【魔導の娘】とはなんなのか。そんな質問が彼女の口から飛びだしてしまった。
わたくしは、一口お茶を飲んでから……ふぅ、と勿体ぶるようにして目を閉じる。その間、アリアンヌは緊張の面持ちでわたくしの一挙一動を見つめているのだが……。
――……何かなんてそんなの、わたくし自身が一番聞きたいのですけれど。
それに……まだ覚醒していないアリアンヌに教えていい話でもない気がする。
「正直に言いますけれど、わたくしはその質問にお答えできるような……具体的な話題を提供することは出来ませんわ」
「それは、分からないということですか? それとも、教えられないんですか?」
アリアンヌの声が震える。聞いているのにはぐらかされているようで、怒っているのかもしれない。
「どちらでもあります。人に教えるほどの知識があるわけではなく、今のあなたには開示することが難しい。時期が来れば、わたくしがそのとき分かる範囲で答えます」
アリアンヌはわたくしから視線を外し、何やら考えている様子だった。
「……それなら、質問を変えます。あの男の人の言う【魔導の娘】というものは、お姉様のことですか?」
「――……おそらくその通りかと。ですが、その存在がどのようなものか、深く知っているのか勘違いしているのか。わたくしの認識とクロウの解釈……そこに差異があるような気がしてなりません」
すると、ジャンが片眉を上げてわたくしを見た。そんなこと言って良いのかよ、という顔である。
良くはないけれど【魔導の娘】という存在がなんなのかアリアンヌも人間達も分かっていない。
クロウの出方次第……であるものの、わたくしがそういった存在だと判明し、何をするのか・覚醒したアリアンヌやこの世界と関係があるのか、という全てが繋がらなければ、なんの情報にもならないはずだ。
当の本人であるわたくしはおろか、関連書籍を読みあさって、ただの一度も降臨したと記録されていない【魔導の娘】を探し回っていたレトでさえ、どういうものかよく分かっていなかったのだから、他者が持ちうる情報など本当はないと思う。
「……それなら、お姉様は……【魔導の娘】というものと【戦乙女】って関係があるとお考えですか?」
「わたくし自身、戦乙女については神に選ばれた勇ましい乙女である、という以外よく知りませんの。アリアンヌさんは、その二つをどうお感じになったのでしょう?」
わたくしばかり質問されてはかなわない。それとなく水を向けると『たぶん』と前置きして、アリアンヌは関係があると思う、と発した。
「なんというか……お姉様はご自身が【魔導の娘】というのを……前から知っていたと感じます。私と距離を取ろうとしたのも、なんとなく【戦乙女】の存在を懸念したからじゃないかなって思うんです」
くっ、相変わらずなかなか鋭いところを指摘してくるな。違うよアハハ~~とか笑い飛ばすことが出来ないわ。
「……お姉様とレトさんが一緒にいるのは、お姉様が【魔導の娘】というもので、レトさんはそれに関わる何かを知っているからでしょうか。クリフォードさまやマクシミリアン様ではできない役割をお持ちだからなのでしょうか……?」
アリアンヌ、それ、多分……本人に聞こえていますわよ。
なんとなくドアのほうから漏れ出る圧が凄いですわ。
「……レトは、わたくしを……すっ……すごく好いてくださっているので、一緒にいると思うんですの。多分、まどーの、娘とか、関係ないと思うのよ」
自分で自惚れが過ぎるようなことを口にしているとは思うのだが、しどろもどろに口にした言葉は、アリアンヌの表情を少し和ませ、ドアからの圧もかなり軽減されたので結果的に良かったかもしれない。
「実際のところ、クリフ王子にわたくしが持てる認識全てを話したとしても、彼はわたくしの話に理解を示すことは無いと確信できます。わたくしが持ちかけたものだから気に入らないので突っぱねるだろう、ということ……彼の立場では容認できかねること、そして……更に問題を大きくしかねないので」
すると、アリアンヌも口にはしなかったが多分肯定的な意味合いで苦笑いを浮かべる。
この国の教会はもとより、王族自らが魔族の排除賛成派なのだ。
わたくし……とセレスくんは魔界に与する人間。要するに裏切り者である。
わたくしだけが疑われるなら、セレスくんやジャン達を騙していたと人々に誤認させることは出来るだろうが、クリフ王子はバカだから、事実確認などよりさっさと処刑しようとするだろう。
そして魔族を残らず排除しようと声高に呼びかけ、フォールズ各地で魔物達が乱獲されてしまうようなことに……。
そうなると、レトやヘリオス王子の心の痛みと人間への憎しみはいかなるものに変化するか、想像するだけで涙が出そうになる。
「……アリアンヌさん、あなたに二つ聞いて良いかしら」
「はい! なんでも……! 二つじゃなくてたくさんでも良いですよ」
質問するっていっただけで、なんでこの子嬉しそうなのかしら……。
まあいいか……アリアンヌって時折変なスイッチ入ることもあるし、これくらいは軽めか。
「では……」
こほんと咳払いし、わたくしはまず一つ目を聞いてみることにした。
「アリアンヌさん、あなたは魔族についてどうお考えかしら。徹底的に排除すべきでしょうか? それとも、残す余地があると思います? 今回のクラス対抗戦で、あなたが敵を倒してみてどうお感じになったのかしら。そこをお伺いしたいわ」