【成り代わり令嬢は全力で婚約破棄したい/91話】


「――……というわけで、わたくしの能力を向上させるため……しばらくは特訓しようと思いますの」

 翌日、わたくしは魔界で少々遅めの朝食を摂りながら、仲間達に自分の考えを告げる。


 なぜ遅めかと言えば、寝るのが遅かったから……なのだが、目を開けたら隣でレトがすやすやと寝息を立てて眠っていたという事件もあったからだ。


 新パッシヴスキル体得を目指せば良いじゃん! とテンションが爆上がりしたわたくしは、夜遅くまでレトに自分の考えを聞かせ、レトの手を握ってあれやこれやと話しているうちに、眠ってしまったのだろう。迷惑なやつである。


 その手を振りほどくこともなく、同じようにお疲れであろうレトも一緒に眠ってしまったようなのだが……朝起きて、自分がレトに抱きしめられながら眠っていたことに多大な混乱を覚えた。


 ついにやらかしてしまったのだろうかと思ったが、二人とも着衣の乱れはないし、身体に変調もないし……あと、打算的だけど……このまま離れるのはすっごく惜しかったので、レトが起きるまで大人しくしていたのだ。


 少し経ってからレトが目覚めた……が、腕の中にいるわたくしを見て驚きに身を震わせた。


 顔を赤くしたり青くしたりしつつも自分の部屋ではないことや、記憶をたどって二人の間に何事もなかったというのを確かめた後、安堵したのか長い息を吐いていた。

……とまあ、そんなことがあったのだが、驚いたのは昨日外していたはずのペンダントは……わたくしの首に何事もなかったかのように付いていた。


 そういえば、紛失・盗難防止機能が付いているとも聞いたので、外してマジカル鞄の中に入れてみたが――……いつの間にか首に掛かっていたので、多分『盗難防止機能=呪いのアイテム』みたいなものだと思う。

 そこから魔界にやってきて、現在に至るわけだが……。

 わたくしの話を聞いた仲間の反応はそれぞれだった。


 バターをふんだんに使っていると思われる香り高いクロワッサンをバリバリかじりながら、ジャンが『それで結局は』と口を挟んだ。


「魔族を守るってのは分かったが、人間を殺すことには踏ん切りつかねぇんだな」

「残念ながら、わたくしの価値観では……自分が極限状態に追い込まれないと、割り切ることは厳しいようです」


 わたくしが甘い考えなのは理解しているのだが、もしもこれから戦いばかりの環境に身を置くことになれば……この価値観も少しずつ変化していくのだろうか。


「魔族のことに明言していただいている以上、レトさんや彼らを優先していただければ自分は構わないですよ」


 苦境に立たされる戦も嫌いじゃありませんからね、とノヴァさんはどこか楽しげに言った。


「――……いいんじゃないですか? 戦えないなら他のことで全力を尽くす。わたしもどちらかといえばそういう考えです。リリーさんはジャンよりわたしと同じような、後方支援のほうが性に合っているのでしょう」


 静かに話を聞いていたエリクがそう答え、自分の袖をまくって日焼けもしていないような、ほっそりした白い腕を見せる。


「わたしの筋力も無い腕では武器を持っても、人を殺そうとする前に殺されるのがオチでしょうね。それなら、自分のまわりに結界石でも置いておく方が安全だというものです。周囲に自動攻撃できるようなものを置いておけば良いだけですから」


 そう淡々と『自分には出来ません』を主張していても、彼の発言は殺意高めである。出来ないけれど、それを補うどころか数倍に増幅させる発明が出来るということは分かった。

「錬金術というのはやはり害悪です。神の裁きが下されましょう」


 朝からそんな話をして、と、血の香りが漂う話題に苦言を呈したのがセレスくん。そりゃ、普通の精神ではそんな話しながらご飯食べるのは嫌だよね。


「私は全てを平等に扱いますので、人間も魔族も同じだと思っていますよ……もちろん、教会でそんなことを話せば幽閉されたり、異端審問されてしまいますけれど」


 おお、それにかけられたらほぼ処刑確定と悪名高い異端審問。

 この世界にもあるのね。


「その……セレスくん。異端審問って、結構ありますの?」

「近年は突発的な審問も少なくなりましたが、数ヶ月に一度は行われています。戻ってきた方は……おりません」


 教会に目を付けられるほうが余程危ないじゃん。

 セレスくんも、さらっと言うけど……人の生死をたくさん見てきたんだろうな。


「あら、そういえばセレスくん、学院に行かずともよろしいの……?」

「私は、リリー様やアリアンヌさんのケアをするよう命じられていますから、三日ほどお休みです。あ、聞きましたよ。彼女、戦乙女なのかと不安がっていましたね」


 朝一番に廊下に続く扉が叩かれたので、何かと思ったらアリアンヌだったらしい。


 着替える間もなくアリアンヌの一方的な話を聞き、一応彼女の資質を確認したところ、前よりは魂のきらめきが増したとのことだ。


「目覚め始めている……とはいえ相変わらず精霊の加護はありませんし、彼女くらいの輝きなら教会にやってくる信徒の方にも稀に見られます。現時点で戦乙女の再臨であると認めるには相当困難です」


「その困難なはずのことを……クロウという男は行ったわけですか。噂に聞いていた魔物男と同一人物であるとは判じがたいですが、自分が気になるのはリリーさんを【魔導の娘】と言い放ったことです。彼にも、レトさんのように優れた感知能力があるのでしょうか」


 ノヴァさんの意見ももっともだ。レトの知らない『ゼロから分かる戦乙女と魔導の娘』みたいな本でもあるのだろうか。特集組まれたムック本かよ。


 表紙に笑顔のアリアンヌとわたくしが書き下ろしで載っていて、二人の個別ルートが載っていたり、ファン投票で好きなカップリングやコメントが書いてあったりとか……あっ、やだそれ欲しい……。


 一位が気になるじゃない。当然リリーティア編はレトだと思うけど、ヴィレン家ハーレムエンドとかあったらどうしましょう。


 自分ではそうなりたくないけど、ゲームやスチルで見るだけなら見たいわ……アリアンヌ編は……そーね、クリフ王子はどれだけわたくしとの対応が違うか見てみたい。


 あとはセレスくんルートの確認、そして無印版からどれだけ楽になっているかイヴァン会長のルートも……。


「おい、何ニヤニヤ笑ってんだ?」

「な、なんでもありませんのよ!」


 あぶないあぶない……。

 あ、セレスくんが困った顔をしているから、わたくしが(内容は分からないまでも)妙な妄想をしていたのがバレているっぽいわね。死にたい。


「何らかの感知能力がある……のかしら。それにしては、気になることを発していたわ」

「気になること?」


 レトがわたくしに聞いているようなそぶりを見せるので、正直にこの間のことを話した。


「わたくしを魔導の娘と呼びかけ、あの方々を覚醒させるための存在に過ぎない、誰も救えないのだと……クロウが示す『あの方々』というのがいったい誰のことなのか……」


 アリアンヌを示すなら、複数形にしなくてもいい。


「クロウが噂の魔物男と同一人物だとして、です。彼は魔族のことを人々に吹聴して不必要な警戒を煽っていましたが、魔王を地上に君臨させたいとでも思っているのでしょうか? それにしては、わたくしには協力的な感情を抱いていない様子。アリアンヌも彼に『懐かしい気がした』とも言っていますし……味方か敵か、目的すら不明で困りますわ」


 もしかして、アリアンヌのストーリー分岐で敵や味方に分かれるとか?

 昨今のストーリー追加はDLC(課金)やプラス版 (本編内容にちょっと付け足しただけの別売り)で、ってのが多いけど……。


 クロウが仲間ルートとか、敵ルートとか……いやだわ、好感度や選択肢の積み重ねで決まるのだったら、プレイする場合二週確定じゃないの。


「なんにせよ、用心しておくしかねぇな」


 というジャンの言葉に皆は頷き……というか答えが出ないのだから、そうするしかなく……しばらくはアリアンヌ達以上に、わたくしたちの前に立ちはだかる脅威として認定することになりそうだった。




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こめんと

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