白いローブの男が去った後は、正直よく覚えていない。
市街でモンスターと戦いがあったことに加え、クリフ王子やマクシミリアンが関わっているので、王立騎士団だけではなく近衛騎士団もやってきたのだ。
そこで聞き取りなどが行われ、夕方過ぎに学院のほうへ戻ると、今度は学院側からも事情聴取をされる。
魔物を呼び出す男に襲撃された、という……嘘のような本当の話をし、教師達を難しい顔にさせてしまった。
アリアンヌは一生懸命、クロウと名乗る男に自分とわたくしが狙われたことを説明しつつも……なぜだか【戦乙女】と呼ばれたことも、クロウからわたくしに投げかけられた言葉のことも――言わなかった。
同じ事を何度言ったか分からない。全てから解放されたのは夜八時を過ぎた頃。
わたくしたち……といっても、アリアンヌとわたくし、ジャンだけが寮に戻ってきた。
クリフ王子たちは、今日からしばらく実家 (お城やお屋敷を実家といっていいものかどうか)で休むことになっている。
わたくしたちも明日から三日ほど休みを貰い (学院側の配慮なので成績などに響かない)心身のストレスケアをするようにとのことだ。
そういう対応は、やはりわたくしたちが貴族の出だから……なのかしら。
しかしその申し出はありがたいので、固辞することもしない。
「……あの、お姉様。後で御部屋に伺っても良いですか……?」
部屋に入る前に、アリアンヌがこちらの様子を窺うようにおずおずと声をかけ、てきた。
「……ええ」
十中八九、今回の件に対する話だとは思ったが……わたくしはゆっくりと頷く。
アリアンヌが頭を下げたのを視界の隅に確認し、そのまま扉を閉める。
「リリーティア、お帰り。遅かったじゃないか!」
わたくしをお出迎えしてくれたのはヘリオス王子。
ぱっと表情を明るくし、両手を開いてわたくしに抱きつこうとしたところを、自分の部屋から出てきたレトに止められていた。
「……なんだか、薄汚れているね。今日も学院で依頼をこなしていたの?」
レトが微笑みを浮かべていたが、わたくしの表情に明るいものがないと見ると、彼の表情も途端に落ち着いたものになって、どうかした? と静かに聞いてくる。
「……いつぞや話していただいた……魔物を操る男、が……わたくしたちの前に現れましたの」
「えっ……?」
レトが目を大きく見開き、わたくしからジャンに視線を向け、どういうことなのかという顔をする。ジャンも、レトに確かにいたぜ、と事情を説明する。
「ほら、半年くらい前に噂になってた、魔狼っぽいイヌ連れた男だ。顔が思い出せねえ」
「……思い出せないって……リリーも?」
「ええ。顔の造形が、覚えようとしても把握できないのです。そのときは確かに見ているのですが、どのような顔かと認識しようとすると……どんな目の色だったとか、特徴のようなものが、記憶に残らない。こんなこと初めてです」
そうなのだ。ちゃんと顔は見えている。
でも、その顔を脳が処理しない……というべきか。視界としては捉えているし、顔にモザイクがかかっているわけでもない。どういう魔術なのだろうか。
「それで……っ」
レトが先を聞きたがったが、部屋の扉が叩かれる。
魔具でレトが確認すると、私服に着替えたアリアンヌが立っているのが見えた。
そういえば、後で来るって言っていた……けど、着替えてすぐ来てくれたのか。わたくしまだ何も着替えていないというのに……。
レトは肩をすくめて、ヘリオス王子を促して自室に戻っていく。
彼らが帰っていくのを見届けてから、わたくしは部屋の扉を開ける。
「……あっ……!」
わたくしがまだ制服姿のままだったので、アリアンヌが驚きの声を上げるが……どっかりと椅子に座った状態のジャンをみて、ほんの少し嫌そうに目を細めた。
「そうですよね、男の人がいたら怖くて着替えも出来ませんよね……」
「おれがここにいようが、同じ部屋で着替えるわけじゃねぇだろ」
「襲いかかってくる危険性があるじゃないですか」
「あんたと一緒にしないでくれよ」
二人とも気力が疲弊しているというのに、こんなやりとりをして軽口をたたき合っている。
「お姉様、先に着替えなどを行われては……?」
「そうしたいのはやまやまですが、身体も砂だらけですので……後で良いですわ」
だって、着替える前に身体を綺麗にしたい。髪も制服も戦いの余波で汚れているのだからお風呂に入りたくなるもの。
すると、アリアンヌは痛ましげにわたくしを見てから、さっきのことでお話が、と用件を切り出した。