【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/94話】


 夜になって、ようやく部屋を尋ねてくる方もいなくなった頃……九時を過ぎたあたり。

 わたくしは結局、一日中何も出来ていないまま――調べ物をしながら誰かが来るたびに応対をしていただけ。

 昨日の夜からマクシミリアンとクリフ王子はいないのに――わたくしの部屋ではないところからも扉を叩く音が聞こえる。


 ならば、わたくしとは反対側……奥の角部屋にあたる、セレスくんの部屋……から聞こえたらわたくしの聴力はとてつもなく良すぎるだろうし、従者用にあるジャンの部屋でもないので、必然的に隣のアリアンヌの部屋ってことになる。


 前からわたくしよりもずっと明るくて、人と接することに慣れているアリアンヌ。


 学院に来てもそれは変わっていない……どころか、貴族としてうるさく言う人も(マクシミリアンくらいしか)いないので、気を張らずにクラスの人と話しているようだ。


 貴族なのに飾らない人ということで、アリアンヌは学院でも注目されはじめている。


 そして、比較されるのがわたくしであるのだが……噂話など、そんなに自分の耳には届かない。またおしゃべり好きな子やクリフ王子あたりが、ぽろっと漏らしてくれないかしら。


 わたくしの部屋以上に来訪者が多いと、彼女もさぞかしヘトヘトだろう。


 明日は少し落ち着くと良いのだけど、とぐったりしているアリアンヌを想像しつつ、学院の依頼やお知らせなどが全生徒に配信されていないかを確認するため、時計を掴むとメニュー画面を開く。


「ふむ……随分、依頼自体はあるようですけど……未達成のものが多いですわね……」


 一度メニュー画面を開いて拡大表示すると、タッチパネル方式でも操作出来るので、きちんと見る場合にはとても便利だ。


 わたくしたちが魔物だと認識している生き物の依頼は……半分以上が未達成で期限切れ。


 詳細を表示すれば依頼を請け負った人物の名前も表示されるのだが、人数の表示だけ見えれば良いのでそこは適当に読み飛ばす。


「……人数に不足はない。しかし、依頼が達成できていない。そうだ、じゃあギルドの討伐依頼はどうなのかしら……」


 わたくしの呟きに顔を上げたジャンは、ノヴァに調べて貰うか、とこちらに聞いてきた。


「おれやあんたはほぼ身動きが取れねぇからな……」

「そう、ですわね……きっと学院側もその辺の比較はされているのでしょうけど、早めにお願いしたいですわね」

 そう言うと、ジャンは耳元に手を当てて……急に喋り始めた。

「――……ああ、ノヴァ。おれだ。ちょっとギルドに行って、王都以外の依頼状況や完了依頼を見てきてくれ」


 な、なんだ? ジャンはどういうわけか念力が使えるのかしら。


 わたくしがぎょっとしたまま彼の顔を注視していると、念話 (?)を終えたジャンが、魔具ってやつだよ、と耳から何かをもぎ取ってわたくしのほうへ手を差し出した。


 彼の手のひらに載っているのは、銀色のクリップ型イヤーカフ……にしか見えない。小指の先にはめられそうなくらい小さいものだ。


 普段は髪に隠れて耳の先にはまっているのなんて見えていないので、目立たないわけだ。


「おれにしか扱えないらしいぜ。ノヴァもエリクも持ってる」

「そうなのですか……それぞれ遠隔でお話が出来るのですね」


 わたくしは普段ジャンと一緒だし、レトや魔王様と直にお話が出来るから、みんなと同じものは持っていないけど……少し羨ましいわね。


「――……しかし、ギルドの依頼が盛況で、学院の依頼達成率が少ない……ってなると、まずいんじゃねぇか?」


 ジャンの懸念に、わたくしは真面目な顔で頷いた。


「わたくしたちがやったことではありますが、魔物達がどこまで逃げているか……それによっては、学院も困ったことになりますわね」


 冒険者たちが魔物を倒して普通に依頼を達成している。しかし、学院だけは達成できていない。そうなると、学院は生徒の練度や質を疑われてしまう。


 そして『異様に魔物が少ない』という状況は、魔物に何かがあったと勘ぐられる可能性も強まる。


「……新聞も、確認する必要がありますわね」

「まだ何か見るのかよ。今日はもう文字を追いたくねぇ」


「イヴァン会長が持ってきてくださった新聞には、記事になってないんですのよ。そうなると、明日の新聞に載るかもしれません」


 襲撃は多くの人の目に留まっている。

 王族も絡んでいるとなると、圧力で握りつぶされているか……逆にいろいろ盛られている最中かも。


 今日は何かをやるには既に遅くなっている。

 レトもノヴァさんと一緒にラズールかどこかに出かけたかもしれないし、明日の訪問者状況を見て決めよう。


 学院を休んでいろいろやりたいなと思っていても、なかなかままならない。

 少しの焦りを感じながら、明日は忙しくなりそうだな、と漠然と考えていた。




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こめんと

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