた子達が身を隠すために元々いた子達の縄張りを荒らすことにもなって、急に数が増えたモンスターが悪さをするかも……と、不安を抱いた人たちがギルドに依頼を出しているという状況らしい。


「急に減らしすぎても、一カ所に偏っても魔物の動向は人々にとって不安の種になってしまうのですわね……」

「おれも魔物と地上の奴の区別ってのはできねぇから、野生のモンかどうかもわからねえ種類ってのも多くある。ましてや混血もいるんだろ?」

 今は魔物だけだが、と言いながらジャンとセレスくんは口をつぐむ。

 魔物だけじゃなくて、魔族そのものだってまだフォールズにいる。


 以前、金持ちや貴族の家にも道楽目当てで買われている者もいると聞いたこともあったし、今回の件で、また辛い目に遭っているかもしれない。


 胸に焦燥が広がっていく。すぐに行動したいのに出来ないことが、堪えることが……とても辛い。


――だめ、落ち着くのよ、リリーティア。

 性急に物事を進ませようとしちゃいけない。

 わたくしたちが関わっていると知られては、全てが引きずり出されてしまう。


 まだ、行動できる地盤すら固めていない。出来ることをきちんと見極めなさい。

 気を落ち着けるように深呼吸をゆっくり数回行い、セレスくんに視線を向ける。


「……まだ、わたくしたちは気にされていないとするならば……戦乙女のことも、まだ話題に出されていませんか?」


 ゲームではどうなってんだろ……予言とかされてるのかなあ。


 すると、セレスくんは心なしほっとしたような顔で首を横に振り、神託はありません、とはっきり告げた。


「神託は別のかた……聖山エンブリスの頂上にある神殿の巫女様から下されます。そこからは何も」

「なるほど……」


 そういえば、聖山エンブリスは大事なところだったから、アリアンヌ達もわざわざ足を運んだんだもの。偉い人が新キャラとして出てくる可能性は高いわ。


 その巫女様たちから大聖堂かセレスくんに手紙か使いか、とにかくアクションが起こらないと、教会は大々的に動かないのねえ。


「でも、セレスくんは何度か戦乙女かもしれない人を見に行っておりますわよね」

「いつ復活するとも分からないということですので、私に感じるものが何かあるか確認させているだけですよ。今まで出向いて感じたことはありません……そちらから来てくださったリリー様以外には」


 わたくしは当時たまたま、セレスくんのいる教会にフラフラッとやってきてしまって、彼に資質とやらを見抜かれたのだが……あら。


「ねえセレスくん。当時のわたくしは、精霊さんとの対話も始めたばかりでしたが……まだ目覚めというものも不完全だったのでは? それなのに、よくおわかりになったというか……今現在のアリアンヌさんにはまだ兆しがないのでしょうか」


 すると、セレスくんはその人の進む道でも目覚めの速度は変わりますから、と教えてくれた。


「リリー様は、お役目を告げられてから力が足りずとも、全力で取り組んでいましたよね。ですから、魂が……磨かれるんです。アリアンヌさんは、まだお役目がない。そして、自身の力に気づきもまだありません」


 一生懸命やるということは、それだけでずっと神を身近に感じ、魂がそこに向かおうとして早く輝くのですよ。というありがたい説法……を聞いたが、ちょっとピンとこない。


「アリアンヌさんの目覚めがどういう形で促されるのか……運命ならば、必ず道は重なるでしょう。私たちはそれがいつあっても良いように、自分たちの準備を進めていきましょう」

 おお……さすが教会の寵児。迷えるわたくしの魂を落ち着かせ、このままできることをやっていこうと背を押してくれたわ。

「ええ。わたくしたちは魔界を整えていくことが――本来の役目ですもの。ありがとう、セレスくん。わたくし、どうにも気が急いてしまって」

「お気持ちは分かりますが、戦うという行動は最後に取るべきものです。まだ我々には、たくさんの選択肢が残っています。教会のほうも、王家の人間関係などを疑っているようですから……」


 そう言って、慌てて『これは内密にお願いしますね』と、人差し指を顔の前に差し出して、口止めをお願いするセレスくん。時折見せる仕草が、中性的……というか女性っぽく見えるような綺麗なお顔立ち。


 こんなふうにわたくしたちに協力してスパイのような大変な道を歩ませているが、この直接の情報がどんなにありがたいか。


「……もちろん、そこは誰にも言えませんもの。裏側まで詳しく聞けて、わたくしも安堵致しましたわ。情報の提供、本当に感謝です」

 わたくしも彼と同じように人差し指を口元に当てて、秘密にしましょう、と笑った。




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こめんと

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