本をお願いしてからのイヴァン会長の行動はとても迅速だった。
『とりあえず』のフォールズ王国年表、戦乙女の縁ある土地……要するに聖地ガイドブック、偉人博物館の収蔵資料などが二時間もかからない間に揃えられた。
なんかもうこれでいい気もするのだが、戦乙女の仲間に関する資料などもあるからということで、また夕方に持ってきてくれるそうだ。
去り際に、本当に助かりますと心からの礼を述べると……イヴァン会長は『貴女に喜んでいただけることが、今のわたしを満たしてくれることなので』と、どうとでも取れる言い方を残していった。
この場にレトやヘリオス王子がいたら、きっと不機嫌そうなお顔をされていたに違いない。
レトが面白くない顔をするというのも申し訳ないけど……ヘリオス王子はわたくしを、たった一人の友達だと言って憚らない。
友人のはずなのに、姉・母、もしかすると彼の所有物みたいに扱われているような感じも時折あって……とにかく全てを内包した『重さ』を感じる。
「チッ……。あいつ、ホントにあんたのこともう巻き込まないのか? 前とあんまり変わってねぇように見えるんだが」
とにかく、レトとヘリオス王子の二人がいないため、なんとなく機嫌が悪いのはジャンだけだ。
このご機嫌斜めは、ジャンがわたくしを好いているから……ではなく、以前ジャンがイヴァン会長に剣を振るう前に、レトに止められて殺し損ねているからである。
わたくしたちが関わってからというもの、カルカテルラに剣を抜かれたら死ぬとかいわれているらしい逸話は、致死率がどんどん下がっている。
一族の名に傷を付けているようで心苦しくはあるが、野放しにしたら少なくともイヴァン会長はこの世にいないし、闇馬車のおじさんたちもあの世で営業再開する羽目になっていた。
「だいたい、あいつ今学院に行ってる時間だろ。すぐ具合悪くなるくせに、女にかまけてる余裕があんのかよ」
ジャンがイヴァン会長への文句をブツブツ言い続けているのを話半分に聞き流しつつ、フォールズの年表を確認する。
建国からしばらくして、初代の戦乙女『クリスティーン』
そこから150年後に二代目『オルフィーナ』
131年後に『マルグリット』
ちょっと近く84年後『イヴリナ』……既にマルグリットは亡くなっている。
最後に200年後『フェリシア』
そして、今回のアリアンヌ……ってわけかしら。
建国800年ほどの間に、まあよくもこの国は歴代魔王と戦っている……。
最後の戦乙女とアリアンヌの間に、これも200年近く。
平均して一世紀に一度は戦っているわね。神話が身近すぎるぞ。
「……こんな感じでは、確かに魔族に良からぬ感情を持っていても仕方が無いわね」
わたくしが記したメモを見ながら、そうだなと同意するジャンはフェリシアを指して、フェリシアってのは、フェリシア・エッカートか、と尋ねる。
「えっ、ちょっと待ってくださいね……フェリシア……フェリシア……あ、そ、その通りですわ! エッカートさんです! どうして分かったんですの!?」
「……おれのひいひいばあさんの妹がフェリシアとか聞いたから、もしやと思っただけだ」
「うわぁ……ジャンは戦乙女の親戚でしたか……」
「さてね。うちも複雑だ、腹違いも種違いも混ざってんだよ。おれの両親とエッカートは直接繋がってねえと思うぜ」
さらっととんでもないことを聞いてしまったが、ジャンがこうして自分のことを話してくれるのは久しぶりだ。
ここはジャンに気を遣わせないよう、フーン、と分かったような顔をしてスルーしておく。
そこからわたくしは、ジャンと一緒に資料や記述を黙々と読みふけり、時折気になる部分を抜き出してはメモをして……夕方になる頃には、それぞれの代表的な遺品や収蔵場所などを割り出すことが出来た。
しかし――……。
「……魔界から持ち帰ったものの記述がありませんわね……」
「そうだな。気になる武器や道具もナシか……まあここにある資料は記録でしかねぇし、仲間や誰かに渡してる可能性もあるぜ」
探すのも飽きてきて、わたくしたちはページをめくる手も止まっている。
「……しかし、魔王様……ああ、当代のアシュデウム様、ですけれど……戦乙女と戦っていないようでしたし、200年は生きていらっしゃらなかったのですわね……」
魔族の外見年齢のとりかた……はよく分からないけれど、百年ちょっとくらいだからあんなに若い外見なのだろうか。レトもどのくらいで外見年齢止まるのかしら。
うーん……魔界由来のものもすぐには見つからない、か……。
「地道に探していくしかありませんわね……んー……っ、なんだか調べ物だけで数時間。さすがに疲れましたわ。休憩しましょう」
「賛成だ。少し寝るわ」
ソファに身体を横たえ、ジャンは手足をつっ張るようにして大きな伸びをする。
わたくしはテーブルの上を片付けながら、返却する本を寄せつつ……戦乙女の数は、無印からリメイクを通して移植された機種数と同じだな、なんてことをぼんやり考えていた。