さて食事も摂ったし、いよいよ特訓を始めるか! ……と思ったら、寮の部屋には学院の事務関係者、担任のフェーブル先生、昨日の調書確認、ジャンを心配する同じクラスのお嬢さんがた……など、入れ替わり立ち替わりでやってくるので、特訓に集中するどころではない。
残念だが昼の間は大人しくしよう、と渋々寮に戻ってきた。
しかし、座学がないので提出するような課題もなく、書類も書き終えてしまった。
読みたい本はあれど、部屋の中には……今欲しい知識を与えてくれるものはない。
「ああ……暇だわ。図書館に行ってはいけないかしら……」
「街をぶらぶら出歩くんなら、あんたの三日間はなんのために設けられた措置か考えろよ」
「わかってますわよ……」
頬を膨らませながら不満を告げると、欲しいものがあったらヘリオスに買ってきて貰えば良い、と、王子様をパシらせる気でいる。
ジャンはわたくしの護衛という役割を持ってここにいるので、彼に頼んで買い物をして貰うなんていうのも、この状況下ではナシだろう。
学院の休暇届なども先程書き終えたし、お腹は空いていないし、弓を引くほどのスペースはこの部屋にない。
精霊さんと疎通を図ろうとすれば、教会や魔術師ギルドに感知されて、わたくしは偽戦乙女に成り上がれるかもしれないわね。
――あ、だめだわ。聖剣ヴァルキュリエを光らせないといけないんだったわ。
光らせなければそれはそれで……クリフ王子が『僕に恥をかかせて楽しいか!』って怒り始めるんでしょうね。その光景が目に浮かぶようだわ。
そんなことを考えていると、また誰かの来訪があった。
ジャンが戸口に立って応対してくれたが、扉から顔を出したのはイヴァン会長。
「こんにちは、リリーティア様。恐らく暇を持て余していらっしゃるのではないかと思いまして」
「まあ、イヴァン会長……! まったくその通りですの。よくいらっしゃいました。わたくし、あなたにお会いしたかったのですわ!」
感謝の言葉を告げただけで、ジャンとイヴァン会長の反応は二つに分かれた。
ジャンは何言ってんだこの女……という顔をし、イヴァン会長は赤い瞳を大きく見開いた後、喜色満面というに相応しいような顔で『わたしもです』と熱っぽく告げ、そっと自身の胸を押さえている。
色白なだけに、そんなとろんとした……いわゆるデレ顔をされると、ちょっと色っぽい表情なのだが、そういえばヤンデレキャラって色気のあるキャラ多いわよね。
「あなたに……お話ししたいことがありますのよ」
「……なんなりと……!」
ジャンのことなど視界に入れたくないというように押し退け、わたくしの側へ足早に近付いてきたイヴァン会長。
『本を探していただきたい』と正直に申し出れば、イヴァン会長の時間が一瞬止まったかのように……動きも表情も固まった。
「……本?」
「ええ。わたくし外に出ることが出来ず、図書館へ足を運べませんの。誰かに行っていただきたかったので……むしろちょうど適任の方が……って、どうされました?」
「いえ、少々視界が暗転しかけただけです。ああ、そうですか……確かにそのようにお考えの時にわたしが来れば、これ以上の者はいないでしょう……」
頭痛でもするのか額を細くて長めの指で押さえながら、イヴァン会長は悲しそうに眉を寄せる。
わたくしってば、どうやらまた勘違いさせるようなことをいっていたらしい……。お互いのために注意しなくちゃいけないわね。
「それで……どのような本を?」
「歴代の戦乙女にまつわる本、彼女たちに縁のある場所や仲間、あとは聖遺物というのかしら……そういった物品などですわね」
すると、イヴァン会長は怪訝そうに『戦乙女、ですか』と呟いた。
「戦乙女関連の蔵書は膨大にありますが、既に調べる内容が絞り込まれているのでしたら、いくつか見繕っておきます。あとで司書に運ばせますね」
数冊まとめて持ってきてくれるとして。
イヴァン会長が持つには重すぎるだろうから、人の手が必要なんだな。
「貸し出しカードの手続きは必要かしら。先にお渡ししたほうが……」
「いえ。本を持ってきたときに、貸し出しの手続きを取らせていただきますよ」
そうにっこり微笑んだイヴァン会長はとても頼もしいものだった。